雑誌『をちこち(遠近)』
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国や地域を超えてアートでつながるダイバーシティ社会の今とこれからの可能性

◇スピーカー
岩井成昭(美術家/イミグレーション・ミュージアム・東京 主宰)
海老原周子(非営利団体新宿アートプロジェクト代表)
山下彩香(EDAYA代表、ディレクター、デザイナー)
◇モデレーター
田村太郎(一般財団法人ダイバーシティ研究所 代表理事)



社会の各方面でグローバル化が進み、あらゆる分野で「ダイバーシティ」の視点が求められている現在。国籍や民族の違いに捉われず、互いの文化や価値観を尊重し合い共生していくことを目的とした、さまざまな活動が始まっています。国際交流基金(ジャパンファウンデーション)はその中から、アートをコミュニケーションツールに多様なコミュニティの構築を試みる活動に着目し、「アートでつながるダイバーシティ社会」とのテーマでトークセッションを開催。国や地域を超えたつながりを目指すアートプロジェクトを展開する岩井成昭さん、海老原周子さん、山下彩香さんと、人の多様性に配慮した地域社会づくりを支援するダイバーシティ研究所の田村太郎さんを迎え、各自の活動内容と今後の展望、ダイバーシティ社会の可能性について語っていただきました。
(2015年8月25日 国際交流基金2階JFICホール[さくら]でのトークセッション「アートでつながるダイバーシティ社会」より)

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「ダイバーシティ」の定義を紹介するモデレーターの田村氏(左端)



田村:ダイバーシティは直訳すると「多様性」ですが、ダイバーシティ社会となると定義はいろいろあると思います。人種や性別、文化的背景、生活スタイルなどの違いを互いに認め合い、影響を及ぼし合って、なおかつ全体として調和が取れた状態。これがダイバーシティ社会の定義です。では実際、どのようにつながり、どう影響し合い、調和の取れた状態が生まれるのか。今日はそんな課題認識で3名の事例発表を聞いていただくと、面白いのではないかと思います。

■イミグレーション・ミュージアム・東京
地域住民とニューカマーの協働によるコミュニケーション・プロジェクト


岩井:僕は1990年から海外の多文化状況に触れるようになり、強い関心を持ち始めました。特に興味深かったのは、オーストラリアのメルボルンにあるイミグレーション・ミュージアム(移民博物館)です。ここは練り上げられた常設展に加え、オーストラリアに移住した現代アーティストの作品を活用して、移民たちのリアルな生活を伝えていこうとの趣旨で展示を行っています。
この移民博物館から着想を得て、2011年にイミグレーション・ミュージアム・東京を始めました。

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イミグレーション・ミュージアム・東京の活動について語る岩井氏

イミグレーション・ミュージアム・東京の主な目的は、東京に移住または在留するニューカマーの日常生活を通して、彼らの文化的背景を紹介すること。同時に、彼らの文化や生活様式は日本で暮らす中でどう変化しているのか、逆に変わらない価値観は何であるのか、不自由を克服するためどのような創意工夫をしているのか、それらを探っていくことです。

具体的な活動としては、市民が地域のニューカマーと現代アートの手法を通して交流し、コミュニケーションの中から得た気づきや発見、感じたことなどを作品化する。それを、展覧会の形で公開します。

2014年からは足立区を拠点に活動していまして、たとえば2015年の2月には「出会いのかたち」というタイトルで展覧会を行いました。市民が足立区で暮らす外国人に北千住を案内してもらい、それによって初めて見えてきた「もう一つの千住」の風景を地図に落とし込んだ展示があったり、足立区のフィリピンコミュニティの人たちと共に、ジョリビーというフィリピンのファーストフードを再現する企画があったり。このような「市民によるコミュニケーション・プロジェクト」が、イミグレーション・ミュージアム・東京の核になっています。

作品化のために地域住民とニューカマーがコミュニケーションをとるわけですが、その過程や成果から得たさまざまな方法論を、今後はアーカイブしていこうと考えています。それをオープンソースとして全国的に展開し、各地で異文化理解を促すことができれば本望です。

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(上)「もう一つの千住」の風景を地図に落とし込んだ展示
(下)フィリピンのファーストフード店ジョリビーの再現企画
(イミグレーション・ミュージアム・東京「出会いのかたち」展、2015年)撮影:高島圭史




■EDAYA
マイノリティーもマジョリティーも超えたフラットな社会を目指して


山下:「EDAYA」というブランドを展開し、フィリピンの山岳先住民であるカリンガ族の竹楽器をモチーフにした、カリンガの竹楽器職人のハンドメイドによるジュエリーを、コレクションとしてリリースしています。

私は大学院生時代に鉱山の研究のためにルソン島北部を訪れ、カリンガ族の竹楽器と民族音楽に出合いました。その担い手たちは生活苦から鉱山労働者として働いていて、伝統工芸の技術は失われつつあります。カリンガ族の無形文化を何とか次世代につなぐことはできないか、それも、文化と経済を両立させながらつなげていきたい――そう考えて、カリンガの竹楽器職人と共同でこのプロジェクトを2012年に立ち上げました。

スタートから3年が経ち、現在は活動の幅が広がっています。カリンガの文化背景を知るための現地調査を続ける傍ら、子どもたちに向けたワークショップを始めました。
フィリピンと日本の地方同士をつなぐ試みとして、カリンガの職人さんを日本に招き、日本の竹を使って楽器を制作するという文化交流イベントを地方で開いたりもしています。その経験を通して、カリンガの職人は無形文化を継承していくことの大切さに気づく。日本の地方に暮らす若者は、地元の文化を生かすためのヒントを得るかもしれない。そうなることを期待しています。

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(左)EDAYAのジュエリーはカリンガの竹楽器職人が制作
(右)現地での竹楽器教室の様子


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日本での竹ドーム製作ワークショップ

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カリンガの無形文化継承への取り組みについて語る山下氏

私は生まれつき左耳が聞こえません。自分も障がいを持つマイノリティーに属するという意識があり、マイノリティーのエンパワーメントに関わりたいとの思いから、少数民族であるカリンガの人たちと活動を始めました。
同性愛者やLGBTもそうですし、世の中に存在するマイノリティーは多様です。私たちのプロジェクトが、そんなさまざまなマイノリティー同士を、さらにはマイノリティーとマジョリティーをつなぐきっかけになればいいなと思っています。

田村:ダイバーシティの課題を扱う時に、多くの人はマイノリティーのエンパワーメントに注目します。ただ、その一方でマジョリティーの意識変革も促していかないと、いつまでたっても全体の調和が取れない。ジュエリーや楽器のような目に見えるツールがあることが、マジョリティーの意識を変革するうえで大切なのではないかと、山下さんの話を聞いて感じました。



■新宿アートプロジェクト
「違い」をプラスと感じることのできるワークショップを展開


海老原:プロジェクトをスタートさせた2009年から、「多様なバックグラウンドを持った在住外国人の若者や子どもたちは日本社会のポテンシャルである」という思いを大事にして活動しています。さまざまな違いが格差を生むのではなく、豊かさを生む社会にしていきたい。それが私たちのビジョンです。

そのためにはまず、多様なバックグラウンドを持つ若者や子どもたち自身が、「人と違う何かを持っているのはプラスなことなんだ」と思えるような体験の場を作らなければいけない。私たちはそう考え、アートワークショップを通して、多様な人が出会う場と対話する機会を提供してきました。
たとえば、町に出て気づいたことを各自が撮影し、発表することで、視点の違いを共有する写真ワークショップをはじめ、音楽やダンスや演劇などのワークショップを展開しています。

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新宿アートプロジェクトが展開するワークショップについて語る海老原氏

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明治大学の山脇啓造ゼミ生も参加し、来日直後のネパールの若者とコミュニティマップを作成したリサーチ型のワークショップ

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大久保通りでの地域のパレードに参加し、ストリートダンス・太鼓ワークショップの成果を発表 (photo by T.K)

私たちはワークショップの対象を絞っていません。参加者の年齢は、下は6歳の在住外国人から上は70代の地域住民までと幅広く、国籍もバラバラ。LGBTの方や障がいを持った子が参加することもあります。意図したわけではないのに、そんなふうに多様な人たちが集まる一時的なコミュニティが、アートワークショップを通じてできるんです。

2013年頃からは、多文化共生の中で手薄なところにいる20歳前後の在住外国人の若者が加わるようになってきました。それも、「自分の企画でワークショップをしたい」と申し出る人が増えている。彼らは今、ワークショップを企画し運営していくユースメンバーとして、一緒に活動してくれています。

ただ、こうして地域でワークショップを続けていても、日本で暮らす外国人の思いを広く発信していかない限り、社会は何も変わらないということもわかってきました。
課題を解決しようとする時には、いろいろな視点やスキルを持った人が集まって取り組むほうが絶対に強い。そういうメンバーだからこそできる活動を、私たちはこれから追求していこうと考えています。

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多文化共生の取り組みを他の地域に広げていくためにすべきこととは

田村:3人の発表で共通していた点は、今の活動をどう広げていくかが課題だということではないかと思います。今後、どんな取り組みが必要だと考えているのでしょうか。

岩井:市民有志の視点のみで作品を制作するという手法が、そろそろ限界に来ている気がするんです。日本にいるニューカマーのアーティストはまだまだ少ないですが、彼らの視点も取り入れて相互影響的な作品を見せていくことが今後は大事だと思います。

山下:私たちがプロジェクトで扱っているのはカリンガ族の伝統文化で、とても限定的です。でも、文化というのはそもそも限定的なもので、だからこそ意味があるのだと思います。では、限定的なものを扱うプロジェクトを、他の地域でどのように展開していけるか。
私たちはこれまで、ジュエリー制作の他に展覧会やイベントなども実施してきました。そうやって自分たち自身がさまざまな試みをし、コンテンツを提示したり交流のきっかけを作ったりすることで、他の地域での取り組みを喚起していきたいと考えています。

海老原:課題は3つあります。まずは「つなぐ」。たとえば、多文化の団体や一定の地域とアートプロジェクトを結びつけようとした場合、いきなりアーティストを参加させても円滑につながりません。私は通訳者としても活動していますが、広義の意味での通訳として間に立つ存在でありたいと思っています。
次に「育てる」。ロールモデルとなるような担い手を育てていくことが大事だと考えています。若者の自主性を引き出すことをはじめ、彼らにとってはプロジェクト運営がさまざまなスキルを学ぶ機会になるので、一緒にプロジェクトを作って行くことによって人材育成をしていきます。
課題の3つめは「作る」です。ダイバーシティマネージメントとも言えるかもしれません。いろいろな違いを持つ者同士が活動を続けていくためには、同じ思いを持つことがとても重要になってきますが、同時に背景や文化の違いを考慮した密なマネジメントが必要です。違いが生きる組織のあり方を私たちが自ら実践を通じて模索し、ある意味、ダイバーシティの強みを体現していけたらと思います。また、そういった経験をもとに、マネジメントのあり方を提案できる存在になれたら嬉しいです。



アートプロジェクトの力の源は? 10年後のダイバーシティ社会は?

田村:では、質疑応答に入ります。ご質問、ご意見のある方はどうぞ。

Q:多文化共生をテーマにした活動は得てして、なかなか広がらずに収縮していきがちですが、山下さんと海老原さんのプロジェクトは自然発生的に活動が生まれて拡大している印象を受けました。そうなる条件、要因は何だと思いますか。

山下:私たちのプロジェクトは、少数民族が作った作品を先進国で販売するというビジネスモデルの一例ですが、先進国の人たちに制作者であるカリンガ族にまで関心を持ってもらうためには、「共に理解する」といった関係性を生み出すことが大事になってきます。たとえば、時代に迎合しない人や時代の先を行くイノベーターなども含め、先進国にもさまざまなマイノリティー性を感じている人はいます。そういう人たちと途上国のマイノリティーをブリッジするような作品を作る、あるいは展覧会や本の出版といった活動を展開することで、「自分ごと」として捉える人をいかに増やしていくか。そこにかかっていると思います。

海老原:主体的に活動したいという新しいメンバーに、私は必ず「あなたは何がしたい?」としつこく聞きます。そのうえで、お互いの「やりたいこと」に接点を持たせ、共通の目的を作っていく。それが、私たちのプロジェクトが続いてきた要因の一つかもしれません。

岩井:アートの何が楽しいかというと、別の価値観に触れ、別の価値観に気づけること。まして、アートを通じて違う文化背景を持った人とコミュニケーションするとなれば、楽しくて仕方がないはずです。活動が継続するパワーの源は、そこにあるような気がします。

Q:イミグレーション・ミュージアム・東京に関心があります。アートと移民の接点を作るような活動をしているアーティストは、岩井さんの他にもいらっしゃるのでしょうか?

岩井:多様性に興味を持っているアーティストは、おそらく、たくさんいるでしょう。僕もそうでしたが、「アーティスト・イン・レジデンス」という制度を使って海外で創作活動をする日本人は、文化的な差異を意識して作品を作ります。そうすると帰国後も、海外の人たちの視点を気にするようになるので、その中から作品のテーマを探し出すアーティストはたくさんいるはずです。

Q:これから5年、10年先、日本の多文化状況はどうなっていくとお考えですか。

山下:若い世代を中心に、「違いを受け入れよう」という動きが今、社会全体に生まれてきています。5年後、10年後には関係性がさらにフラットになり、今より多くの人が多様な視点を持つような状況になっているんじゃないでしょうか。

海老原:5年後......東京オリンピックですね(笑)。きっと今よりは、ダイバーシティという言葉が浸透しているのではないかと。私はむしろ、10年後が楽しみです。現在のヨーロッパのように、アジア間でも人の移動が活発になっていればいいなと期待しています。

岩井:オリンピックなどのイベントは別にして、日常生活の中で目に見えるようなダイナミックな変化は、この先10年、たぶん起きないだろうと思います。ただ、政治的変化や意識の変化は、水面下で活発になるとは思います。

田村:これからの10年で、多文化と言われる状況は大きく変わっていくだろうと、私は思っています。これまで支援や研究の対象者だった海外からの移住者が、むしろ発信する側の担い手になっていくでしょう。すでに今、そのような芽がたくさん出てきています。
一方で、外国人の児童や若者の教育に関しては改善するべき要素が多いですし、これからは外国人高齢者の増加も大きな問題になってくることは確実です。それをわかりやすく伝えていくことがこれからは求められるだろうし、福祉の分野で多文化に対応する取り組みを進めていくうえでアートの力を借りられたら心強いのではないでしょうか。

5年後、10年後、ダイバーシティという言葉が「新しいエネルギーを生む」といった意味合いを持つようになっていけばいいなと思います。3人のアートプロジェクトに、私はその可能性を見出すことができた気がします。

diversity_society_12.jpg (編集:斉藤さゆり/撮影:相川健一)





diversity_society_13.jpg 田村 太郎(たむら たろう)/「一般財団法人ダイバーシティ研究所」代表理事。1995年、阪神大震災直後に外国人被災者へ情報を提供する「外国人地震情報センター」(現・多文化共生センター)の設立に参加。2007年より現職。多文化共生に資する活動に取り組む企業、NPO、自治体などを支援・促進する各種事業を展開。ダイバーシティ研究所
http://www.diversityjapan.jp/

white.jpg diversity_society_14.jpg 岩井 成昭(いわい しげあき)/「イミグレーション・ミュージアム・東京」主宰、美術家、秋田公立美術大学教授。1990年より特定地域に長期滞在した調査をもとに、映像、音響、インスタレーションなどを複合的に使用した視覚表現を展開。アートを通してニューカマーと市民の接点を作るプロジェクト「イミグレーション・ミュージアム・東京」を2010年に始動。
http://www.immigration-museum-tokyo.org/ white.jpg diversity_society_15.jpg 山下 彩香(やました あやか)/「EDAYA」Co-founder、ディレクター、デザイナー、リサーチャー。東京大学農学部、同大学院医学系研究科卒。2012年、フィリピン北部に住む少数民族の伝統無形文化に着想を得たハンドメイドジュエリーや竹楽器を扱うブランド「EDAYA」を起業。現地における無形文化の調査や教育活動も同時に展開。また、アジアの地方同士が学び合うという視点で、竹をキーワードに現地と日本の地方をつなぐアートプロジェクトなども企画してきた。
http://edaya-arts.com/ white.jpg diversity_society_16.jpg 海老原 周子(えびはら しゅうこ)/「非営利団体新宿アートプロジェクト」代表、通訳。ペルー、イギリス、日本で多様な文化に囲まれて育つ。慶應義塾大学卒業後、国際交流基金や国際機関で勤務。2009年に移民の子どもや若者へのアートワークショップを立ち上げ、多様な人々が集う場づくりを行う。2014年からは若者を対象にダイバーシティ人材の育成にも着手。2015年度エヌエヌ生命社会起業塾参加。
https://www.facebook.com/ShinjukuArtProject




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