雑誌『をちこち(遠近)』
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世界第一位の日本語学習大国となった中国~日中の未来をつむぐ日本語

吉川 竹二(国際交流基金北京日本文化センター所長)



 国際交流基金(ジャパンファウンデーション)が2012年度に実施した「2012年度 日本語教育機関調査」の結果、中国における日本語学習者の数は、100万人を突破し、世界第一位の日本語学習大国となりました。
 しかし、日中関係の今後の動向によっては、中国の日本語教育にも深刻な影響が出てくる可能性があります。中国での日本語教育の最前線で事業に取り組む国際交流基金北京日本文化センターの所長、吉川竹二が、最新の調査結果をもとに、教育段階や地域差などにも着目して、現状について解説します。




 国際交流基金は、世界各国での日本語教育の最新状況を把握するために、3年ごとに「日本語教育機関調査」を実施しています。中国における2012年度の調査結果は、2009年度の調査と比べ、日本語教育機関数、日本語教師数、日本語学習者数のすべてにおいて伸びを見せました。


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 具体的には、2009年度調査比で、日本語教育機関数は5.4%増の1,800機関、日本語教師数は7.3%増の16,752人でした。特筆すべきは日本語学習者数の伸びで、2009年度調査比26.5%増/219,319人増で、104万6,490人と、初めて100万人の大台を超え全世界で第一位という結果となりました。
 その背景には、中国における日本語教育の長い蓄積があります。


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折り紙を通じた日本語学習体験


英語に次ぐ第二の外国語の地位
 1972年の日中国交正常化後、両国の関係が緊密化し、日系企業の進出など経済関係の拡大にともなって中国における日本語教育は順調な発展をたどり、1990年代半ばまでに日本語は英語に次ぐ第二の外国語の地位を確立しました。高等教育段階(大学や大学院相当レベル)における日本語教育は、中国側による教育制度の整備や日中双方による教員養成、訪日研修の実施を含め様々な努力により着実に発展を遂げ、質量両面において中国の日本語教育を牽引する中核的役割を果たしています。
 今回の調査では、上に示した図のとおり、中国の日本語学習者は、高等教育段階(大学や大学院相当レベル)の学習者を中心に、中等教育段階(日本の中学・高校相当レベル)、学校教育以外の各教育段階ですべて増加するという結果となりました。その要因を学習目的から見ると、他の国と比較して次の2点が顕著と言えます。


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中国の中核的な日本語教育機関が集まった「さくらネットワーク会議」(2013年2月)


中国人が日本語を学ぶ目的
 まず、中国の日本語学習者の学習目的として、日系企業等への就職、日本留学、受験、日本語でのコミュニケーション、今の仕事での必要など、実利・実用を目的にあげる学習者が多いことです。もう一つは、日本のアニメ・マンガ・ファッションなどポップカルチャーへの関心が高いことは他の諸外国と同様ですが、そのほかにも、言語としての日本語、歴史・文学、政治・経済・社会、科学技術への関心などを学習目的としてあげていることからわかるように、中国の学習者は日本への興味・関心が広範かつ具体的で、より深い対日理解を求めていると言えます。
 これは、政治問題や歴史認識問題など日中両国間関係が順調とはいえない状況下でも、日中の経済関係の強い結びつきを背景に、中国の人々(とくに若い世代)の対日関心、日本の文化・社会への関心が深く広く、衰えていないことの一つの証明であると思います。インターネットが中国でも急速に普及して、日本の現代文化の多様な魅力や生の情報に即時にアクセスできるようになったことも大いに影響しています。
 他方、積極的な対策が今後とられなければ、学習者が減少する懸念も強まったことが、今回の調査の結果とも言えるでしょう。これについては後述したいと思います。

 さて、ここからは、教育段階別に、より詳しく中国の日本語学習者の特徴に迫ってみましょう。


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中等教育レベルの日本語教師が中国全土から集まった研修(2013年夏)


日本語を専攻する大学生たち
 2012年度の調査結果では、2009年度比増(約22万人)のうち、大学教育を中心とする「高等教育段階」の学習者が約12万人(全体の56%)を占め、最も高い増加割合を示しています。つまり、中国での日本語学習者数の増加を押し上げた大きな要因は、大学で日本語を学ぶ学生が増えたためと言うことができます。中国では、全国1,117校の四年制大学のうち506校で日本語専攻課程が開設されており、依然として日系企業への就職など日本関係の仕事に就くことを将来的な視野に入れて、日本語を専攻分野として選択する学生が多いのです。
 高等教育段階における学習者の増減について地域的な特徴をいくつか挙げるならば、①北京市及び周辺沿岸都市(天津市、山東省、山西省)の著しい増加、②貴州省・雲南省・四川省・重慶市など西南地域の増加、③江西省・湖北省・湖南省など中部地域の減少(ただし、北京市や西南地域での増加幅と比べると、これらの減少幅は小さい)、④日本語教育の歴史が長い東北地域は、遼寧省を除きほぼ現状維持ないし増加、⑤上海市・江蘇省・浙江省など華東沿岸地域は微増と微減の双方の傾向、というように地域によって異なる状況がみられます。


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中国人高校生の日本語教育現場、プロジェクトワークで日本語を学ぶ


中学高校での「第二外国語としての日本語」の可能性
 中等教育段階(日本の教育制度に即していえば、中学と高校に相当)は、2009年度比約2.7万人(43%)の増加です。中等教育段階における学習者数の増加の要因の一つとして、第二外国語としての日本語教育がひろがりつつあることが挙げられます。
 中等教育段階での日本語教育の変化を、地域別にいくつか見てみると、①内モンゴル自治区では10,000人増と実増数では最大、②上海市・江蘇省は増加傾向、③中国全土でも最大の中等教育段階の学習者数を誇る遼寧省では微減、吉林省・黒竜江省ではいずれも減、という状況です。
 中国の東北地域においては、日本語を第一外国語として教えている中等教育機関が多いのですが、昨今、世界全体で見られる英語学習志向の高まりにより、この地域においても、日本語ではなく英語を第一外国語とする学校・クラスが増え、日本語を第一外国語として教える学校・クラスの数は減少傾向にあります。
 一方、2001年9月の中国教育部(日本の文部科学省に相当)の新方針により、単に大学進学を至上とする「受験教育」から、生徒の人間性を育て全人格的な教育を行おうとする「素質教育」へとカリキュラムが転換され、その「素質教育」を全面的に推進するものとして外国語教育が位置付けられるようになりました。
 このような流れの中で、第二外国語としての日本語の授業を開設する学校が徐々に増え、東北地域だけでなく、湖北省や広東省などにおいても中等教育段階での日本語の導入にひろがりが見られます。この「第二外国語による日本語」の流れが順調にひろがれば、日本語学習者数の全般的拡大が大いに期待できる一方、第二外国語教育の現場には、他の外国語との競合、第二外国語に適した教材の不足、制度上の未整備など、課題が山積しています。


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中国各地の大学で教える日本語教師が一堂に会しての研修会


3割超も学習者が伸びた民間の日本語学校
 調査結果で「学校教育以外」とまとめられているセグメント、すなわち民間の日本語学校などについては、2009年度と比べ約7万人(33.7%)の伸びがみられました。現在の仕事での必要、自己のスキルアップのほか、日本文化に対する興味・関心の延長で、学習者数が増加したと考えられます。
 また、増加の背景の一つとして、インターネットの普及により情報入手のための障壁が軽減されたことで、日本語学習に対する「垣根」が低くなり、民間の日本語学校が増加してきていることも挙げられます。ただし、この「学校教育以外」で日本語を学ぶ層については、受講希望者数や教師の確保、学校の経営状況等により、日本語教室や日本語学校の増減が常に流動的で実態が把握しにくく、日中間の政治情勢や景気に最も影響を受けやすい層とも言えると思います。
 「学校教育以外」の日本語学習者数の増減は、地域的に違いが大きく出ており、特徴的な例をいくつか挙げると、①上海市では4.3万人の大幅な減少、②北京、天津の両市ではそれぞれ2.1万人増、1.4万人増と大幅な増加、③四川省、重慶市は堅調に増、とかなり傾向に差があることが見て取れます。


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中国各地の大学で教える日本語教師が一堂に会しての研修会


国際交流基金の取り組み
 国際交流基金は1972年の設立以来、国内外において海外の日本語教師、特に日本語を母語としない日本語教師を対象にした研修会を継続して実施してきました。中国では、1980年に中国教育部と国際交流基金の共同事業として日本語研修センター(通称「大平学校」)が開設され、その後も一貫して現場の教師の課題を考える教師研修会を実施しています。
 教師研修の実施方法としては、中国全国から北京に教師が集まり開催する研修、国際交流基金に所属する日本語教育専門家が地方都市を巡回して各地で開催する研修、日本での合宿やホームステイ、文化体験をしながらの訪日研修など、目的や学習段階によりその種類は多岐にわたります。
 国際交流基金北京日本文化センターでは、この教師研修を日本語教育支援事業の柱として据え、それに加えて、日本語教材の開発や執筆協力、学校などの関係機関との資金助成を通じたネットワーキングを行なっています。また、日本語能力試験を、中国全土41都市で、毎年7月と12月の年2回実施しており、2013年度は、各回それぞれ10万人超が受験しました。
さらに、日本語学習の裾野を広げるために一般市民・学生向け日本語体験講座の開講、あるいは高校生を日本に長期で招くなどの学習者支援の事業も展開しています。


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年間を通じて様々な教師の実践を分かち合う機会を創出
(左)地域教師ネットワーク会議、(右)日本語教学研究会研修会



楽観は許されない状況
 学習者が増加し順調にも見える中国の日本語教育ですが、今後の見通しとして、楽観は許されない状況があります。
 一つには、2012年9月の尖閣諸島の国有化に端を発した日中関係の行方です。両国関係の緊張は経済関係・文化交流・留学・観光等の多方面に影響が出ています。今回の調査は2012年8月頃に開始したため、その時点で学生の多くは2012年度(2012年9月~2013年8月)の履修登録を終了しており、2012年9月以降に中国各地で高まった反日の機運の影響をさほど受けなかったと言えます。
 中国の教育現場の最前線にいる日本語教師たちからは、中国人の学生たちは日本語を学びたいと思っても、日本語の履修や留学を家族が心配するので躊躇するといった話を聞くことが少なくありません。特に、今回の調査で明らかになった上海市の民間日本語学校での学習者の激減も、この予兆として深刻に受け止める必要があると思います。
 また、国際言語としての英語志向の高まりを見逃すことはできません。いまや、外国語教育の主流は英語教育であり、国及び学校の英語教育への支援体制は手厚いものがあります。今後の日本の経済状況が劇的に改善するなどの外部環境の変化がない限り、既に日本語専攻課程数がほぼ飽和状態にある高等教育機関において、第一外国語としての日本語教育の大幅な拡大はさほど見込めないでしょう。


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『エリンが挑戦!にほんごできます。』中国版の教師研修会の様子


日本語普及の今後の鍵
 そこで今後は、特に中等教育における第二外国語教育としての位置づけ、その中で日本語教育をいかに普及させるかが中国における日本語教育普及の鍵になると考えています。国際交流基金北京日本文化センターの2013年3月時点での調査によれば、中等教育段階で、第二外国語としての日本語の授業を開設している学校数は全国で79校、その学習者数は15,614人です。これらの学校においては、日本語の他に、フランス語やドイツ語、スペイン語なども第二外国語として選択できるところが多く、日本語をより親しみやすく魅力的な科目にするために、北京日本文化センターとしてどのような事業を展開すべきか検討を重ねています。
 その取組みの一つとして、第二外国語として日本語の授業を開設している現場から多くあげられていた課題の「教材不足」に対応するため、親しみやすく分かりやすい中国の学習者向け日本語学習教材『エリンが挑戦!にほんごできます。』中国版を、中国教育部傘下の人民教育出版社より2013年4月に出版しました。
 日本で発行された『エリンが挑戦!にほんごできます。』は全世界向けの汎用性を持つために3冊構成でしたが、中国版では、これを1冊にまとめコンパクトにしたほか、中国の教室で学習者が使えるように「練習」や「活動」を加え、また、出てくる都市も中国の都市名を用いたり、エリンが中国に旅行する描き下ろしマンガを新たに追加したりするなど、中国の学習者の興味を引く工夫をこらして作成しています。(これだけ多くの学習者がいるのですから、その学習者にあわせた教材を制作するというのはある意味、当たり前のことですが。)
 『エリンが挑戦!にほんごできます。』中国版を刊行した後、北京を皮切りに上海、広東地区で日本語教師向けの研修会を開催し、現場の教師に実際に手に取っていただく機会を設けました。また、中国の学習者がひらがなやカタカナを覚えるのに役立てられるように、五十音のパワーポイント教材など副教材の制作やウェブでの中国版紹介ページの制作も進めています。また、『エリンが挑戦!にほんごできます。』中国版を用いた「教案コンテスト」の開催や、中学高校の校長を対象とした第二外国語の導入の意義を考えるセミナーの開催なども計画しています。
 今後もさまざまな事業を日中の関係者や教師の方々と協力・連携して実施し、中国における日本語普及にさらにはずみをつけ、日本語教育・学習という視点から日中の未来を担う次世代の若者の交流を支援してゆきたいと考えています。



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