雑誌『をちこち(遠近)』
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アジアにおけるインドの対外政策―印中米の三国関係と日本

シダールタ・ヴァラダラージャン
「ザ・ヒンドゥー」紙編集長



india_in_asia06.jpg  政治学者イアン・ブレマーに「Gゼロ」後の世界と名付けられ、主導国が存在しない、新しい時代に突入した現在では、アジアの重要性がますます増しています。国際交流基金は、国際文化会館との共催により、日本とインドの間の継続的な対話の「場」を創出するため新たな人物招聘事業として「日印対話プログラム」を立ち上げました。その初回の招聘フェローとして、インドで最も権威ある英字新聞のひとつ、ザ・ヒンドゥー紙のシダールタ・ヴァラダラージャン編集長を日本にお招きし、インドのアジア地域における外交と戦略政策、そして中国とアメリカとの関係のなかで、日本の果たすべき役割を論じていただきました。
(2013年3月28日国際文化会館 岩崎小彌太記念ホールでの講演を収録)

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ザ・ヒンドゥー紙



極が拡散する時代
 世界やアジアは極がどこに存在しないような複雑な時期を迎えています。一極化や二極化の時代とは異なる、こうした時代における問題点とは、グローバルにおいてもローカルにおいても、均衡状態がなくなってしまうことです。一極化や二極化の時代に不安定さがなかったとはいえませんが、その時代の不安定さはある程度予想可能なものでした。ところが現在はどこでどう不安定さが発生するのかが分かりません。各国の政策決定者がこうした新しい世界の中で戦略的なコースを描こうとすると、大変に苦労をするのです。

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インドとアメリカの関係の変化
 インドとアメリカとの関係はこの10年で非常に改善しています。アメリカが決断を下し、核兵器に対する取引をしたことでインドに対する制裁措置も解除され、核におけるインドの孤立が終わりました。ただ、ここにはアメリカ側の計算や打算があります。この取引によって犠牲になったのが、インドと中国との関係だったのかもしれません。なぜなら1998年の核実験以降、それ以前に比して、印中関係は非常に改善し、善意に基づいた外交を行ってきていましたから。
つまり、アメリカがインドとパートナーシップを構築するということには、インドに「中国に対するヘッジ」という役割を期待するという考え方もあります。もしアメリカ側の事情によってある日突然、中国とアメリカとの関係を強化しなければならないということになると、犠牲になるのはインドなのです。これがまさにオバマ政権1年目に見られた現象だと思います。
 世界が通貨危機を経験した際、中国は重要な役割を担いました。そうした環境下において、アメリカは中国となんとか協力してやっていくべく、2つの超大国、つまりG2としてアメリカと中国の対話の場を設けようという提案までしました。日本にもインドにも幸いなことに、中国はこれには関心を示しませんでした。というのもG2というのは常に中国が2番目の立場ということなのです。中国がその地位に甘んじるわけがありません。そのため、アメリカと中国の関係が変わるということはあまりありませんでした。そして2010年以降、インドとアメリカは関係の再構築を模索しています。ここでインドが得た教訓は、ひとつの国と関係を構築することを、他の国に対するヘッジとするということでは、必ずしも上手くいかないということです。



インドと中国の戦略的関係
 中国はインドの最大の貿易相手国です。一時期緊張関係にあったインドと中国間の国境問題も近い未来に解決することができると思います。しかし、そうした良好な関係が構築されたとしても、インドと中国の間には摩擦要因が残ります。例えば、中国はインドの核政策について反対の意向を示しています。また、パキスタンと中国との関係の問題もあります。このような地政学的な問題のほか、中国の国内統治における不安要素、チベット問題など、インドとしては軽視できない問題があります。
 しかしながら、こうした印中関係を、線グラフで表してみると、その軌道は右肩上がりです。貿易、投資、ハイレベルでの政治訪問、観光、軍同士の議論や交流において、印中間の関係改善は目に見えて上向きを示しています。短期的にはグラフが落ち込み、関係が悪化しているように見えることもあるのですが、長期的視点に立てば上り調子だと言える、それがインドと中国の関係です。
 ただ、インドはアメリカや日本と、中国国内の政治の不安定さに対する懸念を共通課題としていますが、印中関係については、両国が力を持ち寄り、なんとか回復を試みているのです。

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アメリカと中国の関係の変遷
 アメリカと中国との関係はどうなっていくでしょう。これまでの20年の間いろいろなアプローチがとられていました。90年代のクリントン時代には、中国の対米貿易黒字や中国が米国債を多く所有していることを危険視して、中国に対する封じ込めを行おうとしていました。冷戦時代の旧ソ連、旧COMECON(旧ソ連の主導のもとで東ヨーロッパ諸国に形成された共産主義諸国の経済協力機構)に対しては機能した封じ込めですが、グローバルな経済と金融制度に完全に統合されている中国の現状を考えると、21世紀の現在において中国を封じ込めようとするのはもはや冗談にしか聞こえません。だからこそ、アメリカもそうした考え方を改めようとしています。
 ただ色々な理論を打ち立て、なんとかそれを可能にしようとする動きはあります。2000年代のジョージ・W・ブッシュ時代には中国に対してヘッジをかけるだけではなく、責任あるステークホルダーになってもらい、国際社会に組み込もうとするアプローチがありました。こうしてつなぎ止めようという動きに対し、中国は戦略的なアンビバレンスをもって対抗してきました。こうしたことから、中国とアメリカは非常に複雑な関係にあります。
 そして、2011年11月以降、オバマ政権は「アジアに回帰する」と宣言し、いわゆる「アジア・ピボット理論」を打ち出します。ただどうもこのアジア・ピボットというのには、戦略的・戦術的な要素があるように思います。どんなアナリストでも、長期的視点ではアメリカと中国はライバル関係であり続け、このライバル関係はますます拡大すると言うでしょう。それは戦略的にも経済的でもです。しかし、だからといって戦略的な調整が行われていないわけではありません。例えば北朝鮮の状況があります。北朝鮮の脅威やレトリックがエスカレートしていくなかで、アメリカが中国に対し、手に負えない状況にならないようにと説得することはあり得ます。
 ですので、このアジア・ピボット政策は戦術的なミクロな戦略を取ることを柔軟に許しています。これも非常に重要な側面だと言えます。



そして、インドと日本の関係
 世界における日本の経済的シェアは下降していますが、それでもいまだ軍事面や経済面において、大きなプレイヤーであるということは間違いありません。インドとは現在、約190億ドル規模の貿易が行われており、250億ドル規模に押し上げようという計画があるようです。中国とインドとの貿易が1,000億ドルを越えていることに比べれば、まだまだ小さい規模ですが、250億ドルが実現すれば、それは大変に素晴らしいことです。日本の対インド投資も120〜140億ドルにのぼっており、日本は強いコミットメントをもってインドのインフラ部門に参入してきています。日本は賢く分野を選定してインドの市場に入ってきました。そしてインドの経済発展を支えてくれたのです。日本がインフラ整備を行ったからこそ、インドはより広いアジア地域への組み込みが進んだわけです。こうしたことからインドの一般的な市民の中に日本に対する善意が醸成され、インドに対して重要な役割を果たしている国だといえると思います。
 一方、日本はアメリカとの軍事同盟であるという事実があり、その同盟関係を更に深化させていこうという姿勢も見られます。この日米同盟はインドにプラスとマイナスをもたらしています。プラスの面とは、日米の共同軍事訓練や演習が可能であり、様々な共同プロジェクトを実施できることでしょう。色々なイニシアティブで相互運用性があることで、ひとつの安心感をもたらすということができます。マイナスの側面というのは、あまりに密接な軍事同盟関係は中国に対するひとつのシグナルになるということです。インドもこの点については注意を払わなくてはなりません。
 また、日本は中国との関係においてもインドにプラスとマイナスをもたらしていると思います。経済的な面において、貿易相手国であり互いに投資を行う国同士というのは紛争や戦争をしないという理論もありますが、中国と日本や中国をはじめとするさまざまな貿易相手国との関係を見ていると、経済交流が多岐にわたって高いレベルで行われているにも関わらず、やはり緊張関係にあるということがいえるのです。また、中国側からの圧力があった場合、日本と価値観を同じくする他国と関係を構築することで対抗措置をとります。その対象国がインドです。日本が経済的な面だけではなく政治的にもインドと接近しているのは、アメリカのアジアにおける長期的な展望や、内状不安をかかえる中国の台頭が要因として分析されます。ただし、インドと日本が関係を緊密にすることは、中国を封じ込めるためだという理解がされてしまうと、そこにはマイナス影響しかありません。

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インド、中国、アメリカの「トロイカ体制」
 インド、中国、アメリカのトロイカ体制(三者関係)においては、誰が中心に立つのかということが重要になってきます。インドの視点から見ると、アメリカと中国とのコミュニケーションや貿易関係は、印米間のそれに比べて規模が大きいものでもありますし、重要性も違います。政治的なレベルで考えると、アメリカと中国は現在、快適な関係を享受していますが、その背景には複雑性に増した構図がみられ、なんとかバランスを取っているのだということができます。インドにとって重要なのは、我々がこの三カ国関係の中心に立つべきであり、そうしようとする姿勢が大切なのだということです。
 日本、アメリカ、中国間のトロイカにおいても、日本は同じ立場にいると思います。楽観的な話に聞こえるかもしれませんが、日本やインドはそうした均衡をとる役割を担えるだけの潜在性を持っていると思います。日本もインドも、アジアでの他国との関係性をゼロサムゲームとみなしてはいけません。インドは中国との関係を、アメリカと中国の関係の派生的なものと見てはいけません。また日本との関係を日中関係の派生的なものと考えてしまうと、インドは危機に直面することでしょう。なぜならば、インドと中国の関係がそこではある意味で人質となってしまうからです。
 米中関係はゆっくりと滑らかな曲線を描いて下降しています。この関係も、線グラフで表せば、上に振れたり、下に振れたりということがあるので、日本もインドもそのことはよく理解しておかなくてはなりません。時に米中が良好な関係を築くように見えたとしても、そこで一喜一憂する必要は無いのです。米中関係はとにかく複雑で曖昧であり続けるのだということを認識していなくてはならないのです。
 アメリカは中国の力をアジア・ピボット政策やTPP(環太平洋経済連携協定)においてなんとか弱めようとしています。こうしたイニシアティブは、アジアにおける分断やお互いを懐疑的に見る雰囲気を醸成してしまいます。私達はそれを注意深く観察していなかければなりません。



将来に向けたインドと日本の対話
 将来的なインドと日本の対話はどういった形が望ましいでしょうか。経済関係は軌道に乗っています。ただ政治レベルでは必要とされない不協和音も聞こえてきます。このような政治的な不協和音というのはなんとかしていかなくてはなりません。それでこそ経済協力の本当の実りを得るわけです。この両国関係の実りの進化は、第三国などに目を向けずにやっていかなくてはならないのです。
 より国際的な視野を見据えた日印間の対話については、米中間の緊張感が高まりつつある現実を踏まえていかなくてはなりません。この2つの超大国の間でのダイナミズム、これがアジアにおける沢山の不安定や緊張関係の源となるでしょう。ですから、ライバル関係をさらに高めてそこから利するというよりは、それぞれときちんとした関係を築き、このライバル関係をなんとか封じ込めていかなくてはなりません。それこそがアジアが必要とする「封じ込め」ではないかと思います。そしてこのピボットこそが、インドと日本の関係を考える上で一番よいものであると考えます。



(編集:友川綾子、撮影:相川健一)





india_in_asia01.jpg シダールタ・ヴァラダラージャン(Siddharth Varadarajan)
1965年生まれ。インドで最も権威のある英字新聞の一つ、ザ・ヒンドゥー紙の編集長。取材テーマは多岐にわたり、アジアにおけるインドと中国の関係、インドの外交政策、アフガニスタンにおけるタリバンといった国際的なテーマから、 宗教・民族対立やテロで注目されたグジャラート州やカシミール地方などインド内部の状況にも精通している。今日のインドで、国防・外交政策に関して最も信頼のおけるジャーナリストの一人として、海外の新聞にも頻繁に引用されている。
 ザ・ヒンドゥー紙以前には、ザ・タイムズ・オブ・インディアに9年間勤め、その当時唯一のインド人ジャーナリストとして1999年NATOによるセルビア空爆をベオグラードから、2001年アフガニスタンのタリバンによるバーミヤンの仏像破壊を報道した。ザ・ヒンドゥー紙では外交問題担当編集主幹、デリー版編集長などを経て、2011年5月、創業一族以外で初となる編集長に就任。
 2005年に国連特派員協会(UNCA)より、イランと国際原子力機関(IAEA)についての連載記事 "Persian Puzzle" で表彰され、2010年にはラマナス・ゴエンカ賞新聞雑誌ジャーナリズム部門を受賞。
 学術・教育活動にも力を入れており、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス、米国コロンビア大学卒業後、経済学者として1995年までニューヨーク大学で教べんをとる。2007年にカルフォルニア大学客員教授として、2009年にはイェール大学ポインター・メディア・フェローとして招聘されている。
 主な編著にGujarat: The Making of a Tragedy (Penguin Global, 2002)など。



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