ブラジル:食品サンプル ―個人技としてのものづくりの極み

文化事業部生活文化チーム 大西真


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食品サンプルを紹介する事業の立ち上げ

生活文化チームが実施している日本文化紹介事業では、浮世絵、木版画、生け花、折り紙などの伝統文化から、マンガ、アニメ、ロボット技術などの現代日本を紹介するものまで、多角的にテーマを設け、海外に日本文化の紹介を行っています。そこに今年度、新メニューとして「食品サンプル」が加わりました。
近年の日本食ブームの勢いに乗り、「和食」を紹介するレクチャーとデモンストレーションをセットにしたプログラム(以下、レクデモ)は、5年前は年間2本程度であったものがここ1~2年で年間5~6本実施するようになっています。 「以前、海外から食品サンプルを見てみたいという希望があったね」「本物の和食のデモンストレーションができないなら、サンプルで紹介するのはどうだ」といったアイディアから議論が始まり、「テレビで見たけど、あの技はすごい」「あれを見たらみんな感動するよ」「準備も和食ほどかからないのでは」と次々に発展。結局、「ほかの誰にも追随を許さない日本のものづくりの技術の一つとして、食品サンプルを紹介するのだ!」と、新メニューとしてエントリーされたのです。
私がこのプロジェクトの担当となったのは、それから何ヶ月か後のことでした。2011年度の派遣先は、ブラジル国内の4か所。国際交流基金の海外拠点である日本文化センターがあるサンパウロのほか、辺境ともいえるアマゾンのマナウス、赤道直下のベレン、そして北東部のレシフェです。

食品サンプルを製作している工房は、発祥の地といわれている岐阜県のほか、主に東京などの大都市圏にあります。このうち、実演やワークショップの実績がある東京と名古屋の専門家に目星を付け、派遣交渉に伺いました。 東京の専門家は、仕事のスケジュールが極めて多忙であることから依頼を断念しました。業界の競争の厳しさも聞かされていた私は、半ば希望を失って名古屋へ向いました。「すがもり工房」代表の菅森弘昌さんにお目にかかり、おそるおそる本題を切り出すと、意外にも「行きましょう」とのお答え。後光が射した瞬間でした。



「現地の人が知らないものを取り上げても
何の理解も得られない」


アニメや和食と異なり、食品サンプルは日本の文化としては海外ではほとんど知られていません。現地の人たちにどのようなメッセージを伝えるか、それによりいかに日本への関心を高めてもらえるか、ゼロから考えることからスタートしました。
菅森さんと相談の結果、まずは食品サンプルとはいかなるものか紹介する。次に、実際の製作場面を実演する。最後に、製作の一過程である型取りと着色を体験してもらう、という3段階のプログラムとして実施することにしました。 私はこの時点に至っても、当初の「和食→ニセモノの和食→食品サンプル」という発想から抜け出ておらず、日本の食べ物・料理のサンプルを紹介・作成すれば、それで日本の(食)文化のある程度は理解してもらえるのではないか、と漠然と考えていました。
しかし、菅森専門家は違いました。「現地の人が知らないものを取り上げても何の理解も得られない」。一職人として、何を相手に伝えるか、強烈に意識した言葉です。私はようやくこの時点で、食品サンプルを実施することは和食の代替としてではなく、日本の「ものづくり」を伝えることであることを自覚したのです。
名古屋には在住のブラジル人も多く、菅森専門家は独自にポピュラーなブラジル料理を調査、専門の食材店などに出入りし、インタビューを行って3種のブラジル料理を選びました。フェイジョアーダ(肉と豆の煮込み料理)、コシーニャ(コロッケの一種)、そしてデザートにプリンです。

foodsample01.jpg 日本文化センターでの準備の様子

デモンストレーションで必要となる材料、機材もこれまでの文化紹介とは全く異なるものでした。型取りのためのシリコン、塩化ビニールゾル(プラスチックゾル)、着色に必要なピースコン(エアブラシ用スプレー)とエアコンプレッサ、油絵の具用の薄め液としてのシンナー、つやを出すための光沢剤などはサンパウロ日本文化センターが、普段はあまり関わりのない化学製品の関係先に掛け合って、「いったい何をするつもりだ」などと聞かれつつ何とか揃えることができました。このほか、着色したシリコン型を焼き固めるため、会場には大型のオーブンが必要です。こちらも、各在外公館の尽力により、準備することができました。
現地では、用意していたシンナーの化学性質が違っていたり(ビニール系、ウレタン系、○○系..、いろいろあることもその場で知りました)、電圧の設定の誤りによりコンプレッサが故障するなど(ブラジルでは同じ建物内といえども電圧が同一ではなく、プラグ・コンセントの形も統一されていない。一見あるべし)、レクデモが始まってからも「想定外」のハプニングがありましたが、サンパウロ日本文化センターと現地受入側のスタッフの臨機応変、縦横無尽の対応により事なきを得ました。



レクチャー、取材、実技指導、そして帰国へ

各地では、現地メディアの取材を受けました。全国ネットのTV局の取材もあり、事前インタビューが生中継で放映されたお昼のニュースを見て会場にやって来た方もいました。各会場では、皆一様に本物と見紛うばかりのサンプルに目を丸くし、質疑応答では毎回、「材料はどこで手に入るのか」との質問が聞かれました。「市場で売っているすべての野菜のサンプルを作ってほしい」との申し出もありました。

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各地で現地メディアの取材を受ける
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マナウスでのレクデモ
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ベレンでのレクデモ
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レシフェでのレクデモ

最後のレクデモはサンパウロで行いましたが、ここではそれまでの3都市とは雰囲気が異なっていました。食品サンプルを作成している、あるいは作成したことのある方が会場を訪れていたのです。後から菅森専門家に聞いてわかったことですが、日本でもある時期、ブラジル製の食品サンプルが出回ったことがあるそうです。デモンストレーション後の質疑応答でも材料、機材、製法などについての専門的な質問が飛び交いました。
翌日、菅森専門家はサンパウロ会場に訪れていた現地の食品サンプル製作者を訪ね、工房を見学、意見を交換したほか、思わず従業員に実技指導する場面もありました。

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サンパウロでのレクデモ
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現地の工場を見学。実技指導する場面も。

10日間で4都市計6回のレクデモを終え、日本へ帰ることになり、サンパウロで飛行機に乗り込むときのこと。菅森専門家に「勉強になりました」と言われ、一通りの日程を終えて気が抜けていた私はいったいどういうことか、瞬時に理解、反応することができませんでした。言わんとするところ、「ブラジルの人たちは自分が質問をするとき、目の色が変わる。ブラジルの人たちはいつも楽しそうに話す。ブラジル人は人生を楽しんでいる」ということなのです。そういえば、レクデモを終えるたびに同じようなことを口にしていた菅森氏。「ポルトガル語が耳に慣れてきたのに、帰るのは残念だね」とも。食品サンプル製作の極意を披露しつつ、自分でも何かを吸収していた菅森氏。

食品サンプルの製作には基準や規則などはなく、製作者それぞれあれやこれやの手を使い作り上げているそうです。菅森氏は昨今テレビでよく見かける製法は用いていません。ニセモノを本物に見せる工夫、いや、本物のニセモノをつくる技は、自身が何年も何十年もかけて研究・研鑽を重ねた結果であり、それ自体が企業秘密なのです。今回のレクデモでは、その一端を垣間見たように錯覚した私ですが、その地道で孤独な歩みは第三者が容易に理解できるものではないでしょう。ご本人もおそらく語りつくすことはできないのではないでしょうか。
個々の職人が歩んできた道、こだわり、技(製法等)が異なるのであれば、次回の食品サンプル紹介事業は、全く別の「食品サンプル」事業になるでしょう。

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