雑誌『をちこち(遠近)』
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アルザス日欧知的交流事業日本研究セミナーに参加して

宮本 直美(立命館大学文学部教授)



2015年の9月21日と22日の2日間、キンツハイムで行われた日本研究セミナーに、東京大学の佐藤健二教授と共に参加してきました。これは日本の国際交流基金主催で、会場はストラスブール大学とも密接な関係を持つアルザス・ヨーロッパ日本研究所(CEEJA)でした。今回のテーマは「日常生活文化」です。

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一面に広がるブドウ畑からアルザスワインが作られる 

 参加者9名は全員異なる国籍のヨーロッパ出身者でしたが、前夜の夕食会の時点で会話がはずんでいました。みんな日本語が流暢なこと!しかも若者言葉や「・・・とかまあそんな感じ」「なんていうか~」という表現を自然に織り交ぜています。それもそのはずで、全員が日本で数年間生活したことがあり、日本語と日本文化を十分に身につけているのです(セミナーを通して全員が時間を厳守していたのも、さすが日本文化研究者?)。それでも学術的な日本語で発表したり論文を書いたりするのは難しいとか。彼らにとっては英語での発表なら数倍楽なのでしょう。その意味では日本語での研究会にチャレンジすること自体、貴重な経験と言えそうです。

 セミナーでは一人当たりの持ち時間は1時間だったので、流れ作業的に進む国際学会とは違い、じっくり議論ができました。発表テーマは、食事、家庭、ジェンダー、日常言語、トイレ、パチンコという身近なものから、音楽、遊郭、政治哲学、文学における「日常」に至るまで多岐にわたります。多くの研究者が日本でのフィールドワークを実践しており、たとえばパチンコについては、日本人研究者では接触が難しいような「プロ」と共におこなったフィールドワークの成果が発表されました。また、トイレに関するテーマは、その環境の中にいる日本人にとってはそこに問題を見出すことが難しいかもしれません。こうした「外からの目」によって気づかされる視点も、日本人以外が行う日本研究の重要な貢献です。他方、歴史的なテーマでは、江戸時代の遊郭における「時間」の経験が分析されましたが、ここでも日本人ですら読むのが難しい古い資料を自在に扱える研究能力に驚かされました。

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(左・右)アルザス日欧知的交流事業日本研究セミナーの様子

 その一方、セミナーを通して感じたのは、その場が「日本はこんなに特殊である」ことの確認になってしまうのではないかという多少の危惧です。確かに、外国人が日本の文化に知的好奇心を抱くきっかけは自分たちの文化との距離感でしょう。日本独特の文化の分析はおもしろいのですが、「日本研究」がそのようなものとして定着してしまう可能性には、特に若い研究者が多いだけに常に注意が必要でしょう。この点で、今回のセミナーで記憶に残っているのは、ある参加者が自分の国の習慣に基づいて日本の女性が置かれている環境の特殊性を述べた時に、別の参加者が異論を唱えた場面でした。異なる国の習慣の情報が提供されることにより、2点比較に拠っていた議論が、単なる日本特殊論とは異なる議論展開になったのです。今回の参加者の多様性はセミナー自体の意義にも十分に寄与したように思います。無いものねだりになってしまいますが、これにアジアからの日本研究の視点が加わるとまた違った議論が生まれ、ヨーロッパの研究者にとっても新たな刺激となるのではないでしょうか。

 このセミナーに参加して、日本研究の意義について改めて考えさせられました。参加者たちは日本文化に親近感を持っていますが、それが「研究」となった時には、必ずしも対象を肯定する分析になるわけではありません。当然のことです。日本の問題点を明らかにする研究もあり得るわけで、それによってまた日本研究は深まります。グローバル化の中で、日本は内向きに「日本スゴイデスネ」と言っている場合ではありません。今回の参加者たちは親日家でありながら同時に日本社会の批判もします。雑談の中ではごく自然に政治の話題も出ましたが、こういう習慣は日本の学生にもあってほしいものです。研究の次元のみならず、国際交流もまた、互いに賞賛するだけでは深化しないでしょう。

 参加者たちにとっては、ヨーロッパに点在する若手の日本文化研究者たちと交流すること自体、有意義だったのではないかと思います。このセミナーは合宿のようなものでもあるため、親密なネットワークを築く良い機会になったはずです。将来を心配する若者らしい悩みを互いに共有できたことも励ましになったでしょう。アカデミックな領域で彼らが就職できるか否かは、将来に日本研究が世界にとって魅力的であるかどうかという問題ともつながります。そのためにも、彼らが日本語と英語で研究成果を発表するのと同様に、日本人もますます英語で成果を発信していかなければなりません(ついでに、すでに日本人によって日本語で書かれた優れた研究書を片っ端から英訳する大規模事業があってもいいのでは、という個人的な思いを紛れ込ませておきます)。そのための重要な拠点となるストラスブール大学とCEEJAにはこれからも期待したいと思います。

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アルザス日欧知的交流事業日本研究セミナー参加者による記念写真





宮本 直美(みやもと なおみ)
立命館大学文学部教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了(博士・社会学)。専門は19世紀ヨーロッパの音楽文化の社会学および宝塚歌劇のファン文化研究。著書に『教養の歴史社会学――ドイツ市民社会と音楽』(岩波書店2006)、『宝塚ファンの社会学』(青弓社、2011年)など。




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