五、二つ目への昇進はこの上なく嬉しいものなんです

立川志の春




突然ですが、皆さんは人に話をする時、喜怒哀楽のどの感情をベースにされますか? たとえば最近あったことについて話すとしたら、嬉しかったことや楽しかったことについて? それとも腹立たしかったことや哀しかったことについて? どちらの話題を選択することが多いですか?

私の場合、どの感情かと聞かれれば、圧倒的に「怒」の感情です。ちょっといやな奴ですよね。しかも変なシャレみたいになっちゃってるし。でもそうなんです、「怒」。もしくは「怒」時々「哀」という感じです。

それは職業柄ということもあります。自慢話というのは、大概の人にとっては笑えないものです。ですから私たち落語家は、徹底的に自慢話は避けるようにします。

でも「喜」や「楽」の話をしていると、自分ではその気がなくても自慢話と捉えられることがあるんですよね。時々ありません? 愚痴っているつもりなのに「はいはい、ノロケ話出ました~」とか言われること。そういう時、表向きは愚痴なんだけど、しゃべっている側が意識しないうちに中身は「喜」と「楽」が勝っちゃっているんです。

逆に失敗談とか、ちょっと腹の立った話、ちょっと哀しかった話というのは自慢話と捉えられる可能性が少ないので、笑いという意味では安全です。「ちょっと」というのが鍵ですね。ま、ですから我々は、そういう話をすることが多いんです。

前置きが長くなりました。というわけで、今回は嬉しかったことについてのお話をします。......っておい! ま、たまには。

「落語家になって嬉しかったことって、なに?」という質問を時々受けます。私にとって、落語家になってから本当に嬉しかった瞬間というのが二つあります。一つは名前が付いた時。そしてもう一つが二つ目に昇進した時。

「志の春」という名前が付いた時は嬉しかったですねえ。入門して1年3ヵ月が経った大晦日のことでした。大掃除を終えた師匠の事務所の1室で、ひとしきりお説教をくらった後で、「心を入れ替えてちゃんとやれ! 明日からお前の名前は志の春だ」と言われた時。「ありがとうございます!」と言いながら事務所の床にへたり込んで、こみ上げてくる涙を抑えた記憶があります。3ヵ月くらいで名前が付く兄弟弟子もいる中、私の場合は随分と長くかかりましたから。

二つ目に昇進したのは、それから7年が経過した、やはり大晦日でした。前座、二つ目、真打、という落語家の地位の中でも、前座から二つ目の間の変化は大きいのです。
やっと自分自身の落語会を開催することができる。やっと日々の楽屋働きから解放される。自由を手に入れることができる!

その日、横浜にぎわい座(大衆芸能の専門館)でカウントダウン寄席という恒例イベントが開催されており、私も舞台袖で年越しの瞬間を迎えましたが、会場の「あけましておめでとうございまーす!」の声と同時に、心の中で「オレは自由だー!」と叫んでいました。
嬉しかったですね。

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2011年6月27日に新宿明治安田生命ホールで開催した「二つ目昇進記念の会」にて口上を述べる私、志の春。

そんな嬉しい二つ目への昇進をこの度果たしたのが、一門の弟弟子である志の太郎君です。彼の昇進記念の会が先月、池袋の東京芸術劇場にて開催されました。晴れやかないい会でした。本人も誇らしげで、その分、いつも長い顔がさらに少しだけ伸びたような気がしました。彼に対する師匠志の輔の言葉が「代えのきかない落語家になってもらいたい。そう、まるでペヤングのように」。私もそうなりたいなと思って聞いていました。

そして志の太郎君本人の言葉は「弟子は3歩下がって師匠に付けと言われますが、私はその3歩を1歩に縮めても師匠に心地よくいてもらえるようにと、いつも考えておりました」というもの。だから彼は愛されるのか。私は4歩下がってもばれないように......いや、そんなことはありません!

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去る5月25日に行われた志の太郎君の二つ目昇進記念の会。出番前のため彼の表情には緊張の色が......。

私自身が二つ目昇進記念の会を開催したのが4年前のことでした。その時、彼は入門してまだ1年。師匠を含めたゲストの先輩方の落語の後で、私は汗だくでトリとしての1席を終え、高座から下りて舞台袖にいた彼に聞きました。

「どうだった?」
彼は言いました。
「よかったですよ、初々しくて」

お前が言うなっ!
というわけで、今回も締めは「怒」でお届けしました。また来月お会いしましょう~。





shinoharu00.jpg立川志の春(たてかわ しのはる)
落語家。1976年大阪府生まれ、千葉県柏市育ち。米国イェール大学を卒業後、'99年に三井物産に入社。社会人3年目に偶然、立川志の輔の高座を目にして衝撃を受け、半年にわたる熟慮の末に落語家への転身を決意。志の輔に入門を直訴して一旦は断られるも、会社を退職して再び弟子入りを懇願し、2002年10月に志の輔門下への入門を許され3番弟子に。'11年1月、二つ目昇進。古典落語、新作落語、英語落語を演じ、シンガポールでの海外公演も行う。'13年度『にっかん飛切落語会』奨励賞を受賞。著書に『誰でも笑える英語落語』(新潮社)、『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか? 落語に学ぶ仕事のヒント』(星海社新書)がある。最新刊は『自分を壊す勇気』(クロスメディア・パブリッシング)。


*公演情報は公式サイトにて。
立川志の春公式サイト http://shinoharu.com/
立川志の春のブログ  http://ameblo.jp/tatekawashinoharu/




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