雑誌『をちこち(遠近)』
バックナンバー

バックナンバー一覧

東北から演劇で届けたい~震災の記憶と、日・中・韓の歴史の記憶を超えた魂の交流

長谷川孝治(青森県立美術館舞台芸術総監督、「祝/言」劇作・演出家)
朴根亨(パク・グニョン)(韓国劇作・演出家)
喩榮軍(ユイ・ロンジュン)(上海話劇芸術センター劇作・演出家)



 日本、中国、韓国。地理的に近接する3か国間の交流事業として、東日本大震災を題材とする演劇のプロジェクトが進行している。青森県立美術館舞台芸術総監督を務める長谷川孝治氏をリーダーとする、日中韓共同制作演劇プロジェクト「祝/言」(しゅうげん)である。東北をベースに活動する演劇人と、中国・韓国の舞台人および音楽家や写真家なども交えて進むこのプロジェクトは、2013年10月11日から始まる青森公演をかわきりに日中韓の計8都市での巡回公演が予定されている。
 舞台公演に先駆け、日中韓の劇作家を迎え、3か国間に横たわる歴史的・政治的背景をふまえた演劇制作と交流にかける想いを聞く、パネルディスカッションが開催された。
(2013年3月8日東京・韓国文化院ハンマダンホールでのパネルディスカッションを収録、聞き手:横道文司)

tohoku_engeki06.jpg tohoku_engeki07.jpg tohoku_engeki08.jpg
青森でのプレイベントの様子



震災と演劇
長谷川:2011年3月の東日本大震災の翌月、青森県立美術館で太宰治の「津軽」という作品の舞台公演をしました。公演の前日には、岩手から青森に避難されてきた方々をご招待し、その関係で、避難されて来た方を受けて入れているお寺のご住職にも、公演に来ていただきました。
 そのご住職は僕に対して、「長谷川さん、実はもの凄く大変なことが起きているんだよ。」と言うのです。お寺で受け入れている岩手からの避難者の方が「あなたはお寺の住職さんだ。だから私の悩みを聞いてください。」と言い、こう打ち明けたのだそうです。「私は津波から車で逃げてきた。逃げている時に、前を走っている人たちを轢き殺して自分は助かった。こういう私は生きていていいのでしょうか。」と。
 僕は、このような悩みに応えられるのは、もう芸術か宗教しかないのではないかと感じました。我々のような舞台人、芸術家にしかできないことが必ずあるはずです。それをやっていきたい。



韓国の演劇を取り巻く状況-下火になる小劇場運動
パク:私が所属している劇団の名前は、「コルモッキル(裏道、横丁の意)」といいます。コルモッキルは都市の成長とともに消えていく思い出深い場所。通学路であり、友だちと遊んだ場所であり、隣人の喧嘩の音を聞いた場所であり、学生の時に悪いことをしていた場所であり、生きてきた中で沢山の時間を過ごした場所です。
 私が、劇団名をコルモッキルと名付けたのは、その中に人々の哀歓があり、子どもたちに伝えたい懐かしいことが詰まっていると思ったからです。劇団では、私たちが忘れかけている素朴な想い・考え、無心に過ごす時間、そんな話を主に扱っています。劇団の旗揚げから10年が経ちました。先日、「ストーブがあるコルモッキル」という題名で、公演を行い、10周年記念のフェスティバルを行いました。
 ソウルのテハンノ(大学路)には130あまりの劇場が密集しています。また、大企業の資本が入ったミュージカル専用劇場など、大型で商業化の進んだ劇場も数多くオープンしています。最近では一般の劇団にも専門的なプロデューサーが参加し、プロフェッショナルではあるが、人間味が少し足りないと感じるような公演が上演されることが多くなってきました。韓国演劇の主流だった我々のような小劇場運動はだんだんと下火になってきています。
 これには、様々な要因が考えられますが、大きな要因として、大劇場がオーディション制度を布いていることがあげられます。若い俳優たちに機会を与えるという意味でオーディション制度はいいことではあります。俳優にとって自分が所属する団体で活動するよりも、オーディションを通過してキャスティングされると経済的な面もシステムも良くなるからです。しかし、そのために基盤の弱い小劇団の柱である俳優たちが、影響を受けてしまいます。劇団が演劇の公演を続けていく上で最も大きな力は人です。その主軸の俳優たちの流動性が高まって、小劇団に関わる人材が頻繁に入れ替わってしまう。そこが大変ですね。
 全般的な傾向としては、大きな問題提起というよりも個人的で素朴で身近な問題を主題として扱うことが多くなっています。青少年の自殺問題、高齢化問題など、社会は大きく豊かになっていく一方で、個人が乏しくなる。そうしたことが演劇の題材となっています。



興隆を見せる中国の小劇団
ユィ上海話劇芸術センターは昔の上海人民芸術劇院と上海青年話劇団が合併して新しく設立された国立の劇団です。(注:中国では、近代科白劇、新劇にあたるものを「話劇」と呼称する。)中国の話劇団は、1949年に新中国が建国された後、旧ソ連を参照として創立されました。
 90年代の中国の話劇や舞台芸術は最悪の状態でした。観客が少なく収益がないため、舞台関係者はテレビや映画に活躍の場を移さざるをえませんでした。2000年頃から大きな変化がありました。
 以前の上海には、国立の劇団が4〜5団体しかありませんでしたが、現在では40〜50の団体があります。北京には150〜200ほどの小劇団が出来てきていおり、上海にも多くの小さな劇団が生まれています。最近では若者たちの中でも演劇人気が高まってきており、演劇に携わる関係者もどんどん増えてきました。北京や上海以外でも、多くの都市で演劇が上演される回数が増えてきています。
 しかし、問題もあります。2年前から劇団への政府部門からの財政的支援が少なくなってきています。そのため、多くの国立劇団は独立経営に踏み切るようになりました。小劇団は政府からの財政支援を受けることができずに、入場料収入や劇団員がお金を出し合うなどして運営しており、経済的には厳しい状況です。



同時代の日本・韓国・中国の演劇人が集う意義
長谷川:韓国や中国と日本は、地理も文化も、本当は近いのになぜ理解し合えないのだろうというのが、僕の中に抜きがたくありました。今回、韓国・中国の方々と一緒にプロジェクトを進めるにあたり、過程から恊働して取り組むことにしました。言葉の問題や政治体制の問題というのは、やはり存在すると思います。ただ、僕たちにはそういう所だけではなく、魂というものがあると思っています。その交流をしたい。経済的な交流でもなく、魂の交流をしたいというのがありますね。

ユィ:これまでの13年間で20カ国以上と共同制作を行ってきました。なぜ、多様な国々と協力することが出来るのかというと、様々な劇団や多くの劇団員と恊働することにより、良い作品ができると信じているからです。様々な国の人と協力して仕事をしている間は、自分はどこの国の人間なのか、どこの文化に属している人間なのかを忘れてしまうほどです。

パク:文化交流の根本的な目的は人との交流であると思っています。人と人が会う、そして肌が触れ合うことだと思います。同じ物を食べて、稽古場と宿舎を一緒に行き来し、話し合いながらお互いの見解が違うことを理解する。今回の「祝/言」プロジェクトは、単なる人的な交流を離れ、その中に含まれている意味や価値を、みんなで共有することができる深い響きを持つ場であり、意味の深いものだと思います。



震災をテーマにした新作
パク:タイトルの「祝/言」という言葉は、フェスティバル、祭り、そして言葉、話があるという意味とも捉えられますが、私には逆説的に聞こえました。祭りではなく悲劇であり、言葉ではない。悲劇の肉体と魂についての話だと思いました。
 「不滅」という言葉も思い浮かびました。この演劇が今年の秋・冬に、どのように始まりどのように終わるのかはまだ分かりませんが、2011年3月11日に東北地方にいて...消えていった人たちは今、我々の中で不滅の記憶になりました。この演劇が単なる芸術的な側面や大衆的な好みとは別に、演劇を見た人々に何らかの形で記憶に残るのであれば、演劇の価値と意味とが、我々に「不滅」という思いを感じさせてくれると思いますし、そうなると思います。

ユィ:中国でも2008年に四川大地震が発生して、多くの犠牲者が出ました。私は、四川大地震の後で1本の脚本を書き、上海で長期公演を行いました。地震後の感覚や、お互いに助け合うこと、また多くの犠牲者について...。私たち芸術家は、被災地の人に対して、どのようにしたら力になれるのかを考えたのです。
 1995年の阪神大震災の後、上海で公演した神戸の劇団がテーマにしていたのは、人と家族との関係でした。また、台湾の劇団は障がいで目の見えない人が地震のときにどうだったのかということをテーマに上海で演劇を上演しています。 私たちは自然災害が起こった時、人と人が助け合い、愛し合い、分かち合えるように、前を向いて頑張ります。一緒に勇気を持って自然災害を乗り越えたいですね。



大都市と地方との関係性
長谷川:東京に住む人たちは、「青森の人は人情に厚い」というような、勝手な地方像を持っていますが、実際には違ったりします。それに地方から様々な発信するとなると、「お国自慢」をやりがちですが、それは続かない。もっと普遍的なものを目指した方がいいと思っています。
 僕が脚本と演出を提供している弘前劇場では、津軽弁を使った芝居を創り続けています。なぜ僕が津軽弁を使うかというと、その方が身体の動きや仕草にリアリティーが出てくるからです。津軽の良さを全面に押し出すためではなく、人と人はどういうふうにして付き合うのか、どういうふうにして付き合ったら傷つくのか、もしくは深く理解できるのか。このような普遍的なことに、僕の興味はあります。
 ですから、今までのように「中央」対「地方」というような対立の構造自体は、僕の頭の中にはあまりありません。それよりも、もうちょっとお互いに意識を変えましょうというようなことを、僕としては提案したいです。



過去を受け止め、未来に繋げるために
長谷川:「祝/言」のタイトルには、もともとは間にスラッシュを入れていませんでした。しかし、韓国と中国とを取材で訪れた際に、我々にはやはり「消せない過去」があるのだと感じ、そうした意味でスラッシュを加えました。
 このスラッシュは、いつ取れるんだろうと、常に考え続けなければいけないと思います。忘れなければ人は生きていけません。でも、忘れちゃいけないこともある。そういうふうなものが、日本、中国、韓国の3国の間にはあるのだということを、自覚しながら創っていこうとは思っています。このことについて、お二人はどうお考えですか?

ユィ:現実的な問題です。先日、中国の劇団員の1人が、親の反対のため、日本が関与する演劇活動に参加するのを辞めたと聞きました。しかし、私の9才になる姪は、日本語の勉強をしていないのに、日本語を話せます。彼女は日本の歌手が大好きです。中国では日本の歌手は人気があるんですね。文化の国際交流で戦争がなくなり、お互いがもっと解かり合えると思います。

パク:韓国には、朝鮮時代に書かれた「東医宝鑑」という医学書があります。おそらく中国の華佗(かだ・中国の名医)や有名な医師の影響を受けて書かれた本だと思います。この本の価値は、「ここが痛い時にはこの薬を飲めばいい」とか「どのように針を打つべき」というようなこと以上に、「あなたの体に傷が付きどこか痛い時、あなたは正常です」と語っていることにあります。「痛いことを怖がらないで、傷で苦しんだりしないで」という教えこそが重要です。
 東アジアでも、アメリカやヨーロッパでも、人が生きていく上では傷付くこともありますが、時間が経てばその傷は治ると思います。長期的に考えて癒していけば良いのだと。私たちは私たちの世代で努力しつつも、私たちの後にはより優れた子孫が出てくると思います。その子孫たちが東洋の人々ともっと賢く、仲良く、幸せに生きていくと信じています。


(編集:友川綾子)






日本・中国・韓国 国際共同制作作品 演劇「祝/言」 ツアー日程

【日本公演】(全3都市)
青森
日時 2013年10月11日(金)~13日(日)
会場 青森県立美術館

仙台
日時 2013年11月24日(日)
会場 仙台市青年文化センター

東京
日時 2013年11月29日(金)~12月1日(日)
会場 新国立劇場


【韓国公演】(全3都市)
大田(テジョン)/大田グランドフェスティバル正式招へい
日時 2013年10月19日(土)、20日(日)
会場 大田文化芸術の殿堂

ソウル/ソウル国際演劇祭正式招へい
日時 2013年10月25日(金)、26日(土)
会場 ソウル大学路芸術劇場

全州(チョンジュ)
日時 2013年11月1日(金)、2日(土)
会場 韓国ソリ文化の殿堂


【中国公演】(全2都市)
上海/上海国際現代演劇祭2013正式招へい
日時 2013年11月14日(木)~17日(日)
会場 上海話劇芸術センター

北京
日時 2014年1月中旬 実施予定
会場 蓬蒿(ポンハオ)劇場







「祝 / 言」に関連して制作された写真集
鈴木理策とキム・ジヨンの日本と韓国を代表する写真家が、登場人物ゆかりの地、上海、蘇州、ソウル、仙台、遠野、青森を回って撮り下ろしました。(掲載写真は5点とも撮影:鈴木 理策)
http://www.akaaka.com/publishing/books/bk-shugen-risaku.html


tohoku_engeki01.jpg tohoku_engeki02.jpg tohoku_engeki03.jpg tohoku_engeki04.jpg tohoku_engeki05.jpg



Page top▲

Twitter - @Japanfoundation