個性あふれる打楽器と声の競演~ASEAN‐JAPAN「Drums&Voices」コンサートツアー

大島ミチル(作曲家)
堀 つばさ(和太鼓奏者)



ASEAN6カ国と日本を巡回するASEAN-Japan「Drums&Voices」コンサートツアーが、2013年12月の東京公演をもって終了した。日・ASEAN友好協力40周年記念事業のひとつとして開催されたこのツアーでは、ベトナム、カンボジア、ミャンマー、タイ、ラオス、ブルネイ、そして日本の7カ国12人の伝統音楽家が集結し、打楽器と声だけを使い演奏する新しい試みに挑戦。お互いの個性を引き立て合いながら魅力あふれるパフォーマンスを生み出した。そこで音楽監督を務めた大島ミチルさんと、"日本代表"として参加した和太鼓奏者の堀つばささんにツアーを終えての感想を聞いた。


各国の伝統的な打楽器 asean_japan_drumsvoices03.jpg
(左)トゥルン(ベトナム)、チャイヤム(カンボジア)(右)
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(左)サイン・ワイン(ミャンマー)、(右)チー・ワイン(ミャンマー)
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(左)マウン・サイン(ミャンマー)、(右)ペンマン・コク(タイ)
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(左)ゴーン・ハーン(ラオス)、(右)レバナ(ブルネイ)
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和太鼓(日本)


大島ミチルさんインタビュー

お互いを理解することからスタート

――まずツアーの反響をお聞かせください。

 ツアーは大盛況で、多くの方に楽しんでいただけました。小さなお子さんが踊りながら聴いてくれている姿もありました。初演地のベトナムから大歓声をいただいたのですが、特に盛り上がったのがカンボジアです。オープニングからノリノリで手拍子をしてくれ、かけ声もいただいたり、反応が非常に温かかった。終演後、「こんなコンサートは経験したことがない」という言葉もいただき感動しました。また、タイでラオスの曲を演奏したときの反応にも驚きました。ラオスからタイにわざわざ見に来たのかと思うほど、ラオスの演奏家が出てくると会場が湧くんです。隣国とはいえ、タイの観客はラオスの曲をよく知っているなと思っていたら、ラオスの歴史美術館で両国の歴史や関係性を知りました。
 観客の反応がいいと、演奏家の自信に繋がっていきます。12月に行われたツアー最後の東京公演では演奏家全員の成長ぶりを実感しました。東南アジア各国を巡回したツアーは10月~11月だったので、東京公演のときは久しぶりに集まったわけですが、違う国の演奏家とは思えないくらいまとまっていました。公演前のワークショップに約1カ月を費やし、さらにツアーで1カ月近く一緒に旅をした成果だと思います。

――2013年6月にタイで行われたワークショップで7カ国のメンバー全員が初めて顔を合わせました。そのときのことを振り返るといかがですか?

 大変でしたね。メンバーは各国の伝統音楽の演奏家ですから、異なる背景を持つ他国の演奏家と一緒に新しい音楽を作ることには慣れていません。だからまず、お互いの音楽を理解することから始めました。また、音楽監督である私自身、メンバーの得手不得手を理解しなければなりません。いい舞台を作るには、12人の演奏家に同じことを要求するのではなく、それぞれの得意なところを生かすことが必要ですから。本当にゼロからのスタートでした。

――メンバーのみなさんは、他国の打楽器に触れるのは初めてのことでしたか?

 そうですね。私自身、和太鼓以外で実際に見たことのある打楽器はありませんでした。例えば西洋楽器のバイオリンのように、世界中の人が知っている楽器とは違い、各地の伝統楽器はその国に行かないと見る機会がありません。同じアジア同士、特徴が似ている楽器もあるのですが、叩き方やリズムなど異なる点も多い。そのあたりも理解し合う必要がありました。しかもワークショップで完結するわけではなく、ひとつのコンサートとして完成させなければならないので、「ええ、どうなるの~」と。

――曲は各国の伝統音楽で構成されたのでしょうか?

 新しく作った曲もあります。全部で15曲ほど演奏しましたが、半分がもともとあった各地の伝統曲をアレンジしたもので、残り半分が新しい曲でした。メンバーが作った曲も私が作った曲もあります。

――大島さんの曲といえば、メロディーラインが美しく、スケールの大きいイメージがあります。打楽器で演奏する曲を作る作業とは、また違うと思うのですが......。

 そうですね。オーケストラであれば、バイオリンにメロディーを弾かせただけで音楽になりますが、打楽器のほとんどは"パン""パン"といった弾ける音ばかりですから。なかにはメロディーを奏でる楽器もあるのですが、音が伸びない。ただ、音色のバリエーションは豊富。叩く場所、叩き方ひとつで、いろいろな音色があることに気づきました。

――一番苦労した点はどこでしょうか?

 コミュニケ―ションです。英語が話せないメンバーも多かったので、共通言語がない。各国語の通訳を挟んでコミュニケーションを図るのはもどかしい思いでした。それにみなさん、良くも悪くもとってもシャイ。気になることがあっても、ぐっとこらえてしまう。後々の会話のなかで、「あのとき、誰々からこう言われた」といった話が出てくることもありました。西洋人と仕事をする場合は、感情がすぐに言葉や表情に表れるので、気持ちがストレートに伝わってくるのですが......やはり日本と同じアジアなのだなと。でも、そういうことがわかってきてからは、メンバー一人ひとりと向き合い、「大丈夫?」「何かない?」と、常に私から話を聞くように努めました。ふだん、私の仕事は基本的にはスタジオ・セッションですから、楽譜を渡してその場で演奏してもらえば仕事は完成するわけです。ところが今回は、お互いに人間性から理解していくという作業が必要でした。

――それぞれ自分の国の音楽に対しての思いも強かったのではないですか?

 そこはアーティストなので、どのメンバーも音楽的な観点で明確な意思を持っています。自国の伝統音楽を中途半端に見せたくないという気持ちも強かったと思います。自国の音楽を守りたいという思いと、それを超えて新しい音楽を作りたいという思いもある。さまざまな思いを持ったメンバーと意思の疎通を図りながら作り上げていくのには、大変根気がいりました。



対話の重要性を実感

――でも、最終的には家族のような関係が築け、公演も成功しました。

 はい。おかげさまで、演奏家が楽しめ、なおかつ、お客様が楽しめるところまでは到達できたのかなと思います。

――観客だけでなく、演奏家が楽しむことも重要なのですね。

 演奏家が楽しんでいないと、いい演奏はできませんから。ふだんの仕事でもそうなのですが、私は曲を作るとき、「演奏して楽しい譜面かどうか」という視点を大切にしています。演奏家ってとても素直で、作曲家が一生懸命に書いた曲は一生懸命演奏するし、手を抜いて作った曲は、手を抜いて演奏する(笑)。精神と肉体は直結していて、即、演奏に表れます。だから私は、演奏家が楽しそうに演奏しているかを注意深く見るようにしています。楽しくなさそうだったら、譜面を見直さなければなりません。

――プロが演奏を楽しむことを追求していくと、テクニックを駆使した高度な音楽になり、素人には心地いい音楽にはならないような気もしますが......。

 それも一理あります。例えばジャズならアドリブばかりになって、聴いている人にはわかりにくいかもしれません。演奏家だけに任せればそういうケースもあるでしょう。ただ、私の場合、映画音楽やドラマ音楽を担当することが多いので、映像と音楽が一体となったときに、見ている人たちを感動させなければなりません。それには、演奏家たちにもワクワクしてもらう必要がある。コンサートもそれと同じ。演奏家と観客、両者が楽しめる音楽を心がけています。

――改めて、ツアーを終えての感想をお聞かせください。

 このツアーでは、異なる国の人々、異なる音楽、異なる楽器が集合し、協力し合い、それぞれが妥協することなく新しい音楽を作り出すことができました。これってある意味、社会の理想のあり方だとも思うのです。お互いを認め合い、得意なところを引き出し、苦手なところを補い合って新たな音楽を作れるのなら、音楽以外のところでもできるのでは? そんな風にも思いました。

――そこにツアーの意義があったと?

 そうですね。お互い理解するには時間はかかりますが、根気よく続けていけばいいのだなと思います。先ごろ、世界中の人に惜しまれて亡くなったネルソン・マンデラ氏は、長い時間、対話で乗り越えてきました。お互いに理解し合うには、言葉もあれば、音楽もある。さまざまな形で理解し合えれば、結果、いい形に繋がっていくのではと思います。

――ツアーでは対話の大切さを痛感されたようですね。

 言語が違うからこそ、対話の重要性を実感できたのだと思います。日本人同士では、「言わないでもわかってもらえる」という甘えが生じやすい。ふだん、スタジオ・セッションの際は指揮をすることが多いので、目の前で楽器を弾いている演奏家を見て、「体調が悪そうだな」「休憩が必要かな」といった配慮はするようにしているのですが、見た目ではわからないこともありますよね。もっと積極的に声をかけるなど、コミュニケ―ションを図る必要があるのだと反省もしました。また、音楽は時間をかけて作るべきだということも改めて思いました。いいものを作るには、時間も根気も必要なのです。



個性あふれるアーティスト達のぶつかり合い!
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堀つばささんインタビュー

イメージする情景の違いにドキッとすることも...

――堀さんは日本からの参加メンバーとして、他の6カ国の演奏家とともに新しい音楽作りにチャレンジされたわけですが、振り返ってみていかがでしたか?

 タイのワークショップでは「はじめまして」から始まり、合宿のようにご飯を一緒に食べて過ごしたのですが、お互いの生活スタイルまで分かり合っていく時間というのが、とても貴重に思えました。一般的にジョイントコンサートやコラボレーションは、リハーサル時間が少ないことが多く、3日間ほど練習してすぐ本番ということが多かったりするので、今回の国際共同制作では、こうして演奏家同士が深いところまで掘り下げ、人としてじっくり関わり合いながら音楽を作ることができて楽しかったし、成長もできたと思います。

――これだけ国の異なる演奏家が集まると、カルチャーショックもあったのでは?

 音の幅広い表現力やイメージする情景の違いには驚かされました。例えば、ミャンマーのメンバーなのですが、「木にバナナがたわわに実っている様子」とか「海で魚が飛び跳ねている様子」といった情景をイメージし、音楽的表現に繋げていくんです。もちろん国や環境が違い当然のことなのですが、改めて"ドキッ"とする出来事でした。また、彼らの使う伝統的な打楽器は、自然素材でできていることが多く、削ったり湿らせたりするなど、演奏者自身がメンテナンスをするんですね。楽器がシンプルにでてきている分、多少の故障なら自分で修理できてしまう。これはすごいなと。和太鼓は大きいので、なかなか皮の張り替えなど自分ですることは難しいのですが、この姿勢はもっと見習いたいなと思います。

――他国の打楽器とともに演奏するのは難しいことでしたか?

 音楽監督としてまとめてくださった大島さんがむしろ大変だったのではないでしょうか。リズムや音の響き、大きさなど、それぞれ特徴が異なりますから、そういったものを壊すことなくなじませ、バランスをとっていくことに相当エネルギーを費やしたと思います。

――ASEAN6カ国を回りました。印象深かった場所はありますか?

 カンボジアです。オープニングでは、各国の演奏家が自国の音楽を楽器や歌で順番に紹介していったのですが、カンボジアではリズムを叩き出した途端に手拍子が始まり、大変盛り上がりました。

――大島さんもそれが印象的だったとお話しされていました。

 日本に比べ、伝統音楽や伝統楽器と人との距離が近いというか、生活にまだまだ深く馴染みがあるのだなという気がしますね。

――和太鼓も日本人にとってはわりと身近にある楽器です。琴や三味線は弾いたことがなくても、太鼓は叩いたことがあるという人がほとんどだと思います。

 そうですね。和太鼓に対しては、日本人もそれぞれが「こんな音でこういう曲」といったイメージを抱いていると思うので、今は日本を離れて暮らしている分、東京での公演は海外公演よりも緊張しました。

――和太鼓がメインの「雪うさぎ」という曲では、演奏されている堀さんが舞っているような印象も受け、力強い太鼓の音に女性らしさが加わり、非常に新鮮でした。それにしても堀さんはとても華奢。あれほど力強い和太鼓の音とは結びつきません。

 よく言われます。私は小さいころから和太鼓を始めましたが、どちらかと言えば西洋打楽器を学んできたんですね。脈々と受け継がれてきた伝統音楽の担い手というわけではない。1996年から14年間は太鼓芸能集団「鼓童」に在籍していましたが、現在はベルギーでさまざまなジャンルのアーティストたちとコラボレーションをしています。今回の公演は、そういう今の私にできることをきちんと表現したい。そう思って臨みました。



国は違っても心は通じる!

――堀さんにとって、この公演は意味があるものでしたか?

 はい、とても。それぞれの国を回り、いろいろな人に出会い、国は違っても心は通じ、共通点もさまざまにある。それが分かったことは大きな意味があったと思います。ASEANの人たちには、協調性があるというか、自分のことよりみんなにとって何が大切かということを優先して考える方が多い。エゴがぶつかり合うこともないので、最初から最後までいい雰囲気でツアーを終えられたのだと思います。また、民族芸能における打楽器の役割を再確認できたことも大きかったですね。

――打楽器の役割、ですか?

 打楽器はリズムを取る楽器ですから、本来の役割は、ほかの楽器を支えるということにあるのかなと。打楽器奏者というのは、常に支える立場にある人だからこんなにまとまったようにも思うのです。実は和太鼓が、支えることを一番不得手とする楽器かもしれません。日本で太鼓はひとつのエンターテイメントとして確立していますよね。和太鼓は日本で独特の進化を遂げたのだと思います。

――この経験は今後の仕事に役立ちそうですか?

4年前にベルギーに移ってからは、ちゃんとした太鼓のセットで演奏する機会に恵まれなかったので、非常にいい経験をさせていただきました。これを機に、また精力的に和太鼓を叩きたい。やはり打楽器は面白いですから。


(聞き手・編集:辻啓子/記事中写真撮影:野田雅之)





asean_japan_drumsvoices01.JPG 大島ミチル(作曲家)
国立音楽大学作曲科卒業。在学中から作、編曲家としての活動を始め、映画音楽、CM音楽、TV番組音楽、アニメーション音楽、施設音楽など様々な分野で活躍。52回、第67回の毎日映画コンクール音楽賞受賞、第21回、第24回、第26回、第27回、第29回、第30回の日本アカデミー優秀音楽賞、第31回の日本アカデミー最優秀音楽賞を受賞。他にも2006年アニメーション・オブ・ザ・イヤー音楽賞受賞、ジャクソンホール映画祭(アメリカ)ベスト映画作曲賞等受賞多数。フランスと日本にて「For The East」CDも発売中。また吉永小百合さんの原爆詩の朗読の音楽も担当。代表作品として、大河ドラマ「天地人」、映画「ゴジラ対メガギラス」、映画「明日の記憶」、アニメ「鋼の錬金術師」など。
公式サイト http://michiru-oshima.net/



asean_japan_drumsvoices02.jpg 堀つばさ(和太鼓奏者)
京都出身。11歳より和太鼓をはじめ、京都堀川音楽高校にて西洋打楽器、音楽理論の基礎を学ぶ。在学中よりロックバンドのドラマーとしても活動。96年より14年間和太鼓集団「鼓童」に在籍。現在アントワープを拠点に異ジャンルのアーティストとコラボレーション活動をし、日本のリズム、歌を題材として生み出される独自の音楽は国内外で高く評価されている。
(撮影:川島小鳥)




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