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宮崎里司教授×パトリック・ハーランさん対談
「いま必要な日本語教育の役割とは」

緑化された外壁の前に立つ宮崎里司教授とパトリック・ハーランさん

日本語を学ぶ人たちは、とても多様化しています。日本のアニメやマンガが好きな人、ビジネスや観光を目的に日本を訪れる人、技能の実習や特定技能を活かすために来日する人――彼らは必ずしも教室で学んでいるわけではありません。いま日本語教育を考えるとき、一人ひとりの目的に合わせ、自立や社会への適応を意識することが重要になっています。そして、多様な文化的背景をもつ人びとと共生社会をどう築いていったらいいのか。早稲田大学教授の宮崎里司さんとタレントのパトリック・ハーランさんが、ユーモアを交えながら未来へのヒントを語り合いました。


日本語学習者の多様化が進み
教室を超えて広がる学びのかたち

パトリック・ハーランさん(パックン、以下敬称略):宮崎先生はなぜ日本語教育をライフワークにしようと考えたのですか。日本語教育の面白さはどこにあるのでしょう。

宮崎里司教授(以下、敬称略):日本語教育と社会をつなげるような研究に関心があったんです。早稲田大学を卒業後、オーストラリアの大学院で日本語を教えながら応用言語学を研究していたのですが、移民や難民がかかえる問題や、多文化社会で役割参加する外国人に興味を持つようになりました。とくに医療や福祉に携わる人や受刑者など、いわゆる教室には現れないけれど、日本語が必要な人たちです。こうした人たちに、日本語教師はどう貢献できるのかを考え続けてきました。

パックン:なるほど。必要な支援が得られていない「アウトリーチ」な立場に置かれている学習者ですよね。

宮崎:社会のルールを知らない受刑者は、出所後もまた刑務所に戻ってしまいますからね。だから私は、少年院や刑務所に出向いて受刑者に日本語を教える矯正教育の活動もしています。

本棚を背に語るパトリック・ハーランさん 流暢に日本語を操るハーランさんは、今も日本語の気になる表現はスマートフォンにメモして見返しているという。

パックン:僕はなぜ日本語が上手なのか聞かれることがよくあるのですが、学校で先生に教わらなかったから上手くなった、と答えています(笑)。先生が教える日本語と、社会で使う日本語は違うじゃないですか。日本に来た当初、友達が使っていた大学の教科書をもらって丸暗記したんだけど、毎日耳にしている「すげえ」が教科書には出てこなかったんですよ。

宮崎:それで、どうしたんですか?

パックン:頻度で覚える学習スタイルに切り替えたら、習熟が速くなりましたね。

日本語ができない人を排除しない
日本人がリテラシーを身につけるのがカギ

パックン:宮崎先生は、外国人力士たちの日本語力に着目されていますよね。彼らがすぐに日本語がうまくなるのにはどのような背景があるのですか。

宮崎:語学を学ぶうえで重要な3つの条件、すなわち「動機」「環境」「工夫」がすべてそろっていることです。彼らが最初に覚える日本語はなんだと思いますか?

パックン:ちゃんこですか?

宮崎:いえ(笑)、「痛い」なんです。稽古で苦労しますからね。本で日本語を学ぶと、この形容詞はすぐには出てこないでしょう。「環境」もあります。力士はおかみさんや部屋の仲間と四六時中接する環境にいるので、自然とイマージョン(没入)学習ができるわけです。

大相撲における力士の順位が記された二枚の番付表 「対戦相手の四股名(しこな)がわからないと商売にならない」と宮崎教授。外国人力士たちは日々番付表に触れ、四股名が読めるようになるそうだ。

パックン:なるほどね。僕が思うに、日本語の先生は実は周りにたくさんいるんですよ。相方のマックン(吉田眞さん)も、居酒屋で会った人も。タダで教えてくれる先生が1億人もいるんですよ。いまでもそうした先生に、僕の日本語の使い方が合っているのかを確認することはよくあります。授業料は笑顔で(笑)。

言語は小さいうちに学ばないと習得が難しいとよくいわれるけど、そんなことはない。僕は日本語能力試験(JLPT)N1レベル(※)を2年で取りました。漢字を使うアジア圏出身ではない人間としては早い方だと思います。大人だからできたんです。それぞれに合った学習法を見つければいいんですよ。

宮崎:テイラーメイドの学習法が大事ですね。私は、日本語教師がいらないと考えているわけではありません。教室で勉強することが第1の知識で、それを社会で調整しながら仕上げていくことが第2の知識になる。教室で習った日本語と社会で使う日本語とのギャップがあることを、学習者が理解する作業が必要です。

パックン:最近、外国人と共生できるかというテーマの講演に招かれることも多いのですが、僕は共生できるか、という疑問に疑問があるんですよ、人間同士なのだから、共生できないはずがないと。ただ、言語など確かにハードルはあると思います。

宮崎:共生を考えるとき、確かに日本語は重要な役割を果たしますが、一歩間違えるとインクルージョン(包摂)ではなく、エクスクルージョン(排除)につながる危険をはらんでいます。すべての人が流暢な話し手にならくてもいいと思うんです。

パックン:言葉が話せないとその人の能力がないような印象になってしまう。聞き手の意識改革が必要ですよね。

宮崎:アメリカやオーストラリアなど世界の移民大国では、(公用語の)運用力がそう高くなくても社会に役割参加している人はたくさんいます。私たちは言葉で評価するのではなく、その人が持っているさまざまな能力を評価する必要があります。むしろ、日本人がリテラシー(適切に理解・解釈する能力)を身につけなくてはいけないんです。

本棚の前で向かい合って話すパトリック・ハーランさんと宮崎里司教授 日本語のユニークさからAIとの向き合い方まで、それぞれの体験を交え幅広いトピックに話が弾んだ。

AI時代に生き残る日本語教師の条件は
教科書にない"考える力"を育てられること

パックン:AI(人工知能)の登場で、学習環境はどのように変化していると思いますか。

宮崎:AIは便利ですよ。私も教材を作成するときには活用しています。でも問題は、対話型AIの弱点は、質問すると答えをすぐに提示することなんです。21世紀に必要なのは、答えのない社会課題をどう考えるかというスキルです。AIの答えをすぐに信用せずにまずは疑う。そして自分で考えるようにと、学生たちには伝えています。

パックン:なるほどね。答えを出してはいけないんですね。

宮崎:日本語教育でもAIに頼るのではなく、生き方や思考、深い学びをどのように教えるかを大切にしていかなければいけません。これからはサステナブルな教育とは何かを考え、AIを超えたコミュニケーションができる教師が生き残るでしょうね。

パックン:入門編はAIが教えて、中級・上級編は先生のこれまでの経験を生かして、一人ひとりに合った教育をすれば教師もサバイバルできそうですね。

でも技術の進化で、人間の通訳がいなくても、相手が話したことが瞬時に自分の母語で聞こえるシステムが登場する日もすぐそこまできている。となると、10年も20年もかけて語学の勉強が必要か、という指摘もあります。その点についてはどう思われますか。

本棚を背景に語る宮崎里司教授 学習者の自立が最終的なゴールとなるよう、日本語教師は伴走者として支えてほしいと宮崎教授は言う。

宮崎:AIがあるから50年後には語学教師はなくなるという人もいますが、私はそうはならないと思います。AIができることは広がっても、どうしてもAIができないことは残るでしょう。

パックン:僕もAIには限界があると思いますよ。外国語の勉強は、自分の脳内に新しいギアを付けるようなものなんです。主語がなくても通じるとか、敬語で社会的距離を調整するとか、英語にはない日本語の仕組みが新しい視点を与えてくれる。今も宮崎先生には自然と敬語で話しているでしょ?相手の社会的地位を意識しながら喋ることができるようになったのは、アメリカの僕にはないスキルがついた、日本の僕になった証しだと思う。

宮崎:ところで、AI同士の漫才はあるのですか?

パックン:20年後にはあるかもしれませんが、まだないですね。僕はね、日本語で世界を笑わせたいんですよ。いま東京や名古屋でスタンダップコメディーのライブをやっているんだけど、いずれは世界各国で現地に住む日本人の観客を集めて、ライブをやりたいですね。漫才は相方との掛け合いで生まれる笑い、スタンダップは一人で観客に語りかけて生まれる笑い。どちらもAIには代替できない、人間同士の間合いや良さがあるんですよ。

宮崎:ライブが人気なのは、五感で体感したいからですよね。コロナ禍にオンライン授業を経験したから、やはりフェイス・トゥー・フェイスのライブ感は良いなと感じます。

パックン:スタンダップコメディーのライブには誰でも参加できるオープンマイクの日がありますよ! ぜひどうぞ!

宮崎:私がですか(笑)。語学教育もお笑いのライブと同じで、時々間違えるとか、面白味のある教師が今後はより求められると思います。言葉を教えるだけではなく、生きる力を育み、最後は学習者が自立できるよう伴走するような人材がね。日本語教師に関心がある人には、ぜひそういう意識を持って欲しいです。

(※)日本語能力試験(JLPT)N1レベル...日本語能力試験(JLPT)は日本語を母語としない人を対象とした試験。N1は幅広い場面で使われる日本語を理解することができるレベルとされる。認定率は30%ほど。

緑化された外壁の前に並び微笑むパトリック・ハーランさんと宮崎里司教授

パトリック・ハーラン(左)
お笑い芸人、タレント。米コロラド州出身。通称パックン。ハーバード大学比較宗教学部を卒業後、友人に誘われ1993年に来日。97年に吉田眞さんとお笑いコンビ「パックンマックン」を結成。情報番組のコメンテーターや東京科学大学非常勤講師など幅広く活躍中。Newsweek.jp「パックンのちょっとマジメな話」(不定期連載)、著書に『逆境力』『パックン式 お金の育て方』など。
X: @patrick_harlan
Instagram: pakkunmakkunpakkun
YouTube: パックンの明日使える世界の話

宮崎里司
早稲田大学大学院日本語教育研究科教授。オーストラリアのモナシュ大学にて日本研究科応用言語学博士(Ph.D)取得。ベトナムの日越大学日本語教育プログラム総括。専門は持続可能な言語教育政策、第二言語習得。外国人受刑者の社会復帰を支援する日本語教育プログラム開発にも携わっている。著書に『外国人力士はなぜ日本語がうまいのか』『外国人介護・看護人材とサスティナビリティ:持続可能な移民社会と言語政策』 など。

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