雑誌『をちこち(遠近)』
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アルメニア、ロシアで体感した「響きあう文学の世界」

小野 正嗣(作家)



国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、2015年11月25日から11月29日に出版文化国際交流会(PACE)と共同で「第17回国際知的図書展non/fiction」(ロシア、モスクワ)に日本ブースを出展し、漫画から文学、雑誌にいたるまで最新の日本の出版文化を紹介しました。本図書展への参加にあたり招へいした作家の小野正嗣さんに、ロシアおよびアルメニアで行った講演会と現地の人々との交流の様子を寄稿いただきました。

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ロシア国立人文大学で行われた小野正嗣講演会

そもそもはモスクワにだけ行く予定だった。
 ところが、2015年の1月にアルメニアの首都エレバンに日本大使館が開設されたこともあり、アルメニアまで足を伸ばさないかと誘いを受けた。奇しくも2015年はオスマントルコによるアルメニア人大虐殺から100年の節目の年で、アルメニアのことがメディアでは何かと話題になっていた。フランス留学時代からアルメニアには興味があったし、どんなところなのだろうと知りたくて、二つ返事で引き受けた。
 ただ、僕の作品はこれまでアルメニア語はもちろんロシア語にも翻訳され たことはない。そこで、講演会および交流事業が少しでも実りあるものになるようにと、エレバンのスラヴォニック大学で日本語を教えるカリネ先生が、拙作『九年前の祈り』をロシア語に翻訳してくださった。アルメニアは、91年に独立するまではソ連邦内の一共和国だったため、多くの人たちがロシア語を解するそうだ。滞在中ラジオ番組にも出演したが、なるほど確かにそれはロシア語放送の局だった。
 アルメニア語に翻訳された外国文学の作品は少なく、どうしてもロシア語訳か英訳で読むことになる―スラヴォニック大学での講演会でご一緒した若手作家のアラム・パチャンさんはそう語った。彼のまなざしと口調からは、たとえ外国語を通してであれ、とにかく世界文学の傑作を読みたいんだ、という強い気持ちが揺るぎなく伝わってきて、僕もそうだよと同志を得た気がした。アルメニア語を読めない僕もまた、パチャンさんの短篇のいくつかを英訳を通して読んだ。そして、生まれ育った故郷に別れを告げ、外国に旅立とうとする若者を描いた一篇に不思議な懐かしさを覚えた。
 アルメニアには大きな産業がないため、多くの人々が出稼ぎに行く。外国在住のアルメニア人は国内人口の3倍にもなるという。そのいちばん大きな働き先はロシアで、各地にアルメニア人のコミュニティが存在するそうだ。
 僕の小説の多くは、翻訳してもらった作品も含め、僕自身の故郷である大分県南部のリアス式海岸沿いに位置する小さな過疎の土地を舞台としている。若者は仕事を求めてよその土地に移り住み、残っているのは年寄りばかりの集落―そんな僕の話に、出稼ぎの男たちの不在がとりわけ目をひくアルメニアの農村部の状況を重ね合わせた聴衆の方もいたようだ。

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(左・右)アルメニアのスラヴォニック大学での講演会の様子。講演会の後は、アルメニア人若手作家アラム・パチャン氏との対談も行われた。

 僕を案内してくれたアルミネさんという大学院生は、中国と国境を接する東シベリアの一都市のアルメニア人コミュニティ出身だった。ロシア育ちなので、「アルメニアの文字を覚えるのは大変だったんです」と、大きな目を伏し目がちにして、きれいな日本語で言うアルミネさん。拙作を気に入ってくれたと彼女は言ってくれたけれど、そこにどんな風景を見てくれたのだろうか。
 どこかしら地方の町の趣を残したエレバンを訪れた後ということもあり、モスクワでは大都市の持つ迫力に圧倒された。道路も建物もとにかくスケールがちがう。そして道を埋め尽くす高級車の汚れっぷりにも目をみはる。サンクトペテルブルクの人たちからモスクワは「大きな村」と言われてきたそうだが、これが村なら、気が遠くなるほど巨大な村である。
 日本の地方、それも小さな海辺の集落を舞台にした小説を書いてきた僕が自分の創作活動について語っても、大都市モスクワの方たちにとっては退屈かもしれない―そんな懸念は杞憂に終わった。図書展と国立人文大学で行なった講演では、会場はともに満席だったし、真剣に耳を傾けてくれた聴衆からの質問は尽きなかった。質問に答えるばかりではなく、会場とのやりとりを通じて、僕もまた多くを受け取った。ロシアの地方の深刻な現実―限界集落どころか、実際に消滅してしまった集落が存在する―について教えてくれた人もいた。地方の少子高齢化は日本だけの問題ではないようだ。また、ロシアの地方に生きる人々の姿を美しい自然とともに描くことで知られた作家の名前を挙げながら、ぜひ読んでみるといいですよ、と助言をくれた人もいた。

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(左)第17回国際知的図書展non/fictionでの講演会
(右)図書展で地元メディアのインタビューを受ける小野氏


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小野氏の講演に真剣に耳を傾ける参加者たち

 こうした文化交流事業の素晴らしいところは、自作の舞台と遠く離れたところで、思いも寄らぬかたちで、作品世界と響き合うものに出会うところだ。人は故郷から遠く離れた土地で故郷を発見する―そのことを強く深く感じる貴重な体験だった。エレバンでもモスクワでも、講演会に足を運んでくれたみなさんからは文学や芸術への愛情と敬意がひしひしと伝わってきた。そういう熱気に触れることは、書き手にとっては大いな励ましとなる。僕の次作がどのようなものになるのかはわからないけれど、エレバンとモスクワという土地から与えてもらったものが、確実にそこに息づいているにちがいない。

 最後にひとつ言い添えさえてください。今回の二カ国での講演会および交流事業を、万全の体制でサポートしてくださったすべてのみなさんに心から感謝したいのです。とりわけ、在アルメニア日本国大使館の田口大使と藤井派遣員、そしてモスクワ日本文化センターの坂上さんとスラヴァさん。僕がそれぞれの国の事情について次から次へと繰り出す質問に、いつでもていねいかつ寛大に、そして朗らかに答えてくださったみなさんと過ごした時間は、本当に楽しく、僕にとって忘れがたい大切なものとなりました。ありがとうございました。
 国際交流基金の文化交流事業で、これまでいくつかの国に招いてもらいましたが、どの土地でも基金の職員の方たちは、現地の文化に深く精通するだけでなく、それぞれに得意分野を持つ個性的で魅力的な人たちでした。僕のような者までもったいないほど丁重に遇してもらい、恐縮することばかりでした。とにかく日本からのゲストと現地の人たちとの文化交流がより豊かなものなるよう努力を惜しまず働かれる職員の方たちの姿に触れるたびに、敬意と感嘆の念を覚えながら、こういう方たちが関わっている限り、日本の文化交流事業は、誰がなんと言おうと、必ずや素晴らしい成果を生むにちがいないと確信したものです。今回、その思いはさらに強まりました。





armenia_russian_literature05.jpg 小野 正嗣(おの まさつぐ)
1970年、大分県生まれ。作家、立教大学准教授。著書に、『にぎやかな湾に背負われた船』(朝日文庫、第15回三島由紀夫賞)、『獅子渡り鼻』(講談社)、『九年前の祈り』(講談社、第152回芥川賞)、『残された者たち』(集英社文庫)、『水死人の帰還』(文藝春秋)など。訳書に、マリー・ンディアイ『ロジー・カルプ』(早川書房)など。




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