コロナ禍の世界を文化でつなぐ 第48回(2021年度)国際交流基金賞<4>
ハノイ国家大学外国語大学日本言語文化学部/ハノイ貿易大学日本語学部/ハノイ大学日本語学部 学部長インタビュー
「日本とベトナムをつなぐ日本語人材育成の現場から」

2022.1.24
【特集075】

近年、日本語を学ぶ人が急増しているベトナム。国際交流基金の2018年度日本語教育機関調査によると、学習者数は世界第6位であり、2015年度調査からの増加は2.7倍と、世界一の増加数を記録し、日本語能力試験(JLPT)の受験者数も、1996年の319人から、2018年には69,843人となり、約219倍の急拡大を遂げています。特集「コロナ禍の世界を文化でつなぐ 第48回(2021年度)国際交流基金賞」(特集概要はこちら)第4回は、ベトナムで日本語と日本語教育の普及・発展に尽力し、同国初の全国組織「ベトナム日本語・日本語教育学会」も立ち上げられたベトナム・ハノイの3大学の学部長に、躍進する日本語教育の現状について伺いました。

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【インタビュー登場者】
ダオ・ティ・ガア・ミーさん(ハノイ国家大学外国語大学日本言語文化学部 学部長=写真中央)
チャン・ティー・トウ・トウーイさん(ハノイ貿易大学日本語学部 学部長=写真右)
ギエム・ホン・ヴァンさん(ハノイ大学日本語学部 学部長=写真左)

――まず初めに、ベトナムで生まれ育った皆さんが、日本語に興味を持って、日本語教育の道に進まれた経緯を教えていただけますか。
ダオ・ティ・ガア・ミーさん:(ハノイ国家大学外国語大学日本言語文化学部 学部長/以下、ミー私は中学校から高校まではロシア語を勉強していて、大学もロシア語学科に入学しました。ただ、当時は旧ソ連が崩壊して、ロシア語学科を卒業しても就職しにくい現状があり、ロシア語専攻の学生は外国語をもう一つ、無料で受講できたんです。英語、ドイツ語、日本語の3つがあり、実は最初は英語を選んだのですが、クラスメートがみんな日本語を選んだので、仕方なく日本語を勉強しました(笑)。でも、勉強するほど日本語や日本文化を好きになって、もっと日本語の道に進みたいと思い、日本語学科に入学しました。日本語学科に入学して1年後、交換留学生として埼玉大学に留学しました。その後、またふるさとに戻って母校の日本語学科の教師となりましたが、教壇に立ったら自分の日本語能力も指導に関するノウハウも不十分だと気づき、修士課程で東京外国語大学に留学しましました。修士課程修了後母校の仕事に復帰し、現在に至ります。
ベトナムの文化と日本の文化はすごく近いので、留学中もとくに違和感なく、楽しく暮らせましたね。
チャン・ティー・トウ・トウーイさん:(ハノイ貿易大学日本語学部 学部長/以下、トウーイ):我々の子ども時代である80年代末から90年代初めは、ベトナムがドイモイ政策*¹ を導入したばかりの時期で、まだ社会主義圏とのつながりが強かった時期です。日本を含めた資本主義国、西洋などの先進国との関係よりもロシアが中心で、ロシア語を学ぶのが主流でした。私も幼少時から高校3年生まで勉強し続けてハノイ貿易大学に入学したら、ミー先生と同じように、「ロシア語は今年から中止なので、ロシア語志望で入ってきた君たちは英語、フランス語、日本語、中国語の中から一つ選んでください」といきなり言われたんです。
子どもの頃に、着物を着た日本人女性のカレンダーをもらって「美しいな」と思い、ずっと飾っているほど日本に憧れていました。でも日本というのはやはり先進国、資本主義国ということで、地理的には近いんですが、ロシアやハンガリーに比べて、すごく遠い存在でした。だから憧れてはいたものの、まさか自分が日本語を勉強するとは思ってもいませんでした。大学では英語を勉強するという選択肢もあったのですが、英語となると優秀な人たちが多いので、新しい道を歩もうということで、全く馴染みのない日本語という新しい言語にチャレンジすることにしました。その選択をしてよかったと、今も心から思っています。
――カレンダーをもらっていなかったら、違う進路に進んでいたかもしれませんね。
トウーイええ。部屋の隅っこに飾っていた日本人女性の着物姿は、まだ鮮明に記憶に残っています。
ギエム・ホン・ヴァンさん(ハノイ大学日本語学部 学部長/以下、ヴァン):私は小学4年生から高校まで英語を勉強していたので、大学でも英語を極めて、将来英語に関わる仕事をしたかったのですが、大学入試で願書を書く時に大学の入学コードを書き間違えて、日本語学部に進むことになりました。家に帰って両親にその話をしたら「毎日ベトナム語で『ドラえもん』や『名探偵コナン』を読んでいるから、日本語を勉強したら日本語で読めるからいいじゃない」と言われて考え直しました。中学、高校時代は『ドラえもん』や『名探偵コナン』が有名で、みんな夢中になって読んでいました。当時の学部長と副学部長から「一生懸命勉強して3年生になったら、留学するチャンスに恵まれますよ」と言われたので、日本語の勉強を最後まで頑張りました。そういうことを思い出すと、やっぱり縁だなと。日本語を勉強してよかったなと思います。
hanoi_02.jpg JF・梅本和義理事長より画面越しに賞状が贈られた
――2018年度の日本語教育機関調査では、ベトナムにおける日本語学習者数は前回比169.1%、機関数・教師数とも4倍近く増えています。増加の背景はどのようにお考えでしょうか?
ミー背景には、まず両政府の緊密な友好関係があります。同じアジア圏ということで、欧米よりも政府間のつながりが強く、両政府ともベトナムでの日本語教育に力を入れているので発展しているのだと思います。 あとは距離が近くて文化も近いので、技能実習生として日本に行って、技術などを身につける人も多いです。ハノイ、ホーチミンなどの大都会だけではなく、地方においても日本語教育が盛んになっています。

ベトナム人は基本的に親日的なので、親が子どもに日本語を勉強させるケースも少なくありません。最近は高等教育機関だけではなく、初等・中等教育機関においても日本語教育が導入されています。
ヴァン日本語学習者が増えた大きな理由として三つあると思います。一つは、距離的に近いので文化や考え方が近く、日本に興味を持つ人が増えていること。もう一つは、日本語を習得して、いい仕事に就きたいという希望ですね。堪能であるほど昇進機会も増えます。そして最後に、今は日本語を勉強したければ、いろいろな手段があるというのが大きいです。インターネットで勉強できますし、小学校から学べる環境があります。日本語を勉強する人は、これからもどんどん増えるんじゃないかと思います。
――学習者だけでなく、日本に在留するベトナム人も韓国人を抜いて2位となり、日本でベトナムの方々にお会いする機会が増えました。
トウーイその背景として、日本はもともと欧米や中国、東南アジアではベトナムよりも先にタイやインドネシアに進出していましたが、最近は、日米あるいは日中間で外交面や経済、貿易での摩擦が起きています。そのため日本政府や日本企業は、アメリカや中国、タイ以外の国で投資先やビジネスを展開するための場所を見つけないといけないということで、ベトナムに深く関心を向け始めたのも一つの要因だと思います。
それによって、ベトナムと日本の関係は近年ますます緊密化して、まずは戦略的パートナーシップという関係になり、さらに包括的な戦略的パートナーシップというように、もう一歩進んだんですね。そうなると、やはり両国の関係は文化・外交だけではなく、安全保障や貿易まで非常に進んでいると思います。それが一番大きなベースにあるのではないでしょうか。
現に、ベトナムへの日系企業の進出も急増していて、日本語を話せると就職先が見つけやすいというメリットがあります。そのため、もっと日本語を勉強しようというベトナムの人たちが増えてきたのではないかと思います。

また、どうして日本へ行くベトナム人が増えたかというと、独立行政法人日本貿易振興機構(JETRO)の統計にあるように、日本からベトナムへの進出だけではなく、日本へのベトナム企業の進出も増えつつあるんです。特にIT産業ですね。FPTというベトナムの大手IT企業はその代表と言えます。
さらに、人材不足ということで、多くの日本企業がベトナムの優秀な技能実習生をどんどん受け入れたいと考えています。そのため日本で仕事を見つける人が増えるでしょうし、それに伴って、日本で暮らすベトナム人に対してサービスを提供するベトナム企業も増えると思います。賃貸住宅や旅行、あるいはベトナム人の子どもたちに教育機会を与えるなど、いろいろなサービスがこれから増えていくのではないかと言われています。
――日本の側も、日本で暮らすベトナムの方が快適に働ける場を作っていくことも大事ですね。
hanoi_03.jpg ハノイ貿易大学創立60周年記念で日本語学部の教職員が集合
――ここ2年は新型コロナウイルスの影響で留学生が入国できない、一度入国したら帰国できないなど、学習現場は本当に大変だった一方、eラーニングやオンラインの学習環境が進んだ面もあったかと思います。現場ではどのようにお感じでしょうか?
ミーベトナムでは、2020年3月から感染が拡大し始めました。確かに最初は全然オンライン授業に慣れなくて、手探りでの挑戦で非常に苦しかったです。学生たちも慣れておらず、共に大変でした。ただ、インターネット環境と端末があれば、どこでもいろいろな人と交流できるという点は非常にいいと私は思います。
うちの学部生は、毎年数十名が奨学金をもらって日本へ留学します。この2年間はほとんど行けませんでしたが、日本の大学生との交流はそれまでよりも増えています。協定を結んでいる大学の学生と協働学習などを実施しているのですが、チームを組んでいろいろなプロジェクトを遂行して、すごく勉強になったという学生が多かったです。
私たち教師もこれまでは日本に行くか、日本の大学の先生がベトナムに来なければ会議などはできませんでしたが、最近はオンラインで会議ができるというメリットもあります。ポストコロナ時代においても、対面授業を基本としながら、一部はオンラインで実施するのが今後の日本語教育のあり方ではないかと感じています。
――現在、授業は対面とオンラインの併用でしょうか?
ミーハノイ国家大学外国語大学は、今は全部オンラインです。
ヴァンハノイ大学も、2021年2月からずっとオンライン授業をやっています。教師としては自宅にいながら授業ができて、学生たちも自宅で受講できるというメリットがありますが、今、大きな問題が三つ出ています。一つは、オンライン授業を全ての学生に等しく受講させるのが難しい点。たとえば、田舎に住んでいる学生と都会に住んでいる学生のインターネット環境や、スマートフォンを持っている人とパソコンを持っている人とでは勉強の手段が違いますから、学習成績に影響を与えるのではないかと思います。
二つ目は、学位や単位付与の問題です。うちの大学では、ほとんどの科目でオンライン試験を実施していますが、やはりカンニングのリスクは否定できません。不正行為はどうすれば起きないか、とても大きな問題になっています。
もう一つ、この8か月ほどオンライン授業をやっていて、学生と教師の双方から聞かれるのが、健康面に関する不安です。オンライン授業は2020年も導入していましたが、対面授業では3時間のところ、1時間半から2時間程度に短縮していました。しかし、なかなかコロナが収まらないので仕方なく、対面授業と同じように3時間程度にしているのですが、コンピューターや電子機器の長時間利用は目によくないとか、健康に影響を与えてしまうと、不満がたくさん寄せられています。どのように解決すればいいか、対策に力を入れています。

hanoi_04.jpg ハノイ大学日本語教育開始45周年および日本語学部設立25周年記念で日本語学部の教職員が集合
──これを機に、そもそも言語教育とはどうあるべきかという根本的なところまで考え直す時期に来ていますね。
トウーイその通りだと思います。私も今回のコロナがきっかけで、語学教育とはどうあるべきかという根本の部分を考え直さなければならないところまで追い込まれました。まず、学ぶ人と教える人の気持ちの切り替えが必要です。最初はオンライン授業はあくまでも一時的なもので、コロナが終息したらまた対面授業に戻るだろうと思っていましたが、ウィズコロナの時代は、オンラインでも効率的な授業をするためにはどうするべきかという方向で考えを切り替えないといけません。
また、ブレンデッド・ラーニング*² という言葉が最近流行っていますけれども、コロナが終息した後も、対面授業とオンライン授業をどのように組み合わせて、それぞれのメリットをどう生かすか。ハイブリッドの授業を探る時期に来ているのではないかと思います。
――ほかの教科にも当てはまりますが、言語教育は特に、心の交流というものが重要ですよね。
トウーイ心の交流はオンラインだとどうしても弱いですね。顔は見えるのですが、ぬくもりというか、温かみは画面越しではなかなか読み取れません。チームワークとか学生同士の接触も、この2年間ほとんどできていません。どんな世代がこれから育つのかなと、4年後の卒業生たちがちょっと心配です。
──学校や留学になかなか行けない中、学生たちのモチベーションはいかがですか。
ミーやはり大学に行きたい、友達に会いたいという気持ちは強いと思います。この2年間、学生たちはみんなと会ってワイワイするとか、雑談すらできなかったので、ストレスでうつ病になる学生が以前よりも多くなっているのはかなり心配です。ですから学生同士の交流、学生と教師の交流という点では、相談室を設けるなど、いろいろな方法を考えています。
ヴァンオンライン授業でどのように学生のモチベーションをアップできるかということは今、私たちもすごく悩んでいます。ただ、うちの学部は以前と全然変わらないとは言い難いのですが、モチベーションはそれほど下がっていないと自信を持って言えます。なぜかというと、学生主体の「日本語クラブ」というものがあって、以前から毎月1回、日本語をしゃべりたい、日本に興味を持っている学生たちが集まって、3時間程度いろいろなことをしゃべったり、交流したりしているんです。学生たちには月1回ではなく、月2~3回に増やしてはどうかと提案しています。

hanoi_05.jpg ハノイ国家大学外国語大学日本言語文化学部の学生活動「結び」

また、私たちは日本に協定校を40校以上持っていますので、ベトナムについて興味を持っている協定校の学生たちと、うちの学生たちとでオンライン交流会を行っています。今のところ、大阪大学と茨城大学の学生たちと1、2回行いました。
3年生になると、交換留学プログラムもあります。今はなかなか日本には行けませんが、オンライン授業を行ってくれる協定校があるので、2021年は27人がベトナムでその授業を受けています。ですので、モチベーションは全然下がらないという学生もけっこういます。

トウーイ私が見ているところでは、学生たちが日本に行きたがる気持ちに変わりはありません。単に日本の大学の授業を受けるために行くのではなく、勉強以外にいろいろと日本のことを体験したい、街に出たり友達をつくったりしたいという希望も大きいと思います。そのため、日本留学ではあるものの、オンラインで画面越しにしか見られない授業はあまり楽しくないという学生も中にはいます。今は仕方がないから我慢して、コロナが収まったら日本に行こうという人もいれば、学部は日本留学を諦めて、修士に回そうというふうに自分のプランを変える学生もいるかと思います。
――「ベトナム日本語・日本語教育学会」もアイデアや課題を共有する素晴らしい場だと思いますが、創設しようと思ったきっかけについてお聞かせください。
トウーイきっかけはやはり、この3人の強い思いです。ベトナムの日本語教育は1960年代からスタートしましたが、ベトナム全体をカバーするような組織がなく、国際セミナーや国際交流の場に出る時に、いつも大学単独の立場でしか出られないのはちょっと悲しいなと思っていたんです。歴史は長いのにベトナムだけがないのは悔しい思いもありました。だから、なんとか大学全体を取りまとめるような組織をつくって、国際的な場に出る時にはほかの国とある程度肩を並べて、大学単独ではなく国という立場で出ることができればと思い、ミー会長のリーダーシップの下で、いろいろと時間をかけて手続きを行って、ようやく2017年に我々の組織をつくるという夢が実現しました。

あとはもちろん、この学会ができたら、我々日本語教師、日本語の研究者たちが情報交換、あるいはお互いに課題として感じていること、困っていることなどを一緒にその場で話し合って、いろいろと思いを分かち合ったり、対策を探ったりできるのも非常に素晴らしいことだなと、やりがいを感じています。

どんなに忙しく大変でも、またコロナ禍であっても、年に1回、年末には必ず学会のセミナーを開催しています。毎年11月頃になると、全国の教師から「今年のセミナーはどうか」と問い合わせが来るようになっているので、それだけ定着してきたのではないかと思います。
hanoi_06.jpg 2016年11月25日に開催されたベトナム日本語・日本語教育学会設立発表会
ミー「日本語・日本語教育学会」を設立したもう一つの目的としては、学会を設立しないと、世界の日本語教育グローバル・ネットワーク(GN)に加盟できないため、ほかの国の日本語教育と肩を並べられないということもあります。
学会設立から5年となる2022年をめどに、GNに加盟し、世界の日本語教育関連の学会、研究会、教師会をつなぐイベントを開催する予定です。また近い将来にベトナムで世界的な日本語教育国際大会を開催したいと思っています。

学会のその他の活動として、ひろしま国際センター(広島市)で毎年行われている日本語教師養成プログラムに参加者を推薦しています。以前は、参加者は現地に行って研修を受けていましたが、2020年からはオンラインで研修を受けています。コロナ禍であっても、活動自体の中止や延期はありません。
――素晴らしいですね。今後も、受賞を機にさらなる活動の発展をお祈りしています。
ミー今回は私たち3大学がベトナム代表として受賞しましたが、ベトナム全体、各大学にとっても本当に光栄な出来事です。ありがとうございました。

  • *¹ ドイモイ政策......1986年に開かれたベトナム共産党大会で提起されたスローガンで、主に経済と社会思想面において新方向への転換を目指すもの。

  • *² ブレンデッド・ラーニング......eラーニングと従来の集合学習を併用する学習手法。併用することで、それぞれ単独で実施するよりも高い学習効果を得ることを目的とする。

2021年11月 オンラインにてインタビュー
インタビュー・文:寺江瞳(国際交流基金コミュニケーションセンター)
文:瀨川洋子(同)

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