雑誌『をちこち(遠近)』
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寄稿シリーズ「中国知識人の訪日ストーリー」<3>
中国と日本の「高齢者にやさしい環境づくり」

2020.9.29

国際交流基金は対日理解の深化や知的ネットワークの構築を目的として、中国で高い発信力を持つ若手・中堅の研究者、知識人を日本に招へいしています。本事業は2008年度の開始から11年間で、個人招へい101件、グループ招へい21件を実施し、累計で192名が訪日しました(2019年末現在)。
本事業の過去の招へい者に日中共通の社会課題をテーマにご執筆いただいたシリーズをお届けします。第3回は工業デザインがご専門の北京理工大学教授・宮暁東さん(2016年度個人招へい)によるご寄稿です。

中国と日本の「高齢者にやさしい環境づくり」

宮暁東(北京理工大学教授)

2016年、私は、東洋大学ライフデザイン学部・髙橋儀平教授(現名誉教授)お招きのもと、国際交流基金のご支援を受けて訪日し、3カ月にわたり高齢者にやさしい環境デザインについて研究し、学習しました。日本滞在期間中は多くの都市を訪れたほか、東京都福祉のまちづくり推進協議会の検討会議に参加する機会を得て、高齢者施設を訪問し、国土交通省の福祉のまちづくり担当者と意見交換を行いました。この期間の研究と学習により、私は高齢者にやさしい環境づくりについて、中日両国の発展の特徴を実体験することができました。

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視察、研究を共にした髙橋儀平教授(前列左)、東洋大学の学生と筆者(前列右)

国連の基準によれば、中国は1998~99年に全面的な高齢化社会を迎えており、2018年末の時点で、60歳以上の高齢者人口は17.9%、65歳以上は11.9%に達しました(出典:中国国家統計局、2018年国民経済と社会発展統計公報)。中国の高齢者人口の割合は日本ほど高くはありませんが、高齢化は急速に進んでおり、高齢者の絶対数は非常に多くなっています。

中国での高齢者にやさしい環境づくりは、1980~90年代のバリアフリー建設から始まりました。障がい者をサービスの対象として、主に公共道路の視覚障がい者誘導用ブロックの設置、段差解消などを中心に整備が行われました。その後、高齢化が進むにつれて、バリアフリー環境整備の対象は、高齢者、障がい者を含む社会的弱者へと徐々に拡大され、より広範な包摂性を伴った、ユニバーサルな環境づくりが模索されています。
一例として、北京市では、社会的弱者の家庭生活環境における利便性向上のため、政府が特別基金を設けて、障がい者家庭のためにトイレの改修、室内動線の補助用手すり設置、段差解消、聴覚障がい者用の光るチャイム設置等を含むバリアフリー改修を補助しています。この活動は十数年に及ぶ努力を経て、いまや市内全域に浸透しています。さらに、段階的に高齢者家庭も改修補助の対象に含め、改修基準も徐々に引き上げることで、社会的弱者の家庭生活の環境改善を幅広く支えています。

都市の公共交通環境整備の面では、北京市は2008年北京オリンピック・パラリンピック準備を契機として、鉄道の駅をバリアフリー化するグレードアップ改修を行いました。このうち地下鉄の1号線、2号線は改修時期が早く、エレベーター追加設置の条件がなかったため、補助昇降機が設置されましたが、新たに建設された他の路線では、全面的なバリアフリーエレベーターの設置が求められました。さらに2009年に公布された「都市軌道交通バリアフリー設計規定」では、バリアフリー建設に関する規定が設けられ、北京市各路線の鉄道の駅のすべてに、バリアフリーエレベーターが最低1基設置されたことから、社会的弱者を含むすべての人々の利便性が向上しています。

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地下鉄1号線に設置された補助昇降機

このほか北京市では、歩道の視覚障がい者誘導用ブロック、スロープ、縁石の段差解消、公共建築物および公共施設にバリアフリートイレ等の施設が全面的に整備され、都市のバリアフリー建設の水準が改善されました。このバリアフリー整備は、北京市を中心に全国の公共施設に広がっています。

全体的にみれば、中国では「バリアフリー設計」というコンセプトを今日まで一貫して取り入れていますが、その内容は障がい者に特化したサービスから徐々に、高齢者、妊婦、子ども等を含む社会的弱者を対象としたより幅広いサービスへと裾野を広げており、中国のバリアフリー設計の理念は、ユニバーサルデザインと本質的に違いはなく、高齢者にやさしい環境の設計・建設と基本的に同じであり、日本の福祉設計、福祉のまちづくりというコンセプトとも基本的に一致しているといえます。
目下のところ、中国のバリアフリー環境整備は、主に建築のバリアフリー化、施設のバリアフリー化、道路のバリアフリー化等を含む、実際の施設の整備に照準を合わせて進められています。しかしながら、施設と環境を結び付け、システム化されたバリアフリー環境を構築するためには、より多くの実践的な模索が必要です。

中国では、実際の環境整備以外に、高齢者にやさしい社会環境づくりも模索の段階にあります。バリアフリー環境整備の重要性に対する人々の認識、高齢者、障がい者等の社会的弱者が社会活動に幅広く参加するための利便の提供等を一段と進めて整備する必要があり、同時に科学的かつ合理的なバリアフリー環境整備の理念と手段を推し進め、普及させることも必要です。

日本は、中国よりも早く高齢化社会を迎えており、高齢者にやさしい環境づくりの面では、より広範囲にわたる成果を上げ、多くの経験を蓄積しています。とくに公共環境整備の面では、次の特徴が強く印象に残りました。

(1)実体的な環境整備の面で、日本は環境整備に福祉のまちづくりの理念を取り入れて全体的に配慮し、合理性、一貫性、協調性、美しさを追求しています。環境面での広範な包摂性は、ハード面のみでなく、情報伝達の面でも具現化されており、日本語がわからない外国人としてさまざまな交通手段をバリアフリーで利用できたことに深い感銘を受けました。

(2)福祉のまちづくり推進計画は、実践的かつ有効な計画でした。私は、各界の皆様との意見交換を通じて、日本の重点地域の推進計画、小学校の段階から行われている社会的弱者に対する思いやりといたわりの心を育てる教育等、さまざまな政策を学び、大変心を動かされました。こうした政策は、福祉のまちづくりの実行、社会的弱者によりやさしい社会環境の構築のいずれにとっても有効であり、私たちが参考とし、学ぶべき手法であると思いました。

(3)行き届いたサービスは、実際の環境整備を十分に補っています。今も忘れられないのは、日本滞在中の出先で電車を乗り換える必要があり、駅員に乗り換えについて尋ねたときのことです。その駅員は丁寧に説明してくれただけでなく、日本語が分からない私を心配して、乗換先のホームまで案内してくれました。私はこの心のこもったサービスに大変感動し、こうしたことも環境の包摂性を補い、充実させていると感じました。

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日本滞在中、中国のバリアフリー環境整備の発展状況を発表

日本での経験、とくに高齢者にやさしい環境づくりの計画推進は、高齢化が急速に進む中国にとって学ぶべき価値のあるものでした。また、日中間の意見交換、交流、協力も、より多くの社会的弱者をサポートし、より広範囲にわたり、高齢者にやさしい環境づくりを進める上で、大きな意義がありました。

3-xiaodong04.jpg 宮暁東(きゅう ぎょうとう)
1969年生まれ。北京理工大学教授として交通関係施設のバリアフリー基準策定に関する活動に携わっている。専門は工業デザインだが、空間設計、交通機関、建築等のユニバーサルデザインについても幅広く知見を有する中国でも数少ない専門家。2016年度国際交流基金日中知的交流強化事業に参加し、東洋大学・髙橋儀平教授(現名誉教授)のもと、高齢者にやさしい環境デザインをテーマに研究を行った。

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