文化交流の火を消さない~第9回日中韓文化交流フォーラム 新潟・佐渡で開催

前川 智映
(日本研究・知的交流部 アジア・大洋州チーム)



 近年、日本と中国、韓国との関係は緊張状態が続いています。政治関係の悪化は政府間交流のみならず民間交流にも少なからず影響を及ぼしており、数々の文化交流が延期・中止を余儀なくされています。その中で、今年第9回を迎えた「日中韓文化交流フォーラム」は、政治状況の如何に関わらず対話の場を持たなければならないという日中韓の当事者たちの強い思いにより、2005年から毎年継続して開催に漕ぎつけてきました。

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新潟県・新潟市主催歓迎会での集合写真(前列中央・泉田裕彦新潟県知事)

 このフォーラムは日本、中国、韓国の元政府高官や有識者らが、民間主導で文化面での対話促進を図ろうとするものです。2005年に、当時、日中友好協会会長、日韓文化交流会議座長を務め、日本とアジア諸国の平和と友好のために尽力されていた画家の平山郁夫氏が中心となり創設されました。以来、日中韓の3カ国持ち回りで毎年開催され、東京都、奈良県に次いで3回目の日本開催となる今年2013年は、新潟県の新潟市及び佐渡市で開催されました。

 今回の会議では「地域文化と国際交流の促進」をテーマに日中韓の委員たちが各国での取り組みなどを発表しました。



今後ますます高まる東アジアの玄関口・新潟の重要性
 さて、ここではフォーラム主催者の一つである国際交流基金の職員として、事業の準備段階からフォーラムに実際に参加して感じたことなどをお伝えできたらと思います。
 まず、今回のフォーラム開催地が、なぜ、新潟市と佐渡市になったのかですが、国際交流の拠点としての新潟という場所の重要性が挙げられます。新潟は明治初期の開港以来、日本海側の外国との玄関口として発展してきました。中国・韓国の発展に伴い東アジアの重要性が高まる中、今後新潟は日中韓3国の交流の拠点としてますます重要な役割を担うことが期待されます。
 また文化の面においても、新潟は日本を代表する米、そして日本酒の産地であるのみならず、日本が世界に誇る文化が生み出されてきた地でもあります。
 フォーラム開会式で中国側委員長の劉徳有さん(中日友好協会理事)が、「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国だった」と暗唱して会場を驚かせたりもしたのですが、まずは川端康成の『雪国』の舞台は新潟県湯沢町と言われています。
 そして『大漢和辞典』編纂に生涯をかけて取り組み、世界最大の漢和辞典編纂という偉業を成し遂げた諸橋轍次は新潟県の出身です。また、奈良時代以降、佐渡には遠流の地として順徳上皇・日蓮・世阿弥など、政争に敗れた文化人や知識人、貴族階級者などが流されました。彼らが伝えた都の文化・思想・建築・芸術・芸能は今も佐渡に残り、例えば日本国内にある能舞台の3分の1が、実は佐渡に集中しているなど、佐渡には往時の文化が豊かに残っています。

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新潟空港のステンドガラス「佐渡ものがたり」(日本側委員の一人、宮田亮平さんの作品)



新潟・佐渡から発信する地域文化と国際交流の可能性
 そして、新潟・佐渡には今年のフォーラムのテーマである「地域文化と国際交流の促進」の成功例があります。十日町・津南地域で開催される「大地の芸術祭」と、佐渡市の和太鼓集団「鼓童」が地元で開く「アース・セレブレーション」は、地域固有の豊かな自然・文化と国際交流が見事な相互作用を見せて、地域活性化などの点で多くの効果を生んでいます。例えば、国際芸術祭「アース・セレブレーション」の構想について計画者の河内敏夫氏は下記のように述べています。

 「佐渡の自然を舞台に、世界の音楽・人間交流を通じて、地球共同体のきずなを強める試みをしたいと思います。そして、相互理解の中から新しい地球文化を築きあげ、人間が人間として生きられる世の中に、一歩でも近づけたいと思います。」(河内敏夫「季刊鼓童1983年秋」)

 これはまさにフォーラムのテーマを体現したものに他なりません。これらの2つの事例はフォーラム中の会議で紹介され、中国や韓国の参加委員たちからも「大変参考になる」「自国でも開催したい」との声が出ていました。

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「大地の芸術祭」について本会議で紹介する小倉和夫さん(日本側委員長、国際交流基金顧問)



誇るべき地方の文化の奥行きの深さと受け継がれていく伝統
 今回のフォーラム及び文化イベントで特筆すべきは、佐渡市の金井能楽堂で行われた市民の方々との交流会についてです。この交流会では、佐渡の伝統芸能・鬼太鼓(おんでこ)や能の披露とともに、佐渡市立相川小学校児童による3カ国共通曲「わたしは未来」の合唱が披露されました。

 この交流会に、プロフェッショナルに活動する芸術家ではなく、あえて児童や生徒など若い市民に参加してもらったのは、京都や東京から遠く離れた佐渡という離島において、伝統芸能や文化芸術というものが一部の人だけにではなく、一般市民にも広く親しまれているということ、またそれを大切にする市民の手によって着実に次世代に引き継がれている様子を中国・韓国の方々にも見ていただきたかったからです。その意味において、公民館でありながらも能舞台を備えている金井能楽堂は、いかに佐渡市民の間に能が浸透しているかを示すものと言えます。

 最初に子どもたちが元気に鬼太鼓を踊り出した時、ぱっと明るい空気が流れ、それを鑑賞している中国、韓国、日本のフォーラム参加委員たちの顔に笑顔が溢れました。その瞬間、市民の持つ力と佐渡の文化の魅力を存分に伝えられたと感じました。
 また、プロにも劣らない気迫に満ちた新潟県立佐渡高校の生徒らによる能の舞は、その迫力と美しさで観客を魅了しました。そして、最後に3カ国共通の歌を、日本語、韓国語、中国語とそれぞれの言語で合唱することで、日中韓3カ国が一つになれたような一体感が生まれました。

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新潟県立佐渡高校能楽部の生徒たちとの記念撮影(於:金井能楽堂)

このように、佐渡の市民が参加した文化交流は、中国、韓国の委員たちにも深い印象を与えたようです。両国の委員長がフォーラムの最後に読んだ詩をご紹介します(訳は筆者)。


海渡る
佐渡の心の
土産かな

小倉和夫


乘风渡重洋
佐渡民心深似海
情意赛长江

訳:風に乗って遠い海を渡る 佐渡の民の心は海のように深く その情は長江に勝る
(意訳:海を渡って佐渡に来た。佐渡の方々の友情は海のように深い。我々の友情が長江流れのように永遠に続きますように)

劉德有(中日友好協会理事)


숲에 따오기 날고
땅에는 가슴뛰는 북소리
어린이의 미래 여는 사도의 마음

訳:森にトキが飛び 地では心を打つ太鼓の音 子どもの未来開く佐渡の心
(意訳:森ではトキが飛んでいるのが見えた。大地では鼓童の太鼓の演奏に心を打たれた。子どもたちの未来を開く、佐渡の人々の心はなんと素晴らしいことか。)

鄭求宗(韓日文化交流会議委員長)


 このように、第9回日中韓文化交流フォーラムは終始和やかで友好的な雰囲気で成功裡に日程を終えました。フォーラム開催にあたり、主催者としては、やはり日本と中国、韓国との二国間関係が順調とは言えない環境下での開催は、運営の様々な場面で不安に感じることも少なからずありました。
 しかしながら実際は、心配していたような問題は全く起きず、スムーズに進めることができました。これもひとえに開催を引き受けてくださった地の関係者の方々のご協力のおかげです。特に、新潟県・新潟市・佐渡市の各自治体の皆様には多大なご協力をいただきました。この場を借りて御礼申し上げたいと思います。

 歴史認識問題や領土問題という難しい問題が横たわる日本、中国、韓国の3つの国の間では、政治や外交関係の変化が相互に国民感情を傷つけたり、民間交流にも影響を与えがちです。それにもかかわらず、「どんな状況でも交流を途切れさせない」という日中韓3カ国の運営委員たちの強い思いにより、このフォーラムは尖閣諸島問題で日中関係が悪化した2012年の苦境をも乗り越え、9年間に渡って毎年連続して開催し続けることができました。この意義はとても大きいと思います。

 文化交流の究極の目的は、対話により相互理解を深め、尊重しあうことを通じて、紛争を未然に防いだり、紛争を解決する道を開くこと、つまり平和な世界の維持・構築だと考えます。東アジア、特に日中韓3国の関係が不安定な今だからこそ、多方面での交流を促進し、問題解決にむけて知恵を出し合うべきだと思います。その一翼を担えるように、今後より一層有意義な交流事業を創っていきたいと思います。

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車窓からの五重塔(佐渡市・阿仏房妙宣寺)

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小倉地区こども鬼太鼓育成会のこどもたち一人ひとりとハイタッチする宮田亮平さん(撮影:仙波志郎)



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