雑誌『をちこち(遠近)』
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私と日本語

2018年9月号

マライ・メントライン
(独・和翻訳家、テレビプロデューサー)

NHKドイツ語講座への出演、駐日ドイツ大使館が運営するドイツ・ライフスタイルガイドを通じたミステリー小説や映画の紹介、テレビ局の取材やニュース番組の制作現場でドイツ語と日本語の通訳・翻訳を担当するなど、一つの肩書きでは自身が何をしているか表現できないため、「職業はドイツ人」と自称するマライ・メントラインさん。日本語力を活かしてさまざまな分野で活躍されているマライさんに、日本語を学習することになったきっかけや学習に関する経験、日本語力を活かしたキャリアなどについて、ご寄稿いただきました。

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プロデューサーを務めるドイツテレビ協会東京支局の入り口にて。

すべては「羊」で始まった

日本語と最初に出会った場所は、伯母と一緒に訪れたドイツにある民族博物館。6歳ぐらいのことだと思いますが、子供向け絵本の中で見たアジア各国の文化に強く惹かれていたので、伯母が私を博物館のアジアコーナーに連れて行ってくれました。豪華な着物や侍の刀に夢中になりながら展示品を眺めているうち、掛け軸が目に留まりました。そこには「羊」という漢字が書かれており、その横には「この漢字の意味は〈ヒツジ〉です」というような解説がありました。その漢字自体が動物の羊にも似ている上、数少ない線でできている洗練性が格好良くて、面白いと思いました。アルファベットではなくて、絵を基に作られた文字でコミュニケーションを取る文化がとても魅力的に映ったのです。

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子供の時、民族博物館で紙に書き写した「羊」と「木」の漢字。

バラエティ番組は勉強になる!

日本に強い関心を持ちながら15歳になり、そこから本格的に日本語を勉強し始めました。まず気に入ったのは、平仮名と片仮名の存在。これさえ暗記すれば、とりあえず日本語で単語を書くことができるし、動詞の活用も可能で便利!しかし、文字数がかなり多いため、仮名を使った神経衰弱ゲームを作ることにしました。平仮名を書いたカードと、それとは別にローマ字の読みを書いたカードを用意し、全ての平仮名とローマ字のペアを見つけるまで、一人で遊んでいました。

16歳の時、私は10か月間の留学のために日本へ旅立ち、兵庫県姫路市の県立高校で約一年を過ごしました。ドイツで少し日本語を勉強していたとは言え、生活するのには十分ではありません。当時、まだオンライン辞書や電子辞書が普及していなかったため、とにかく人の話をよく聞き、状況を観察。そうしていくうちに、話題のテーマさえわかれば、雰囲気と、時々聞き取れる単語だけで意外と理解できる部分が多いことに気づきました。

日本語の勉強で大変助かったのはテレビの存在。特にバラエティ番組では主に日常的な日本語が使われているため、(文法的に正しいかどうかは別として)自然な話し方を学ぶことができます。「イクメン」、「サバサバ系女子」、「JK」、「オワコン」、「リア充」のような、旬な日本語もよく登場するから便利です。
また、ドイツのテレビ番組では文字情報がほぼないのに対し、日本のテレビではどんな番組でもテロップが使われています。バラエティ番組の場合、芸人の発言をより面白く演出するために、発言の一部がテロップとして画面に映し出されます。これが実は学習効果大!例えば、聞いたことはあっても漢字を知らない単語がある場合、テロップを眺めるだけで自然に知ることができるのです。
ちなみに、日本の映画やドラマなどのDVDで日本語字幕を表示させるのもいいと思います。ただし、字幕は字数の制限で省略している部分が多いので、個人的にはテレビがオススメです。

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テレビ番組を通じて学んだ単語や漢字は、翻訳の助けにもつながる。

敢えて言わないことの難しさ

日本語には言葉で表現できることでも、会話の中で「敢えて言わない」ことがあります。いわゆる「空気を読む」状態です。日本人は相手に「言わなくてもわかるよね?!」というシグナルを送り、相手がその空気だけで意図を察してくれることを期待します。ドイツ人は基本的に「Ja(Yes)」と「Nein(No)」をはっきり言いたがります。日本語を話すとき、「はい」と「いいえ」をドイツ語と同じ感覚で使うと、相手を不快な気持ちにさせてしまうことがあります。(日本人がはっきり言わない)日本語の「いいえ」はドイツ語の「Nein」よりも100倍きつい言い方です。「寿司は好きですか?」と聞かれたら、「いいえ」の代わりに、「好きではありません」や「食べませんね~」と、動詞の否定形を代わりに使います。振り返ってみると、「いいえ」はここ数年使っていません。
ビジネスの商談で、契約が成立しない場合でも「それは無理です!」とは言わず、「一旦持ち帰らせていただきます」や「ちょっと難しいですね~」とやんわり断るのが一般的な礼儀になっているのを見ると、ドイツ語との違いがよく分かります。
日本語を話すときは、なるべくドイツ語起点の翻訳ではなく、脳を日本語に切り替えて話すようにしています。

今の仕事は全て周りの人たちのおかげ

日本での最初の仕事は、オーディションに受かって決まったNHK「テレビでドイツ語」の出演でした。日本語があまりできなくても対応できる仕事でしたが、日本語が読み書きできるドイツ人がいるという噂が局内で広まり、ある時「翻訳の手伝いを頼んでもいい?」と誘われました。初めての翻訳でしたが、それからよく翻訳や通訳を頼まれるようになりました。ドイツ語と日本語の両方できる人が限られているため、実は、自分から仕事を探したことはありません。日本には日独翻訳・通訳業界がありますが、実績のあるプロはみんな手一杯で、依頼を引き受けられない場合は知り合いに声をかけます。そういうこともあってライバル的なギスギス感はなく、とても仲良くやっています。

日本でドイツ人として翻訳・通訳をする場合、ドイツ語から日本語へ訳すことが多いですが、どうしても日本人並みの綺麗な日本語に仕上げるのは困難です。しばらくそれはコンプレックスでしたが、逆にドイツ語ネイティブでないとわからないニュアンスもあるため、そのことを自分の強みにしています。
東日本大震災が起きた後、たまたま会ったドイツテレビ局の特派員が、「ドイツテレビの東京支局には、ドイツ語と英語しかわからない記者と、日本語と英語しかできない通訳がいる。日本語のインタビューを英語経由でドイツ語に訳すと、どうしても失われるニュアンスがあって困っている」と打ち明けられました。「それならお手伝いできます!」と敢えて強く出てみたのが、ドイツテレビの東京支局で働くようになったきっかけでした。

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(左)オーストリア人ミステリー小説作家アンドレアス・グルーバー氏(中央)の通訳を務めた。通訳の仕事を通じて、普段会えないような人に会えたり、色々な話が聞けたりする。
(右)最近はラジオやテレビ番組でドイツのことを紹介することも多くなった。

完璧でないからこそできることもある

日本語はとても面白くて深い言語で、一生勉強し続けても飽きないと思います。AIと自動翻訳ソフトがどんどん進化しているとはいえ、文化、習慣、そして人間の気持ちを理解できなければ上手く訳せないものがいっぱいあります。日本語を学習している皆さんが大活躍できるチャンスはまだまだたくさんあると思います!日本語は日本人並みに完璧でなくてもいいから、自分らしく日本語を使い、多様な背景を持つ皆さんの良さを活かせたら、きっと楽しいことが待っているはずです!

marei_japanese_06.jpg マライ・メントライン
1983年ドイツのシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州キール生まれ。独・和翻訳家、テレビプロデューサー。小学校時代、民族博物館での漢字との出会いがきっかけで、日本語にのめり込む。二度の留学で日本との「縁」を深め、2008年より日本在住。著書に『ドイツ語エッセイ 笑うときにも真面目なんです』(NHK 出版)など。10月からテレビ朝日「ワイドスクランブル」にレギュラー出演。活動の幅の広がりから、「職業はドイツ人」を自称している。

Twitter: https://twitter.com/marei_de_pon
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