雑誌『をちこち(遠近)』
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カナダ人落語家が軽妙に伝える日本のリズム

桂三輝(落語家)



canadian_rakugo01.jpg 上方落語における史上初の外国人落語家として、重鎮である桂文枝に師事。この2年では、オリジナル英語バージョンの演目をひっさげ、故郷カナダとアメリカの各都市を巡回するソロ公演を実現した桂三輝(かつら・サンシャイン)さん。弟子入りから今日までの修業の日々から、彼は何を学び、伝えてきたのだろうか?




海外の観客の反応はいかがでしたか? どんな噺がいちばんウケるのでしょうか?

やっぱり「じゅげむ」は大ウケでしたね。そもそも意味のない人の名前ですからね、日本語がわからなくても、音の響きだけで十分おもしろいんです。あと「風呂敷」は、かくまった間男を逃がす噺で、これは世界中どこにでもある古典的なテーマなんですね。落語のストーリーはシンプルで普遍的、説明なしでわかるからおもしろいんです。


canadian_rakugo02.jpg 日本語特有のニュアンスや笑いのツボを伝えるのに苦労したところはありますか?

「宿題」という演目で、つるかめ算を暗唱する場面がありますが、そこはできるだけ文学的で、詩的な言葉に聴こえるというのが肝なんで、翻訳にはちょっと工夫しました。
あと一度、英語に脚色した演目を英語のリズムで話したら、あまりウケなかったことがありました。どうする?となって、試しに(桂文枝)師匠の話し方を直訳して、間もリズムも師匠のとおりにやったら大爆笑。やはり師匠、天才です。伝統芸にはヘタに触るなってことなんですね。
師匠の創作落語だけで230作もありますから、まだ始まったばかりです。そのなかでも海外でウケそうな演目をリストアップしています。


もともとカナダの大学では演劇史を専攻していたそうですね。

そうなんです。2500年も昔の古代ギリシャの古典演劇から、シェイクスピア、オペラやオペレッタ、ミュージカルまで、西洋の大衆演劇は1つのラインでつながっています。そしてその全ての要素が落語の中に揃ってるんですね。
自分でミュージカル作品の創作もしていました。あ、でもミュージカルはぜんぜんリアルじゃないですね。そのへんの道でいきなり踊り始めても誰も驚かないって、そんなアホなことあるかいな!? 違和感あります。日本語で上演するのもかなり無理がある。日本語は韻を踏みにくいでしょ。ミュージカルの歌詞は、どれだけ複雑に韻を踏むかが勝負なんですよ。


14年前に来日したときの日本の印象はいかがでしたか?

日本の社会にまさかこんなに伝統が残っているとは知らないで来たんです。モダンと古典が1つの場所に共存していました。考え方や美意識に「侘び寂び」や「粋」が残っているんですね。


canadian_rakugo03.jpg 桂文枝師匠に弟子入りを申し込んでOKがでるまで8ヶ月かかったとか?

それは外人でなくても同じですね。きびしい世界ですから。でもどうしても、落語という「究極の一人芝居」の魅力に惹き付けられてしまったんです。


英語の一人芝居や漫談との違いは何ですか?

もし僕がスタンダップコメディのコメディアンなら、その出演時間のなかでは全てを自分1人で自由にコントロールできます。
しかし寄席にはルールやしきたりがあります。4〜5人の高座にメリハリをつけて、1つのショウをつくる。お客さんはあくまでトリの噺家を観にきてるのですから、後の先輩がやりやすいように、たとえば枕のトピックなどもかぶらないように気遣います。それも粋に、野暮はだめ。お客さんにそれを意識させずに自然にもっていく。
まあ、大阪のお客さんは大阪弁にはうるさいですね。アンケートの感想に「この人はホンモノの大阪人じゃない」って、そら見ればわかるやろ?


修行中は、師匠の身の回りのお世話など雑務も多く、上下関係もきびしくて、慣れるのは大変だったのではないですか?

敬語から、掃除、洗濯、カバン持ちまで、とにかく決まり事が多く、酒・タバコ・カノジョなしのきびしい3年間でした。だいぶ頭もおかしくなって、おもしろくなってきたとちがいます??
でもユルいと結局あとで損するのは自分なんですね。極端に言えば、修行中は噺など覚えなくてもいい、ただ師匠が恥ずかしくないようにすることがいちばん大事ですから。
もちろん叱られて納得のいかないこともあったけど、あきらめてはダメ。3年後にわかるんです。恩の大切さを理解していなかったのは自分で、今の、この心をそのときもっていたかったと。


それは思いやりや気配りの心でしょうか?

師匠やほかの師匠、兄弟子たちの空気を読めるようになれば お客様の空気も読めるようになるということですね。人様のリアクションを見ながら、自分の芸を学ぶんです。
カナダやアメリカでは、まず最初に「自分が」という西洋的な自己主張がありますが、日本の落語の世界はそれとはまったく逆なんです。まあ、西洋も東洋も飲んでるときはあまり変わらないけどね。


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現代の日本人が忘れがちな「謙譲」の精神ですね。

たとえば、桂文枝師匠という人は、落語の世界ではむっちゃエライ人なのに、誰よりも腰の低い人なんです。師匠のよくやる枕にこんなのがあります。
「本日はお忙しい中、よういらして下さいました......ホンマに忙しいなら来るわけないがな(ここで客席爆笑)」。つまりその裏には「忙しいのに私なんぞの拙い噺を聴きに来るわけがない」という謙りの気持ちがある。
弟子にも同じ気持ちがあります。師匠の恩は大きすぎて、到底恩返しなど(おこがましくて)できません。僕たちができることは、ただ次の世代の若い人たちに伝えることしかないんですね。これはほんとうに修業しないとわからないことでした。


海外公演でも、日本古来の精神の美を伝えていただきたいですね。

もっといろいろな国で何度でもチャレンジしたいですね。自分のルーツのあるスロベニアでも公演したい。オチがわかっていてもおもしろいのが落語の良さで、むしろ聞いたことのあるものほど、また聞きたいと思うんです。




北米巡回公演の様子
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