ロシアで樂焼を

樂 篤人(樂家15代継嗣)



国際交流基金(ジャパンファウンデーション)と樂美術館は、「樂-茶碗の中の宇宙」展を、2015年3月から6月に米国のロサンゼルス・カウンティ美術館で、同年7月から11月までロシアのエルミタージュ美術館ならびにプーシキン美術館で開催しました。本展に自身の作品を出品し、サンクトペテルブルク、モスクワを訪れた樂篤人氏に、ロシアでの展覧会の反響と現地の人々との交流について寄稿いただきました。

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国立プーシキン美術館 展覧会会場

樂焼とは?
はて、皆様は、『樂焼』という焼き物を知っていらっしゃるだろうか?
備前焼、信楽焼、有田焼などなど日本にはその他にも多くの焼き物が存在しています。その中でも樂焼は、茶道に特化した焼き物であります。
『千利休』が『佗茶』を大成するにあたり、『長次郎』という陶工にその精神性を現した今までにはない茶碗を造らせました。それが樂焼の始まりです。
茶道の世界では、一樂二萩三唐津とも言われ、樂茶碗は重宝されてきました。しかし、茶道に特化している分、茶道と関わり合いがない方や、焼き物に疎い方には、なじみがない焼き物ではないかと思います。
なにせ、樂茶碗(黒樂茶碗)は、絵もなく、カラフルな色も無く、只、真っ黒なのですから。

ロシアで展覧会を
『ロシアで樂焼の展覧会をしませんか?』と国際交流基金から申し出を受けました。
ロシア!?しかも樂焼の!?
欧米での展示は、近年身近に感じていましたが、ロシアとなると未知の世界です。情報が溢れている昨今ですが、ロシアと聞いて、頭の中を駆け巡るイメージを考えても、やはり日本とは近いにも関わらず遠い国な感じがします。
しかも、そのような場で、樂焼の展覧会・・・
うーむ・・・
茶道の展覧会の中で樂茶碗も展示するということなら、樂焼が生まれる背景など茶道との関わりが補完でき、樂焼を知らない方にも理解して頂けそうなのですが・・・
先に申しました通り、樂焼の茶碗というのは、日本でも周知な焼き物ではなく、特殊な焼き物なので、日本人でさえ興味を持つきっかけが何かないと、出会いがない焼き物です。
しかし、このような機会は、なかなか次と言っても巡り会わないので、ロシアで展覧会を開催することが決定し、それに向けて米国(ロサンゼルス・カウンティー美術館)も含めロシア2都市エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルグ、プーシキン美術館(モスクワ)の計3会場での展覧会が動き出しました。

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初代長次郎 黒樂茶碗 万代屋黒(手前)、二彩獅子(右奥) 

本質とは何か
樂茶碗はロシアの方々にはどのように映り、理解されるのか、様々な不安を抱えていましたが、いざ展覧会が始まると、「理解できないわ」と撥ねのけられることなく1碗1碗これは何なのだろうという感じでじっくりみられる方も多く、キャプションの解説も逃すまいと読まれていました。
また質問の質の高さにも驚かされました。
樂茶碗は、何故黒い色をしているのか?何故赤い色をしているのか?
それは、化学的なテクニックの話ではなく、黒茶碗が黒であるべき理由、赤茶碗が赤であるべき理由を尋ねられていました。
またそれがどう侘茶と関係するのか?などなど。
日本人なら、こうした質問を聞かずにそういったものだと受け入れてしまいがちですが、ロシアの人は違いました。
ロシアのとある方が、ロシア人は、自分の知らない文化や考え方を否定するのではなく、それはどういうことかという本質に興味を持つ方が多いと言っておられました。知的欲求が高いのです。
見たことの無い茶碗ではあるが、だからこそ、その小さな茶碗の中にどのような本質が見え隠れしているのか。
今回の展示で、感じて欲しいことは、茶碗の中にある本質の部分でありました。
何事も理解しようにも一方的では理解できません。
お互いが歩み寄るからこそ、そこから理解に繫がるのだと、今回の展覧会を通じ、改めて思いました。

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樂吉左衞門氏と篤人氏によるワークショップ
写真:国立プーシキン美術館提供


これからのこと
日本には、多くの伝統文化があります。茶道や華道、能や歌舞伎に狂言などなど、海外の方は、その本質が何なのか、率直に意見をぶつけてきます。
私たちは、海外の方に、その表層ではなく、本質が何であるかを少しでも伝えられるように、また、日本の未来を背負う子供達や若者に伝わるように、本質とは何か、それをどのように伝えていくべきか、改めて考え直さなければいけないのかもしれません。





rakuyaki_in_russia04.jpg 樂 篤人(らく あつんど)
惣吉・次期16代。昭和56(1981)年、15代吉左衞門の長男として生まれる。東京造形大学彫刻科を卒業後、ロンドン研修等を経て、帰国後、樂家で制作を行う。昨年、日本国内での発表に魁け、ロサンゼルス・カウンティ美術館、エルミタージュ美術館(サンクトペテルブルグ)、プーシキン美術館(モスクワ)で開催された、「樂-茶碗の中の宇宙」展に赤樂、黒樂茶碗12点を出品、デビュー展となる。樂美術館の学芸顧問として展覧会事業にも参画、樂歴代の解説図版書『定本・樂歴代』(淡交社刊)に歴代の解説をするなど執筆活動も行う。




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