ギャラリーの中に社会を作る~英国・バーミンガムの子どもたちと作ったモビール

土谷享
車田智志乃
アーティストユニット「KOSUGE1-16」



kosuge01.jpg KOSUGE1-16はイギリスのバーミンガム市にあるアートセンター「mac birmingham」で2012年7月7日~9月9日の会期で個展「The Playmakers」を開催しています。この展覧会はmacの開館50周年記念の事業の一環でもあります。キュレーターからは子どもたちへのアートの普及を大事に考えてきたこのアートセンターの思想に乗っ取って、あらゆる人種や世代が関わり合うことのできる新作を依頼されました。また、一ヶ月現地で滞在制作し、その中で地元の子どもたちとワークショップをして欲しいと頼まれました。

参加型の表現やワークショップを行うことは慣れていますが、その場合多くのコミュニケーションが必要となります。初めての海外での制作だった為、多くの部分で語学力の必要性を痛感しました。

展示プランの技術的なことや事前準備や制作する内容ついて、模型や試作や図面、映像等を用いて、macの技術者とは事前に丁寧なやり取りを行いました。それはやはり言語の問題を考慮し先回りして具体的に伝え、現地での制作を潤滑に行う為には最善の方法と思われました。
こういった行動は、事前にプランに向き合う時間を増やし、自分たちの中で展示イメージがより強いものになった様にも思います。この経験は、言語の問題に関わらず、作品制作に対する姿勢は常にこうあるべきだという気持ちに立ち返ることができました。

kosuge02.jpg 最終的な企画内容を詰める段階で、友人の清水美帆さん(Danger Museum)にアシスタントとして参加してもらいました。彼女にはバーミンガムにも同行してもらい、共同生活をおくりながら仕事も生活も語学もサポートしてもらいました。彼女のおかげでこの展示が出来たと言っても過言ではありません。

イギリスには、息子(5歳)と娘(1歳半)も同行し、現地で快く受け入れてもらえました。2人のキュレーター、Debbie Kermode と Kaye Winwood も同じ年頃の子供を持っていて、しばしば遊んでくれましたし、素敵なベビーシッターにも巡り会えました。
アートセンターとアパートの行き来は公共バスを使っていましたが、2階建てバスの車窓の眺めは充分楽しいものだったし、macはCannon Hill Parkという大きな公園内にあるので、池に集まる水鳥やリスに朝食のパンの残りをあげることは子どもたちにとって楽しみになっていました。長男は勢いが余ってそのまま池に落ちてしまうというハプニングもありましたが、それでも毎日公園に行くのを楽しみにしていました。

kosuge03.jpg macでは音楽や演劇やダンス、彫刻や絵画や陶芸、インスタレーションと多様なジャンルの展示や公演、ワークショップが常に開かれています。初代ディレクターのJohn English はバーミンガムの全ての子どもたちに芸術を浸透させようとしていました。そしてこのアートセンターの設計や建設は、学生や市民によるボランティア作業で行われたものもあり、彼はアートセンターを介した社会を作ることを思い描いていました。

私達の展覧会のオープニングでは、17歳の頃に2週間キャンプして屋外劇場建設のボランティアスタッフを経験した女性に出会いました。彼女は「John English は事務所での仕事に従事していてあまり外には来なかったが、私は公園に来ていたアイスクリーム屋さんに恋をしたんです。とにかく楽しい想い出よ!」と話してくれました。またmacの絵画教室に今でも通う別の女性は「彼は子どもたちに対して寛大な人だったのを記憶しています」と私達が制作拠点にしていたWeston Studioで制作中のJ.Englishのパペットを見ながら教えてくれました。
50周年を迎えたアートセンターは何度も増改築を繰り返しながら今の形になっています。開館当時の少年少女は現在も生き生きと足を運び新しい出会いを楽しむ素敵な場所のようで、アートの日常化を意識している私には実に刺激的なアートセンターでした。そして私達KOSUGE1-16はギャラリーの中に社会を作るという作品プランを考え、色々な世代の人が様々な過ごし方ができるインスタレーションを思い描きました。

kosuge04.jpg 制作はmacの中にあるWeston Studio で行われました。
制作は作業量が多く、育児と家事と制作のバランスを取る必要がありました。幸いにも子どもたちは10:00〜14:30の時間帯で、週の半分を日本人のベビーシッターに預けることができました。ベビーシッターの彼女は元々ミュージシャンでとても魅力的なバンド活動をしており、今回の展示のドキュメント映像にも彼女の楽曲を使わせてもらってます。制作と育児のバランスは常に大変ですが、1歳や5歳でも彼らが作る社会が存在し、親である私達がその社会から影響を受けることも多々あります。今回長男の描いた白鳥のドローイングは展示バナーやスタッフTシャツに採用されました。これはmacのデザイナーからの提案であり、偶然の出会いや関わりが展示構成に影響して行くことは多くの相発的な気付きをもたらし参加の裾野を広げます。

kosuge05.jpg kosuge06.jpg kosuge07.jpg ワークショップを行う理由もほぼ同様です。今回ワークショップに参加した75人の5歳前後の子どもたちとは、Cannon Hill Park を散歩しながらフロッタージュ(凹凸のあるものの上に紙を置き、鉛筆などの描画材でこするように描くこと)の技法を使い様々なテクスチャーや形を集めました。WorkshopperのBrianが子どもたちの制作への理解を高める為に寸劇や体を使ったコミュニケーションを通じて素晴らしいアプローチを行ってくれました。
参加者は経済的に豊かではない地域の子どもたちということでしたが、その文脈は作品には全く関係なく、アートセンターという場所に彼らが初めて来て、一緒に制作すること自体が大切なことです。彼らの描いた200枚を超えるドローイングからおよそ160の形を選び、2機の大きなモビールを制作しました。このモビールは会場にダイナミックな動きを与え、投影される影は走馬灯の様に通り過ぎていきます。モビールの動きと投光器は会場に設置されている橋の上で子どもたちが操作することができ、橋の上から会場を見渡しながら子供たちが空間を支配できます。さらにこの橋には滑り台、薄暗いトンネルもあり、ちょっとした冒険心をかき立てるようにしました。

kosuge08.jpg 2機のモビールの中心からはそれぞれおよそ20本のロープが円錐を描く様に床面と繋がっています。これらのロープのおよそ半分はパペットと繋がっており、ロープを引っ張ることで、パペットが動く仕組みです。主役はJohn Englishと彼のパートナーであるMollie Randle。バンドスタンドに立ち絵筆を握るJohn English の周辺にCannon Hill Parkの動物達が集い、その背後からMollieが紅茶を飲みながら見守ります。

kosuge09.jpg 展示が無事にオープンした後、7月10日に国際交流基金ロンドン日本文化センターでのアーティストトークの機会を頂きました。タイトルは「Game on!」。日本のアートについて詳しいKeith Whittleさんが司会をしてくださり、パネラーとしてSerpentine Gallery のエデュケーション担当キュレーターでありアーティストでもあるJoceline Howe、mac birminghamでのKOSUGE1-16「The Playmakers」展のキュレーターであり、Ikon Gallery副館長のDebbie Kermode、そしてKOSUGE1-16の土谷享(つちやたかし)。
Debbieからmacでのプロジェクトについてのプレゼンテーションからはじまり、土谷からは名前の由来となっている小菅での生活について、そして活動初期からの作品について話をしました。その後、日本のアートについて研究されているKeithさんを司会に、Jocelineさんを加えて、さらに会場のお客さんを交えた意見交換が行われました。
コミュニティーとアートの関係や、ボランティアやワークショップ参加者の制作への関わり方、また、その場合の完成した作品の利権のこと等、大切な課題について話ができました。印象的であったことは、イギリスにおいては地域の経済状況の差が大きくあるようで、その差がワークショップや作品にどう影響を及ぼしているのかということが、日本で活動してきた私にとってはあまり意識したことの無いことでした。

kosuge10.jpg kosuge11.jpg アーティストネームKOSUGE1-16は、私達家族が住んでいる東京都内の住所から象徴的に引用したものです。偶然居住したこの地域の「もちつもたれつ」という人間関係が私達の表現に多くの影響をもたらし、アートを通じてこれを輸出することができないものかと考えました。今回のバーミンガムでのプロジェクトでは、キュレーターから最初に「もちつもたれつ」をやって欲しいと切り出されました。
多民族、多人種が混在する現在のバーミンガムだからこそ、もちつもたれつが欲しいと言うことでした。macというアートセンターはもちつもたれつする場としてはとても良い現場でした。しかし、こういった開かれたアートセンターという場があってもアートというものが一部の文化圏のものであるということを何となく肌で感じました。このテーマをアプローチするには1ヶ月の滞在はとても短く感じました。もう少し長く滞在すれば、もっともっと出来ることがあったと思うのは悔しい部分です。また海外での機会を作り、時間をかけて取組んで行きたいと思っています。

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kosuge13.jpg KOSUGE1-16(こすげ いちのじゅうろく)

土谷享、車田智志乃の二人組のアーティストユニットとして2001年から活動。主な個展として、「Test track "Mukojima"」(2009年)、「GUESS SPORT? 楽しいスポ研」(2004年)、「自転車の為の抜け道の為のバリアフリー」(2002年)など。英国・バーミンガム市のアートセンター「mac birmingham」の依頼により、初めてのイギリスでの個展「The Playmakers」を開催中

KOSUGE1-16公式HP http://www.kosuge1-16.com/ white.jpg
土谷 享(つちやたかし)
1977年 埼玉県生まれ、2001年 多摩美術大学絵画科油画専攻卒業
Twitter: http://twitter.com/kosuge116/

車田 智志乃(くるまだ ちしの)
1977年 福島県生まれ
Twitter: http://twitter.com/guruguru_pah




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