雑誌『をちこち(遠近)』
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世界に示した東日本の活力 陳言

陳言 日本企業(中国)研究院 執行院長



 昨年12月に、東松島での日本研究フォーラムに参加した。そこで震災の状況、新生東松島への転換などもこの目で見てきた。
大地震の後、宮城県を含めて東日本を数回訪問した。その都度震災を受けた地域の変化を目にして、大きな災害を前にしての日本人の不屈不撓の精神、未来を明るく展望する心、さらに新しい社会を作っていく行動力に接して、日本は必ずまた活力にあふれてくると確信する。
 どのように日本の現状、経験、教訓などを中国の読者に伝えるか、ひとつひとつの小さな出会い(出会い)を取り上げて、それを記事にしたりしてきた。とくに東日本の活力に私は注目している。

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日本研究フォーラムの様子



強い結束力

 これまでの歴史において、度重なる自然災害が東日本で起こっている。地震や津波に対する知識を持ち、災害が起こると、団結して乗り越えていくのは、東日本の一つの特徴といえよう。
 仙台空港で聞いた話である。 大地震の後、「これから津波がやってくる」と、空港の職員は、乗客の安全を確保すると同時に、周りの住民に空港ビルへの避難を呼びかけた。お年寄りが来た時、職員はすぐに手を差し伸べてビルの上まで避難させたという。
 千数百人分もの水、食料の備蓄が十分にあったたわけではない。被災を免れた売店から持ちだせたものは数が限られていた。その後の数日間は、僅かな水と食べ物でしのいだそうだ。  「一人の死傷者も出しませんでした」と空港関係者は語った。

 また、ある宴会場ではこんな話を聞いた。ちょうど小学校の卒業式の最中だった。激しい揺れの後、これから津波が来ると思った宴会場のマネージャーは、卒業式に参加している子供とその保護者たちを説得して、宴会場にとどまってもらった。
 「私たちのビルは高く、しっかりしていましたから」と宴会場の担当者は振り返る。
 大地震が起こって、自宅はどうなっているか、子供もその保護者も心配しているはずだった。しかし、繰り返して説得して引きとめたことで、宴会場にいた全員が、後に来る津波のなかで難を逃れた。
 過去の自然災害の経験は、かならず次の災害時に役立つ。、自分だけでなく周りの人とも一緒に自然災害に対抗し、災害の後の困難を凌ぐ。そんな結束力の強さは、東北の地を実際に歩き、身をもって感じた。



速い回復力

 予想以上にずっと早く迅速に回復しているところは、東日本でたくさん目にした。
 大地震の後、私は岩手県のあるペンキ工場を見に行った。工場はほぼ平常通りに動いていた。
 地震が起こったとき、社長は外国訪問中だった。会社に残っていた社員は、社長の帰りを待って行動するのではなく、地震の翌日から工場の整理、機械の修理にとりかかった。二、三日後に社長がなんとか工場にたどり着いたとき、既に生産ラインは部分的に復旧していた。
 「とくに事前にマニュアルを作って、地震の直後、それぞれに役割分担させたというわけではありません。納期を守るために、生産をいかに回復していけばいいか、みんなはわかっていたのです」と生産ラインの前で社長は語った。
 福島原発事故の後、電力が不足した。真夏に、地震の被害をそれほど受けなかった宮城県のある部品工場を見に行った。工場の窓には簾がかかっていた。工場の中には人があまりいなかった。
「電力が相対的に余裕のある夜に仕事をシフトしています。昼間は節電のために冷房を停止し、日差しを簾で遮断しています」と半袖のシャツを着たノーネクタイ姿のその工場の経営者は言った。
もっとも懸念された電力不足による生産への影響は、それほど大きくはなかった。それぞれの個々の工夫によって、生産は維持されていた。



大きな支援力

 東京ですでに定年退職して数年経つある方にお会いした。大地震の後一ヶ月のうちに、すでに二回ほど被災地に出かけたそうだ。
 「特に力もなく、優れた組織力もないが、被災地の人々の話し相手になるぐらいはできる」と思い、二、三日分の食料、水、寝袋を持って長距離バスで出かけたのだという。
 被災地に出来るだけ多くの食べ物を運ぼうとする人、寄付を集める人、瓦礫の処理にボランティアで出かける人、日本では子供からお年寄りまで、一人一人が大きな支援力になり、被災地へと流れていく。
 東日本三県に何度も足を運んで話を聞いたが、強盗などの治安の悪化にまつわる事件の話はほとんど聞かなかった。必ず救助が来るとみんな信じていた。 この大きな支援力が被災地の人々を支えていると思う。また他人が被災したときには、自分の年齢を気にせずにできる限りの支援を申し出る。すべての人が自ら行動して支援していく。その支援力は、今度の大地震の中でことごとく発揮されていた。



世界に示した東日本の活力

 結束力、回復力、支援力などがあり、東日本の活力はフルに発揮されている。
「東日本の大地震を見て、報道する傍ら、日本を理解するために記事をたくさん書いた。大震災関連の記事はインターネットで全部読める。読者もコメントが書きこめる。そこでは今までとは違って、日本の悪口のような書き込みはほとんど見られなかった」と、ある中国人記者は言う。
「人類が被る災害の中で、大地震と大津波においては、日本人が全人類の代わりに被ってきたといっていいだろう。私たちがその日本を支援するのは当たり前であり、また東日本で得た経験、教訓を全人類のものとして固く記憶していくべきだ」と別の中国人記者も書く。

東日本はその活力を持って、人類に模範を示したと思う。今後も人類社会は絶えず自然災害を被るであろうが、それでも人類は、必ず東日本のように人々が結束し、新しい社会を築きあげることができるに違いない。





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■2011年12月公開シンポジウム
-東アジアの研究者・文化人・ジャーナリストらが仙台市に集結-
「東アジアは3.11をどう論じたか-東北復興へのメッセージ」

「第2回東アジア日本研究フォーラム」を宮城県松島町で開催する機会を捉えて
公開シンポジウム「東アジアは3.11をどう論じたか-東北復興へのメッセージ」を開催
玄侑宗久、赤坂憲雄、陳 言 ほか
http://www.jpf.go.jp/j/intel/new/1111/11-01.html

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公開シンポジウムの様子






eastjapan_vitality02.jpg 陳 言(CHEN,Yan) 日本企業(中国)研究院執行院長(中国)
1999年慶応義塾大学経済学研究科博士課程修了。専門は日本企業、日本経済、中日関係。中国の全国メディアの経済問題の主筆として活躍。「週刊東洋経済」、「アエラ」等日本メディアでも千本以上の記事を公表。







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