雑誌『をちこち(遠近)』
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「トンド、イチミヤ、クゾク、ヒップホップ、エイガ」 オーバーラップするマニラと山梨のストリート 富田克也

映画監督 富田克也


富田克也 制作



いつだったろうか、ある晩、いや夜中といっていい時間帯にYoung-G(中村誠治)から電話がかかってきた。彼はHIPHOPグループ「stillichimiya」(スティルイチミヤ)のラッパーであり、その楽曲の殆どを支えるトラックメーカーユニット「おみゆきCHANNEL」のコンビの一人でもある。その声は興奮に震えていた。時間も時間だったので何事かと思ったが、丁度その頃、私達「空族」(クゾク)が製作中だった、stillichimiyaも出演する映画、『サウダーヂ』用に彼らに依頼していた音楽の事か何かだろうと思っていた。
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おみゆきCHANNELの二人。Young-G(左)、Big Ben(右)

映画『サウダーヂ』(2011年)は監督の私の故郷でもある山梨県甲府市を舞台にした映画だ。土方・移民・HIPHOPというテーマを主軸に、空洞化や疲弊といったレッテルを張られた現代日本の地方都市を、日本人、ブラジル人、タイ人、フィリピン人などの登場人物達が交錯する群像劇として描いたものである。 私達「空族」はインディペンデント映画製作集団として数年前から活動してきた。活動は国内のみにとどまらず、タイ、ラオス、ミャンマーの、かつてゴールデントライアングルと呼ばれた国境山岳地帯に住む少数民族モン族の不遇な歴史をテーマに映画を作るため現地に赴いたプロジェクトは、「アジア裏経済三部作」として今でもライフワークの様に続いている。 そんな私達にとって、Young-Gからかかってきたその電話は願ってもない内容だった。

「東南アジア最大のスラムと呼ばれる、フィリピンはマニラのトンド地区に、HIPHOPのワークショップをやりに行く」、と。次の瞬間、私は間髪入れずに何が何でも同行して撮影したいと申し出ていた。聞けばトンド地区は、そこに住む若者たちが結成しているギャンググループ同士の抗争が絶えず、銃撃戦も頻発する場所とのこと。そのような場所にカメラを持って入る事など、この機会を逃したらまず二度と訪れないだろうと直感したからだ。しかも、そのギャンググループの一部のメンバー達がHIPHOPグループを結成、活動を本格化したので、以前の様な抗争が止む事を期待し、バックアップしていく為のワークショップだという。そもそもHIPHOPの起源を辿れば、アメリカのスラムに住む黒人達に辿り着く筈で、その厳しい生活環境からの脱出や変化を渇望する叫びが、怒涛の様に溢れだすリリックとなりリズムに乗っていったであろう事は想像に難くない。誤解を恐れずに言えば「Rap in TONDO」の主役、トンド地区から生まれたHIPHOPグループ「TONDO TRIBE」はその正当なHIPHOPの起源を継承している。そして日本という、安全で平穏な国においてHIPHOPを志す者たちに一度はよぎるであろう、そうした環境への嫉妬も想像に難くない。それは非常に本末転倒な話なのだが、例えば、ギャングスタ・ラップ(攻撃的な歌詞を用いるラップ)など、本来HIPHOPを生み出してきたエネルギーの源泉がそこにあることを考えれば、それらへの憧れから逃れるのもまた容易ではない。 RapInTondo04.jpg
HIPHOPグループ「TONDO TRIBE」

しかし、日本におけるHIPHOPも各アーティスト達の試行錯誤によって多様化し、そんな中からstillichimiyaが登場する。
それまで私は日本におけるギャングスタラップが、無駄に自分達の悪さや腕っぷし自慢、境遇の不遇さ自慢をしている様にしか聴こえなくて苦手だった。そんな中、同じ山梨県出身の、桃で有名な一宮町に根を張り、平成の市町村合併によって自分達が生まれ育った地名が消えてしまう事への異議申し立ての意味を込め、それをグループ名に冠した「stillichimiya」というHIPHOPグループの存在を知った。例えば、跡取りのいない桃畑を営む老夫婦の哀切を歌った曲があったりと、そのどこか優しい、しかし若者特有の潔癖さと悪ふざけと勢いと、それだけでは語る事のできないクレバーさを併せ持った彼らの音楽にすっかり虜になってしまったのだった。そしていつか彼らと何かを一緒にやりたいという念願が、拙作『サウダーヂ』で叶ったのだった。そのstillichimiyaのおみゆきCHANNELの二人が、TONDO TRIBEをプロデュースするためにフィリピンに行き、そこに私達がついていく。胸が躍らないわけがない。そして、その電話の中で既に、Young-Gは自分がTONDO TRIBEをプロデュースしに行く事の意味を見出していた。私も全く同意見だった。
果たして、TONDO TRIBEやトンド地区の子供達、ミンダナオ島ダバオの子供達と過ごした約二週間は何にも替え難い、夢のような日々となった。

RapInTondo05.jpg おみゆきCHANNELの二人は想像をはるかに超える程TONDO TRIBEのクルーの信頼を得、この先一生続いていくであろう、国境を越えた仲間を得た。それは私達も同じだった。 元ギャングのHIPHOPクルーという事で、当初どんな凶悪な若者達が集まってくるのかとドギマギもしていたが、最初にTONDO TRIBEのリーダー、シルバート・マニュエルと対面して膝を打った。そうかそういうことか。想像していたのとはまるで違う、その温和な佇まいは、フィリピンにおけるギャンググループが単に虚勢を張るためだけのものではなく、生活に根付き、そこで生き抜くためにどうしても必要とされているものなのかもしれないという事を予感させた。しかし温和なだけではない、シルバートが時折見せる只事ではない厳しい表情。それは当然といえば当然で、のっぴきならない環境を生き抜いてきた者特有の鋭さと、そして皆から慕われる保護者、兄貴分としての包容力が共存した、とても25歳とは思えない、素晴らしい人格者だった。

RapInTondo06.jpg ある日、私達の宿泊施設のある、マニラのエルミタ付近をシルバートと歩いている道すがら、いつもの様に物乞いの子供たちに囲まれた事があった。私達はなんの躊躇もなくいつも通りお金をあげた。するとシルバートが、手と手を合わせ合掌のポーズをとり、深々と私達に頭を下げて、「本当にありがとう、お前らの気持ちは心底嬉しいが、それはこの子供たちの為にならない。簡単にお金を貰えると思いこんでしまい、自分たちで努力しない人間になってしまう」と、丁重に諭された。私達は、自分達の浅はかさを恥じつつも、しかし、結局シルバートのいないときは、どうしても断る事が出来ず、こっそり隠れてお金をあげてしまうのだったが...。

そんなこんなで、ワークショップの日程も順調に進み、おみゆきCHANNELの二人も、プロデュースする側として行ったものの、彼らのラップのスキルの高さに舌を巻きながら、それでも次々と彼らの要望に応えていく。お互いに刺激しあえる素晴らしい機会になった事は見ていて明らかだった。私達は私達で、いつか映画に出て欲しいとシルバート達にお願いし、彼らはそれを快諾してくれ、またいつでもあの場所に戻ることができるだけでなく、歓迎してくれる仲間を得ることまでできた。 RapInTondo07.jpg RapInTondo08.jpg

トンドには「まごうことなき人の営み」があった。それは決して綺麗ごとでは片付かない、人間本来の姿の様に思えて仕方がない。危険で優しく、貧しいが豊かだった。敢えて言う。日本が失ってしまったものが全てトンドにはあった。私達はトンドに住みたいと言い、彼らは日本に行くのが夢だと言った。だからこそ、彼らと私達が交流する意味があるのだ、と思いたい。
今回撮影した「Rap in TONDO2」の模様はドキュメンタリー映画として完成させ、劇場公開へと進めていく。 RapInTondo09.jpg RapInTondo10.jpg



富田克也 1972年生まれ。山梨県甲府市出身。
映画製作集団「空族」を2003年に立ち上げ、『雲の上』(2003)、『国道20号線』(2007)、『サウダーヂ』(2011)などを監督。前作『国道20号線』では、大型量販店、消費者金融、パチンコ店の立ち並ぶ、現代地方都市のロードサイドに住む若者たちを描き、その衝撃的な内容と自主制作にも関わらず、その年の日本映画ベスト9位に選出されるなど話題を呼んだ。最新作『サウダーヂ』も今年の10月に公開を控える中、世界四大映画祭の一つ、ロカルノ国際映画祭のメインコンペティションに正式出品される事になったが、これも自主製作映画ゆえに快挙と言われている。


Rap in TONDO2 :インターナショナル ヒップホップ フェスティバル。 ワークショップとライブを通じて、フィリピンの貧困地区や紛争地域の若者を支援するプロジェクト。日比仏独4カ国のアーティストによるプロジェクトを行ない、より多くの若者に、ヒップホップ音楽の魅力や、音楽を通じた夢や希望の表現・実現、平和の大切さなどを感じてもらうことを試みます。(主催は、国際交流基金マニラ日本文化センター、アリアンス・フランセーズ、在フィリピン・フランス共和国大使館、ゲーテ・インスティテュート) RapInTondo02.jpg

※空族最新作『サウダーヂ』は10/22より、渋谷ユーロスペースにてロードショー。その後、全国単館系劇場にて公開予定。第64回ロカルノ国際映画祭インターナショナルコンペティション正式出品作品。 Webサイト http://www.saudade-movie.com/ RapInTondo03.jpg

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