2025.12.19
【特集086 戦後80年、記憶の継承と文化のチカラ】
戦後80年という節目に、戦争漫画の傑作『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』がアニメーション映画化されました。太平洋戦争末期のペリリュー島で、日米5万人の兵士が殺し合う苛烈な戦線に身を置くことを余儀なくされた若者たちを描いた物語です。その原作者であり、映画化に際して監修、共同脚本を務めた武田一義さんにインタビュー。戦争を知らない世代が描く戦争体験、子どもたちに届けたい思い、そして日本の漫画や映画と戦争というテーマについて語っていただきました。
現地にも足を運び、ペリリュー島からの生還者の方たちへの取材も重ねて原作を執筆した武田一義さん。 武田:原作の漫画は、戦後70周年のときに天皇皇后両陛下がペリリュー島をご訪問になったニュースに触れて島の存在を知り描き始めました。実際にペリリュー島に行かれた戦争体験者の方にも取材をしたのですが、この10年の間に亡くなられた方もいらっしゃいます。戦後70年から80年というのはそんなタイミングです。映画化は意図していませんでしたが、だからこそ、自分が伝える役割を引き受けるかたちになったのかなと思います。
武田:戦争を知らない人間がこの作品を描くために必要な第一歩が、田丸が功績係であるという設定でした。映画化にあたり作品冒頭でも、彼が戦闘ではあまり役に立たない人物であるということを原作以上に強調しています。
戦争を体験していない私自身は、本当のことはわからないという前提で多くの資料に触れる中で、功績係は遺族の方のために実際の戦死の状況とは違う勇姿を手紙に書く役割を担ったこと、それが世に残っているのだと知りました。いま目にすることができるもの全てが真実ではなく、当時の背景などを知ったうえで向き合わないと読み取ることはできないと考えています。
映画は戦争の物語で、戦闘シーンが物語の軸としてはあるんですけども、この作品では戦闘ではあまり役に立たない田丸が主人公で、仲間たちのことを記録していくことで、みんなを救うことにつながっていく流れを明確に表現しました。
武田:そうですね。戦っているときは余裕がないので、爆弾が落ちてきたら避けるというように人として一様の反応をするしかありません。ところが日常になると(人は)ばらつきがあります。原作の精神でもありますが、記号としての兵士ではなく、一人ひとりが違う人間に見えるように心がけて日常を描写したつもりです。
武田:原作に描いたことは自分自身にとって全て意味があり、無駄なシーンはないと考えていたので、この物語を1本の映画にすることは無理だと思っていたんですが、共同脚本の西村さんから田丸目線に絞ってみようと提案をいただき腑に落ちました。そしてこの映画を誰に観てほしいかを改めて考えた時、一番は戦争のことをまだあまり知らない子どもたちでした。原作も小学校高学年くらいの子どもたちが読めるように心がけて描いているので、その指針で映画用の物語をつくっていきました。この作品をたくさんの人に知ってほしいというプロデューサーや制作サイドの方々の願いとも一致していたと思います。
武田:僕は本当に板垣さんの声が好きで、ぜひ田丸の声にとプロデューサーに熱望しました。僕よりずいぶん年下ですがそう感じさせないほど、板垣さんは思慮深く、全てのことにご自身の考えと言葉を持っている方なんです。茨城大学水戸キャンパスで行われた大学生と戦争について語り合うティーチイン試写会でご一緒したときに、板垣さんがおっしゃった「『ただいま』と言える日々を大切に思うきっかけになったら」という言葉が、原作者である僕の心にもとても響きました。板垣さんが田丸の声を演じてくれて本当に良かったと思っています。
武田:ヨーロッパでは第二次世界大戦のヨーロッパ戦線についてはよく知っていても、太平洋戦争には馴染みがない人が多く、そこに興味を持った方が読んでくれたと聞いています。また日本と同じように大戦を知らない世代が、新鮮な気持ちで読んでくれたのかなと思います。キャラクターの親しみやすいデザインについても、この絵だからこそ戦争の惨たらしさが伝わってくるという反応でした。先日、(ペリリュー島のある)パラオ共和国のスランゲル・S・ウィップスJr.大統領と対談をさせていただいたとき、英語版があれば私たちも読めるのにとおっしゃっていただいたので、いつか英語版も出版されることを期待しています。
「第二次世界大戦が戦勝国側ではない視点から描かれた作品も今の時代は必要だ」と考えていたフランスの編集者が日本の書店で本作に出合い、2018年に出版社VEGAの創立第一弾作品として翻訳出版された。© PELELIU -RAKUEN NO GUERNICA- (C)KAZUYOSHI TAKEDA 2016 / Hakusensha Inc. 武田:フランスでは亡命した難民の方を題材にしたアニメがつくられたり、ドイツではさまざまな視点で反戦的なメッセージがある映画がつくられ続けたりしていますよね。(ヨーロッパには)小さな企画も成立する土壌があることはすごくいいなと思っています。日本では戦争そのものよりも、零戦や戦艦大和などロマンのある兵器や戦い方がメインになった戦争作品が多い印象です。塚本晋也監督の『野火』(2014年)のような作品がもっと注目を集めて、多様な戦争映画が作られるといいなという思いはあります。
僕の印象に残っている海外作品を一つ挙げるなら映画『ヒトラーの忘れもの』(2015年)です。ドイツ軍がデンマークの海岸に残した地雷を、敗戦国であるドイツの少年兵たちが撤去するという話です。戦闘を直接描くというものより、戦争が起こることによる影響や戦争のさまざまな周辺が描かれた作品が特にドイツは多いですよね。自分が知らなかったことを教えてもらえる機会になっています。
映画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』の海外での上映は未定だが、公開に期待を寄せる武田さん。武田:そうですね。漫画や映画などエンターテインメントの、言葉や文化を超えて感情に訴える、間口を広げる力というのは大きいと思いますし、記憶の継承において非常に可能性があると僕は信じています。
映画『ペリリュー -楽園のゲルニカ-』
舞台は太平洋戦争末期のペリリュー島(現・パラオ共和国)。漫画家志望の兵士、21歳の田丸は命を落とした仲間の最期を"勇姿"として遺族のために書き記す功績係を任命される。日本軍は米軍の猛攻により追い詰められ、飢えや渇き、伝染病にも苦しめられていた。極限状態の中、田丸は頼れる同期の上等兵の吉敷と絆を育んでいくが――。1万人の日本軍で生き残ったのはわずか34人。狂気の戦場に生きた若者たちの軌跡が、田丸の視点で描かれる。2025年12月5日劇場公開。https://peleliu-movie.jp/
※本記事中の全映像作品画像クレジット●関連記事
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