雑誌『をちこち(遠近)』
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漫画の作り方-『るろうに剣心』を一例に

黒碕薫(作家、脚本家、ストーリー協力)



 少年週刊ジャンプでの連載終了から15年経った今も、世界23カ国以上で愛読されている『るろうに剣心』。明治時代の史実を取り入れたこの作品を読み解こうと、日本語や日本史を勉強する人が後を絶ちません。ブラジルもその例外ではなく、歴史的に日本と縁が深いこともあり、根強いファンが着々と増え続けています。
 国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、2014年2月、ブラジルにてマンガ『るろうに剣心』に関する講演ツアーを実施。『るろうに剣心』の世界を切り口に、ストーリー協力者で、自身も作家でブラジルからの帰国子女でもある黒碕薫氏を講師として招き、日本とブラジル双方の視点から、日本のマンガやキャラクターの制作過程、マンガ家という職業の実態、小説やアニメの演出手法との違いや裏話を披露していただきました。

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講演準備。『るろうに剣心-明治剣客浪漫譚-第零幕』のネームなどを用意しました。

 このテーマで講演をするために、私が育った国、ブラジルへ行ってきました!
 夫、和月伸宏が漫画『るろうに剣心』の作者であり、また、私自身が『るろうに剣心』の小説版を書いたというご縁で、このような講演の機会をいただけて、大変光栄に思っています。

準備段階
 まずは講演のために、パワーポイントで資料を用意しました。
 テーマは「漫画の描き方」なのですが、漫画家さんによって、やり方は様々。一般化してお話しできないこともたくさんあります。そういうわけで、今回は『るろうに剣心』の場合について、という但し書きを入れてお話しすることにしました。
 資料は、パワーポイントのスライド120枚分。写真も動画もたっぷり用意できました。内容も、例えばネームの話だけで一日中話していられそうです。が、そういうわけにもいかないので、会場を使える時間やお客さんの様子を見ながら、深く話すところと、そうでないところをその場で取捨選択していこうという作戦を立てました。

 これで講演準備はバッチリ! と言いたいところなのですが、パワーポイントの中には多分、魔物が棲んでいます。図をもうちょっとなんとかしよう、グラフをもうちょっとなどと思ってちょくちょくいじっているうちに、出発の日になってしまいました。それでも魔物がパワポの中から「よくよく確認すれば、もっと良くできるんじゃない?」と囁きかけてくるので、結局、飛行機の中でもしつこくいじっていたのでした。でも、そんなパワポの悪魔に翻弄されるのも、楽しいものです。ちなみに私の妄想の中では、パワポの悪魔は、美人で巨乳のセクシーお姉さんです。



マナウス
 日本から(パワポの悪魔に翻弄されつつ)36時間の移動を経て、ようやく到着しました。
 南緯3度8分、赤道近くの都市マナウスです。
 私は35年前、サンパウロ市に住んでいました。そのとき家族で「いつかマナウスに行ってみたいね」と話していました。ブラジルといえばアマゾン河、そしてジャングル! というイメージがありますが、私が住んでいたサンパウロは、気候は温帯に属していて、しかも木々よりは高層ビルがにょきにょき建っている、大都会なのです。ブラジルに住んでいたとはいえ、大自然とは無縁の生活を送っていた私は、いつかブラジルのイメージを代表する都市、マナウスに行ってみたいと思っていたのです。その夢が叶いました!

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(左)INPA内、樹齢600年のタニンブッカ。ブラジル発見500年なので、それより長生き。
(右)アマゾン川視察。ネグロ河とソリモンエス河の境目。二つの河は色も温度も全然違う。


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昔の無線電話を激写! 現代のスマートフォンと比べると、とてつもない大きさです。

 マナウスでは、工業社会サービスアマゾナス支部スポーツセンター講堂にて講演をいたしました。途中、大きく「UM MOMENTO!」(「ちょっと待った!」という意味)とスクリーンに映し出されるシーンを作ったのですが、お客さんが「チョットマッタ!」と日本語で(まるで歌舞伎のように)掛け声をかけてくれたりして、ノリノリで時間が過ぎていきました。やっぱり、想像通りブラジルのお客さんは、どこの国の人よりもノリが良い! さすが私の育った国! と、心の中でブラジルを誇りに思ったのでした。そして、しつこくパワポをいじっておいて本当に良かったと思ったのでした。

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奇跡の一枚で現地の新聞に載ってしまいました。

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マナウスで最初の講演。みんなノリノリで、ブラジルに来て本当に良かったと実感!



リオ・デ・ジャネイロ
 まず訪問したのは、生徒数13名のリオ・デ・ジャネイロ日本人学校。こちらでは、難しい部分は端折って「漫画ってこうやって描いているんだよ」という、絵で見て楽しめる部分だけをお見せしました。ふわっとした線で描かれた下書きから、徐々にくっきりとした線の漫画の完成原稿になっていく様子をスライドで見て、子供たちは目をキラキラと輝かせていました。素直に喜んでもらっているのが伝わってきて、本当に嬉しかったです。
 そして、私の本と、リオ出身の小説家石神茉莉さんの本を贈呈してきました。石神さんの本を生まれ故郷に届けるという使命を果たすことができて、胸が熱くなりました。誰にも頼まれてないけど、やり遂げたぜ! という充実感でいっぱいです。
 後日、生徒さんたちから、お手紙をいただき、リオ・デ・ジャネイロ日本人学校での素晴らしい経験が、さらに思い出深いものになりました。関係者の皆様、本当にありがとうございました。

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(左)リオ日の子供たちは、真剣に講義を聞いてくれました。
(右)後日いただいたお手紙。丁寧な文字で一生懸命書いてくれて、とても感動しました。


 次に訪れたのが、リオ・デ・ジャネイロ連邦大学工学部講堂。ここでは、学食で美味しいお昼ごはんを食べたりして、学生気分が味わえました。
 この日の講演は、講堂に入りきらないほど人が集まり、立ち見でパンパンになった挙句、見られない人が出るくらい沢山の人に来ていただけました。時間も、他のところに比べたら多めに取れて、充実していました!

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リオデジャネイロ連邦大学では、たくさんの人が来場してくれました。

 夜は、講演の宣伝に尽力してくださったRurouni Kenshin Brasil の幹部三名と会食をしました。みなさんアツくて、楽しい方々で、今ではFacebookで近況を伝えあう仲になっています。
 そういえば食事の最中、Rurouni Kenshin Brasilの男性からこんな話題が出ました。
 漫画が大好きな彼は、大学の先生から「マンガやアニメなんて、世の中の役に立たない。そんなくだらないことに時間を費やすな!」などと頭ごなしに言われるなど、マンガやアニメのことをしつこく否定され、モメに揉めまくった挙句、とうとう大学を退学してしまった、というのです。
 和月も進路については学校の先生と相当揉めたそうです。進学校で、就職を選ぶ生徒がとても少ない中、漫画家になりたいという和月に対して、先生はかなり批判的な態度だったそうで、それは良い思い出とは言い難い経験をしたそうです。私も小説を書くことについて、強く非難された経験があります。
 目指している職業や、自分の愛してやまないものを否定されることは、人格すべてを全否定されるのと同じくらい辛いことなのですが、教師であるにも関わらず、そのことを理解できない、思いやりや感受性の乏しい人はどこの国にもいるものなのですね。国は違えど、皆同じ経験を乗り越えている仲間です。
 漫画家や小説家などの特殊な職業への進路については、学生から突然プロになる人もいますが、プロとして活躍できるレベルになるまで、別の仕事で生活費を稼ぐ、というプロセスを経る人もいます。学校で進路指導を行う先生(またはお子様の進路を心配するご両親)は、このような職業を目指すことを否定せず、まずは一定の理解を示していただけないでしょうか。そのうえで、プロになれるまでの生活費を稼ぐ手段や、技術・知識を習得するための学校などを視野に入れた進路指導をしていただけると本当にありがたいです。辛く当たられた経験を持つ三人からの、国を越えての心からのお願いです。ちなみに、目指す本人が心の底からその道を断念すれば、おのずと別の道が見えてくるはずです。これも成長の一過程、人生の一部なのです。
 そんな彼も今ではCGの仕事に就いています。自作のオリジナルのCGアニメーションを見せてもらいました。素晴らしい出来栄えで、好きなものを作るという気持ちや技術に、国境はないと、つくづく実感しました。

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(左)Rurouni Kenshin Brasil 幹部の皆さんと会食。意気投合!
(右)ポン・デ・アスーカル視察。100年前に使用していたケーブルカー。




サンパウロ
 35年ぶりのサンパウロです。
 空港から市内へ向かう車の中から見る景色が、もうすでに懐かしい! 着いたらすぐにフェナッキという家電量販店のライブスペースで講演というスケジュールだったのですが、サンパウロに到着して懐かしい風景を見ただけで胸がいっぱいでした。
 そして、家電量販店フェナッキに着いた私は衝撃の事実を知りました。
 なんと! 翌日が映画『るろうに剣心』のブラジルでのDVD発売日だったのです。そして、会場は家電量販店。DVD売り場はすぐそば。これは! もしや販売促進イベントというやつでしょうか(いいえ、偶然です)
 これは私の講演がDVDの売り上げに関わることになってしまうかもしれません。失敗は許されません。(結論を言うと、大変な盛り上がりだったので、販促につながったのではないかと想像します)

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サンパウロのFnacで講演。DVDも売れるといいな。

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(左)国際交流基金日本文化センター所長。ポルトガル語で盛り上げてくださいました。
(右)チョンマゲの解説。この次のスライドはふんどしの解説で、貪欲に笑いを取りに行く。


 そういえば、講演途中、「漫画家の旦那さんを持つ苦労はありますか?」というような質問が出ました。そこで、これはあの話をするしかない! と、アメリカで取材を受けたときに好評だった話をしようと思い、「漫画家は机に向かってずっと座っている仕事です」と、話を始めたところ......もう、お客さんの一部がクスクス笑っているのです。
 待て! 落語で言えば、話はまだマクラだ! でも、ここで笑うということは、さてはアメリカでの取材内容を知っているな!? 英語圏じゃないから大丈夫だと思って油断した。さすがサンパウロ、お客さんの意識が高い! けど、話し始めちゃったから続けるしか......。私は意を決して話を続けました「ずっと座っているので、パンツが破れるんです。しかも、すごーく頻繁に!」(ここでこの話を知らない人もドッと笑ってくれました)「主婦としては本当に困りますね。しかも、和月先生はスモウレスラーくらい体が大きいので、日本には彼に合うパンツがなかなかなくて。先日アメリカに行ったときには『一生分のアメリカサイズのパンツを買ってきて』と頼まれたんですよ。ブラジルにも売ってますか? 大きなパンツ」(ここで「あるよ!」などと掛け声が入ったり)結果的には、この話を初めて聞く人もたくさんいたみたいなので事なきを得ましたが。しばらくは、このネタは封印。何か新ネタを仕込まなければと、新たな闘志に燃えたのでした。

 サンパウロ二日目、『るろうに剣心』のポルトガル語版を出している出版社JBCを訪問。
 ここで、ブラジルの漫画事情は、もう「読む」では満足できなくて「描く」というところまで行っているという事実を知ったのでした。しかも、漫画賞の募集をしたところ、応募作品が130点も集まったとか! しかも、サンパウロには漫画スクールが6校以上あるらしく、ブラジル国産の漫画雑誌が創刊される日も近いかもしれません。とても楽しみです。

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JBC出版にて、ブラジルの漫画事情を聴く。大変、勉強になりました。

 JBCを慌ただしく後にして、今度は私の母校、サンパウロ日本人学校へ。
 全校生徒230名の大所帯です。リオの13名と比べると、えらい違いですが、漫画に対する子供らしい興味は、変わりません。私の話を聞き、スライドを見て、いろんな疑問がわいたのか、みんなの質問が止まらない! 質問の仕切りを先生にお任せして、一つひとつにできる限り丁寧に答えていきましたが......子供の質問なので、意外なことを言う子もいて、楽しかったです。例えば「星はどうやって描くんですか?」という質問がありました。私は夜空に浮かぶ星だと思ったのですが、その子にとっての星は違うようでした。よくよく話を聞いてみたら、それは「集中線」のことだったのです。確かに、星っぽく見えなくもない! 子供の自由な感性に触れ、とても楽しかったひと時でした。
 最後に、私のリクエストで校歌を歌っていただきました。もちろん、私も歌えます。とても良い歌で、懐かしく、ちょっと涙が出ちゃったのは内緒です。

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母校、サンパウロ日本人学校。大人数です。

 こうして、駆け足でマナウス、リオ・デ・ジャネイロ、サンパウロを巡った10日間が過ぎていきました。移動距離、44,313km。実に地球を一周以上する旅でした。
今回、たくさんの人にお世話になりました。一人ひとりのお名前は、私の心の中に大切にしまっておきますが、この場を借りてお礼申し上げます。

 そして、余談なのですが。
 これは、ブラジルで聞いた話なのですが。
 「ある学者の研究によると、少年に漫画を読ませたところ、思わぬ効果がありました。その効果とは......」というもの。私は「思わぬ効果」というのだから、識字率が向上したりしたのかな? と思ったのですが、答えは「ドラッグの使用率が下がった」というもの。
 その考察によると、「漫画に夢中になると、続きが気になってドラッグを買うお金を漫画に回すようになるから、必然的にドラッグをやらなくなる」とのこと。漫画はドラッグ以上に人の心を奪うのですね。とても素晴らしい研究です。これが本当なら、ドラッグに手を染めがちな、治安の悪い地域の行政は、漫画を最初の1巻だけ無料配布すれば良いのでは? と思ったのですが、いかがでしょう。そして、これがどなたの研究なのか、詳しいことをご存じの方がいたら、教えてください。「きちんとしたソースがわかれば、次の講演内容に、このことが盛り込める」私の心の中で、パワポの悪魔が囁いております。





rurounikenshin13.jpg 黒碕 薫(くろさき・かおる)
作家、脚本家、ストーリー協力者。ブラジル(サンパウロ)からの帰国子女。1994年に小説『天使たちの惑星』でデビュー。マンガ『武装練金』『エンバーミング-THE ANOTHER TALE OF FRANKENSTEIN-』にストーリー協力を行う。著書は『るろうに剣心 銀幕草紙変』『武装練金』など多数。その他、『キャプテン翼』など多数のアニメ・ゲーム作品の脚本家、声優や脚本の指導など、幅広いジャンルで活躍。日本推理作家協会会員。夫は『るろうに剣心 -明治剣客浪漫譚-』の作者である和月伸宏氏。




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