内なる多様性 <1>
漫画家、タレント 星野 ルネさんインタビュー
「みんな、何かのマイノリティー」

2022.3.25
【特集076】

特集「内なる多様性」(特集概要はこちら)では、カメルーン出身で3歳から日本で暮らす自身の経験をもとに、アフリカと日本の文化の違いや異文化に対する人々の先入観、誤解等をユーモアあふれる漫画で伝える星野ルネさんにお話を伺いました。「多様性」の言葉を著書で使わないという理由、そして星野さんが考える、異なる背景を持つ人々が分かり合うために必要なこととは?

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──子どものころから絵を描くのがお得意だったんですね。
うちはきょうだいが多いのもあって、周りの子ほど物を買ってもらえなかったので、友達の家で遊んだゲームを、自分で模倣して作ったり、外に出て、妄想して剣で戦ったりして遊んでいたんです。昔から絵も描いているし、自分で作るという志向が強かった。
──今の活動に至るきっかけは?
もともとはすごくおとなしいし、人見知りだし、小心者というか。テレビに出ている人や前に出て何かやる人を見て「よくできるな」とずっと思っていました。友達とはしゃべれるし、お笑いとか面白いことは好きだけど、人前に出るのはそんなに好きじゃなくて。
高校を出た後、服屋さんでバイトしていた同年代のお兄ちゃんと親友になったんです。その子が彼女と旅行したいから「ルネ、代わりに店やってくれないか」って。「いや、絶対無理。知らない人と話せない」と言ったけど、親友だったから渋々引き受けたことから自分の人生が変わったんです。
19歳くらいのときで、それまでは知らない人の前に出ることは一切したことがなかったのが、1週間たった頃には、嫌々だけど、それなりに人と話せるようになったんですよ。彼が帰ってきた後も、交代で一緒に店をやるようになるうちに、人見知りがほとんどなくなって、友達も増えて、キャラが変わっちゃって、自分で友達とイベントをするようになったり、バーテンダーもやったりして。
その頃ウケていたような話が漫画の原点にはあるんです。その後、2年くらい工務店で働いたんですが、仕事も覚えて、落ち着いた頃に「何か違うことがしたい、成功したい」って思って、図書館に行った。というのは、昔からゲームとか漫画が好きで、そのキャラクターたちは迷うとバーに行くか、図書館に行くんです。本を読むうちに、どんどん興味が広がっていって、貯金もあったので仕事も辞めて半年間、毎日朝から晩まで本を読んでいました。

自分の思い出とか体験を、図書館で得た知識を組み合わせて、より面白く話していたのがウケて、「こんなに面白い話ができるんだったら、東京に行ったほうがいいよ」と言われ、「一番伝えられるのはテレビだろう」と思って、上京して芸能界に入ったんです。芸能活動はなかなか自分の思うようにはいかず、「俺、漫画を描くのが好きだったな。テレビで話したい、伝えたいことを漫画にしてみようか」ということで、『まんが アフリカ少年が日本で育った結果』の本につながりました。
hoshino_02.jpg 『まんが アフリカ少年が日本で育った結果』の作画風景(本人提供)
――漫画はいつから発表されていたんですか?
2018年です。Twitter(https://twitter.com/RENEhosino)で描き始めて3カ月ぐらいでバズって、それを出版社の方が見てくださってすぐに出版が決まったんです。
――ご自身の体験が、多くの方の共感を得たのはなぜだと思われますか?
最初は、外国人とか外国にルーツのある友達がいない、いわゆる一般的な日本の人に、まずは入り口として「見た目はアフリカ人だけど、中身はほとんど変わらない。でも、ちょっとみんなと違うことを知っている、こういうタイプのやつもいるよ」「こういう人生があるよ」というのを伝えたくて描き始めたんです。
結果的には、僕と同じような境遇の人、外国人とか当事者にも「あ、分かる。共感できる」「私の気持ちを代弁してくれている」って伝わって。国際結婚した親御さんにも「子どもの気持ちや立場がこれで分かった。考えられるようになった」と言われます。
あとはルーツが海外ではなくても、自分のことをマイノリティーだと思っている人、例えばLGBTと言われている人たち、障害のある方々とか「周りの人と自分はちょっと違うな」「アウェイだな」と思っている人にとっても、やっぱり共通するものがあるようです。

最近、学校でもこういう(外国にルーツを持つ)子が増えているということで、取り上げてくださったり、会社等いろいろな場所で研修に使われたり、日本の中で社会の多様性が出てきた中で、何か参考となる事例がほしいという勢いにも乗って、いろいろなことが重なったという感じです。
――偏見や思い込みで誤解されることも、むしろ笑いに変えてしまう寛容さがすごいと思います。普通むかついてしまいますよね。
ほとんどの人はむかつくと思うんです。僕の弟や妹とか、周りの人を見ても「こんなふうに絶対に表現できない」とか、「恥ずかしくないの?」「つらくないの?」とか、いろいろなことを言われるんですけど、僕がこれをできる理由は、一つは、まず周りに恵まれていたこと。僕はめちゃくちゃいじめられてたわけじゃない。確かに目立つし、嫌がらせや変なことを言ってくるやつもいたり、取っ組み合いのけんかになったことも昔はありました。でもそれは一部だけで、友達のほうが多かったし、絵が描けるから人気者だった。二つ目は、人を笑わせるのが得意だったこと。見た目はマイノリティーだけど、学校の中ではむしろマジョリティーだったんですよ。だから、別に自分のコンプレックスとか悩みとか、違いを笑い飛ばせるだけの余裕がある。
あと、僕は好奇心が強いんです。日本人が僕に興味を持ったりする理由も分かる。僕も知らない人のことを知りたいと思うから、説明することに抵抗がないんです。不思議がられたり、珍しがられたりしても、僕も観察とか分析が好きで、調べたり聞いたりしたいタイプだから、平気だというところがあって。
――むしろそれがネタにもなるという。
関西出身で、コテコテの関西系のスピリットを持っているから、「おもろいのが一番」というのがあって。僕はアフリカ系ということをネタにして笑いにしたり、いじられたりしていたけど、逆に友達が何か失敗したらそれをいじったりして、お互い持ちつ持たれつの関係性で育っているから、あんまり気にならないんですよ。
それが愛のないいじりとか、いじめとか、嫌がらせを受けている人にとっては、たぶんきついでしょうね。
――多様性の中で「みんなそれぞれ違っていい」となると互いに無関心にもなりがちだし、一方で多様性を認めない人たちとはどうするか、コミュニケーションに課題があります。
まさにそうですね。現実問題、「みんな違って、みんないい」んだけど、本当にそれでいけるかというと、そうはいかないところも世の中にはある。例えば、僕らは全員、道徳律として「人のものを盗んではいけません」とか「人の嫌がること、人の傷つくことを言ってはいけません」というのを持っているけど、「いや、俺も盗むから、おまえも盗んでいいよ」と言うやつがいたらどうするかとか。
だから、みんなで生きていくために決めなければいけないことはあるんですよ。そこは話し合う必要がある。それこそ哲学的議論とか道徳的議論を最近の社会ではほとんどみんなしないから。
損か得かとか自由と言いまくるんだけど、髪が真っ直ぐだろうが、カールがかかっていようが、みんな違って、みんないい。それは自由でいい。ただ、「カールの人を美しいと言わなきゃいけません」とか「ストレートの人は美しいと言わなきゃいけません」と言ったら、言い過ぎなんです。
――多様性がある状態とは、どういうことでしょう?
基本的には、公的な部分と個人的な部分をちゃんと分ける訓練が必要だと思います。
「多様性」と言うときに、本人の自由でいいところはできるだけ自由にしてあげましょう。でも、みんなで話し合って、決めなきゃいけないものはちゃんと話し合って、どこで納得できるか、みんなでちゃんと一つのルールを決めましょう。決められない場合は、どうすみ分けをするのかを決めましょう。
最終的な決断は誰か代表の人が決めるしかないです。ただ、却下した意見を持っている人もいるから、その人たちへの配慮も忘れないでねということです。
hoshino_03.jpg 集中して作画に取り組む星野さん(本人提供)
――『まんが アフリカ少年が日本で育った結果』の中で、バナナの皮を道に捨てるアフリカ人のお母さんと、捨てない日本人のお父さんがけんかになり、結局話し合って、そのときいる国の習慣に合わせることにしたというエピソードがありましたが、あれはまさに良い教育だと思いました。
明確なルールがあって、それに従うべきだとみんな思っているんだけど、そうじゃなくて、けんかするのがいいんですよ。陰湿なけんかじゃなくて、堂々と。バナナの皮の件も「日本ではこういう法律が決まっているから、あんたは間違いです」と言ったら、そこで終わっちゃって何もないんです。
ではなくて、散々けんかした揚げ句、どっちに転んでもいいんですよ、別に。けんかすれば、している間に相手の意見は否が応にも入ってくるから。例えば、バナナを捨ててもいいと思ったお母さんは、けんかした後だったら、なんとなくバナナを捨てにくくなるんです。「あのとき、嫌がる人がいたな」と記憶に残るから。
だから、話し合いをしまくればいいです。あらゆることに関して。既にあるルールとか法律を持ってきて「正しい」「間違っている」じゃなくて、お互いの意見をみんなでぶつけ合いまくったらいい。
――日本にいるからか、対立がある時点でちょっとひるんでしまうところがあります。
日本は結構、そこはありますね。それこそ社会の文化を変えざるを得ないです。
日本に出来上がった「対立は嫌だ」の文化は、その当時にはちゃんと理由があったわけじゃないですか。上に絶対的な権力の君主がいて、上から来た命令にみんな従って、外れないように生きていけばいいという社会だから、けんかする必要もない。やったって、どうせ決めるのは上の人だから。でも、日本は今、そういう社会じゃない。社会の仕組みが変わったということは、僕らの習慣も変えなければいけない。
だから、子どもの頃から「どう思ってる?」「私はこう思う」「でも、こうじゃない?」「ああじゃない?」と、もっとお互いの意見を出し合うことをやるしかないですね。大人が子どもに、ののしり合うのではない議論を、お手本としてちゃんと見せなきゃね。
――視野を広げるために、多様性のある環境で育つことは重要ですね。
環境はすごく大事。結局、社会のいじめ、差別をなくす一番近いゴールは、強迫観念とかソーシャルプレッシャーを減らすことです、本当に。親と子どもがちゃんと時間を過ごせるようにするとか、子どもが寂しくないようにするとか、過剰なプレッシャーを掛けたり、コンプレックスを刺激するような社会にしないことです。
多様性というのは、きっかけとチャンスと余裕があったら、ある程度身についていくし、やっぱりそれを学ぶようなチャンスがないと。
――知らないところや違うことに否定的だったり、興味がなかったりする人もいますし、「そもそも多様性があるのは良いことか」という議論もあります。
多様性は、良いとか悪いの問題じゃなくて、人間が生きていくとそうなる。「そもそも、君が生きている家の中を見てごらん。日本だけで作ったものがどれだけある?」ということ。インドの人が考えたアイデアだったり、別の国の人が加工したものだったり、いろいろな人が集めたものが僕らの社会の中にあふれ返っている。そもそも多様性をいただきながら暮らしている。

この生活ができるのは、多様性があるから。いろいろな国に行って勉強したり、お金が動き、人が動き、モノが動いたりするから、これがある。多様性の中で生きていくために必要な泳ぎ方とか生き方が、多様性という知識なんです。これがどこから来たのか、作ったのはどんな人なのか。日本にいろいろな人がいるけど、それはどうしてなのか。その人たちと、この日本で生きていくためにはどういうことが必要なのか。

多様性が必須な栄養素なんだということを知らない人がすごく多い。僕らが生きている、この社会そのものが多様性の恩恵の賜物。これを維持するために、僕らが必要なトレーニング、知識とエチケット、マナーだったりがあるんだけど、まだ分からない人がたくさんいるから「みんなでそれを覚えちゃわない?」ということだと思う。
――日本の中には同質志向的な意識がまだありますね。
日本人は外国人よりも日本人の方が自分に近いと思い込んでいるけど、そんなことは全然なくて、音楽とか漫画とかアニメにしても、(ドラゴンボールを好きな日本人は)日本人でドラゴンボールが嫌いな人と話すより、言葉の壁さえなければ、ドラゴンボールが好きなアフリカ人、カナダ人、チリ人と話したほうが普通に面白いでしょう。そもそも、自分たちが思っているほど同質ではない。思い込みだから。
日本人がマジョリティーで、外国人がマイノリティーなんてことは全然ない。みんな、何かしらでマイノリティーだったりするから。恋愛観を誰にも理解してもらえないとか、性的な指向が違うとか、食事とか。いろいろなマイノリティーの要素がみんなあって。
でも最近、僕は結構それが多様化の話をするときの突破口だと思っているんです。みんな、ついつい日本人と外国人という二つの軸で考えちゃうけど、そんなことはない。「あなたにも人に理解されないところとか、マイノリティーな部分はない? それで理解されなくて、悲しかったことない?」という話を最近はするんです。その感情をあの人も持っているし、自分が「こうしてほしいな。ああだったらいいのにな」と思っていることを相手も思っている。

多様性はあなたの中にある、ちょっと人には言えないとか、理解してもらえないところ。それを伝えてもいいし、それをみんながちゃんと受け止めてくれる、分かろうとしてくれる社会だよということを伝えたいですよね。
みんな違うんだから。アメリカから来て日本に溶け込める人もいれば、日本で生まれた日本人でもなんか溶け込めないという人だっているし。「あんたもなんかあるでしょう? 悩みとか全然理解されないこと、あるでしょう? そこよ」って。
――同じ種類の部分でつながろうとするんじゃなくて、違う部分でつながる。
全然違う部分でいい。自分の家族に全く理解されないのに、赤の他人が共感してくれることもある。そういう人が日本だけじゃなくて、世界のどこにいるか分からないじゃん。
hoshino_04.jpg 出身地である姫路市の小学校で講演。「アフリカ少年」のエピソードをもとに、さまざまなテーマで児童と対話(本人提供)
――世界まで視野を広げると、もっと出会うチャンスが増えますね。
多様性って「ピーマン」と言ってピーマンを食べさせるよりも、おいしいものを食べて「これ、何が入っているんですか?」「ピーマンが入っているんだよ」っていう方法が僕のやり方だったりするから、実は僕の著書とか作品では「多様性」や「差別」という言葉は使わない。本を1冊読み終わったら、気が付いたらもう理解したみたいな、終わったときに「どうでした? 多様性についての本」「え、そういう本だったの?」みたいな感じが結構、好きなんです。
――強いワードというか、先入観を持ちがちだからですか?
そう、引っ張られちゃう。「面倒くさいな」と思ったら、聞いた瞬間にシャットアウトするでしょう。そういうワードを作るメリットは、人を動員しやすくするということはあるけど、逆に人を弾きやすくすることでもあるから、その言葉のイメージが嫌だと思った人は、もうその言葉を聞いただけで嫌になっちゃうから。
――違いを受け入れたり、乗り越えるのに必要なのは優しさですか?
優しさというとちょっと難しいかも。優しさって、才能がいるから。
結局、経験なんですよね。人から優しくされた。悩んだり、傷ついたり、苦しんだり、けがをしたという経験と、人からそれを助けられたり、祝福されたという安心感の二つが合わさらないと、おそらく人は優しくならないです。
つらい経験しかないと社会が敵に見えるし、人から一方的に優しくされただけだと、ありがたさが分からないから傲慢になっちゃう。つらい経験とか、苦しい経験、チャレンジもして、いっぱい傷ついて、悩んでいるけど、誰かが見てくれて、支えてくれた。「じゃあ、俺もやってあげよう。つらかったし、やってもらったし」がちゃんと合わさって、優しさになる。

才能もあるけど、環境がすごく大きいから、たくさん失敗を経験させてあげて、チャレンジをさせてあげて、ちゃんと悩む時間もあげて、葛藤させてあげた上で、温かい目で見守って、ちゃんと感情を共有して、手を差し伸べてくれる人が周りにいるという人をたくさん増やさないと、優しい人は増えないです。
――多様な社会を考える上では、周りの他者とどう付き合っていくか、まずそこから考えなければいけませんね。
だから、ロールモデルとかスローガンとか、導いてくれる人は必要でしょうね。僕も頑張って、自分のできることはやろうと思っていますけど。
別に「多様性を学びましょう」と掲げるんじゃなくて、何かくすぶっている人とか、悩んでいる人とか、人との距離をとっているような人が参加してみたいようなカリキュラムやイベントを、余裕のある人たちが作っていって、家に帰ったら「あれ、楽しかったな」と思わせるような仕組みを作れたら。やっぱり草の根ですよね。
hoshino_05.jpg 本特集「内なる多様性」をテーマとする星野さん描きおろしのイラスト
――現状や今後については、変化や希望を感じられますか?
「こんなに他人に対して残酷でいいのかな?」「こんな損得とか数字だけで、勝ち組、負け組だけで、こんなのでいいの?」と思う人がたぶん、直感だけどだんだん増えてきていると思う。思いやりとか優しさとか、人との交流とか、これから日本の社会もそういうのがないと、だんだん、みんな居場所がなくなってくるから。みんな、気付き始めたと思いますよ。

僕が活動を始めた10年前と比べると、最近、社会の中で、メディアに関してもそうだし、いろいろなところにミックスルーツの人や海外経験のある人、いろいろなルーツを持っている人の割合が増えてきているという実感はあって。昔は聞かれなかったようなこと、「この表現はどう思いますか?」みたいなことをちゃんと聞いてくれるようになったし、希望もあると言えばある。

(多様性の状況について)「まだここなのか」と思ったらそうだけど、(コップの)水の議論の「もうこれだけしか残っていない」と思うのか「まだ、これだけある」と思うのかに似ていて、30、40年前の日本と比べればいろいろなことが進んでいっているからみんながやっていることは無駄になっていない。じわじわ変わってはきているから。どこかで大きなブレークスルーがあると一番いいですけど。
――星野さんの活躍も大きなパワーになっていますね。
ぜひ、そうしたいです。引き続き、いろいろな表現をしながら。僕のテーマはそこでもあります。漫画のネタはまだたくさんありますし、これからやっていくこと自体は無限にあるので。
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星野 ルネ(ほしの るね)1984年、中部アフリカ・カメルーン共和国出身。漫画家、タレント、放送作家。
4歳のときに来日後、兵庫県姫路市で育つ。その後、放送作家を目指し上京。2011年にフジテレビ「求む!新人放送作家。」に応募し、第1回グランプリを受賞。
2018年8月に、Twitterで発表していたエッセイ漫画を掲載した『まんが アフリカ少年が日本で育った結果』(毎日新聞出版)を出版し、話題となる。

2021年12月 於・東京
インタビュー・文・写真:寺江瞳(国際交流基金)
※インタビューは新型コロナウイルス感染症対策に配慮して実施しました。

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