雑誌『をちこち(遠近)』
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私たちが目指すのは、領土問題で軍事衝突を起こさないという合意づくり

工藤泰志(認定NPO法人 言論NPO代表) 



 日中関係は再び、かなり深刻で騒然とした状況に陥っている。日本政府の尖閣諸島の国有化決定は、中国国民の対日感情をさらに悪化させ、中国全土に対日デモが広がり、暴徒化した中国人の日系企業への襲撃も起こっている。
 再び、と書いたのは、7年前、つまり2005年に全く同じような状況を私自身、中国で経験したことがあるからだ。
 当時も主要都市にデモが広がり中国の党の指導部は手分けして、若者の説得に飛び回っていた。その時に私は単身で北京に渡り、国民感情のこうした対立を、民間の対話で乗り越えようと訴えた。
 言論NPOがその時に北京で立ち上げたのが「東京-北京フォーラム」である。この民間対話はその後、北京と東京で毎年交互に行われ、今では両国を代表する公共外交の舞台にまで成長した。そして今、私たちは再び、その覚悟を問われる、極めて重要な局面に立たされている。この時点ではっきりと言えるのは、私たちも原点に立ち戻り、この事態の解決に立ち向かわなくてはならない、局面だということである。


外交の空白を埋めるための民間対話

 最初に断っておくと、私たち、言論NPOは中国との友好を目的とする非営利組織ではない。一言で言えば、議論の力で日本の民主主義を強いものにするため、政府の政策評価や日本の課題解決のための議論を行う、日本で唯一の中立・独立のネットワーク型のシンクタンクである。
 その私たちが、中国との対話に乗り出したのは一つの明確な問題意識があったからだ。
 7年前、中国で広がる反日行動を見て、こうした状況を誰が立て直すことができるのか、と悩んだことがある。
 当時は政府間の交渉は途切れ、経済界はビジネス上の影響を回避するため発言を避け、多くの友好的な交流事業は中止に追い込まれた。メディア報道は相手の行動を刺激的に描くことで、両国民のナショナリズムを煽るだけである。
 そこには完全に外交というものの空白があった。その空白を埋めるために、この二つの国の課題解決に向かい合う、新しい民間レベルの対話が必要と考えた。
 私たちは両国の世論調査を毎年共同で行い、その結果をもとに両国の安全保障や政治、経済上の課題に関して毎年公開された対話を本音ベースで行う。そこには両国を代表する有識者が集まる。
 私が原点に立ち戻らなくてはならないと申したのは、この対話を立ち上げた頃と全く同じ空白が、まさに今、両国間に広がっているからだ。


尖閣問題の背景になる相互理解のギャップ

 今回の尖閣問題自体は、不安定な両国の国民感情がある中で石原都知事の尖閣諸島の購入発言がそれを挑発する形になった。だが、対立をここまで加熱させる背景には、両国民間の相互理解やコミュニケーションのギャップが色濃く存在していると私は考えている。
 日本政府には、すでに尖閣は日本が実効支配しており、国有化は石原都知事の行動の混乱を回避するためとの言い分がある。しかし、中国政府には、国交正常化の際の尖閣諸島の暗黙の合意、つまり当時の中国側の指導者が提案した領有権問題の棚上げ、つまり現状維持を踏みにじったと映る。しかも、国有化の事実が日本の新聞で報道されたのはかっての盧溝橋事件の7月7日という事情も加わった。中国国民には日本が実効支配をしている事実すら知らない人も多く、日本側が一体となって国有化という形で実効支配を強めたと感じた人も多かったに違いない。
 さらにその奥底を覗けば様々な要因が重なって見える。
 例えば、両国政府の国交正常化の過程は極めて暗黙の合意が多く、この領土問題を棚上げにしていることすら解釈がことなっていること、中国の統治が国内の問題を外に向けるため愛国主義を利用してきたこと、さらに経済や軍事面で大国化する中国との共生の道筋を日本政府が提起できず、腰が定まっていないこと、そして大国化する中国の行動に国民が不安を抱き始めている構造も見え隠れする。
 こうした複雑に見える問題も、結局は相互理解やコミュニケーションのギャップの問題なのである。


中国にも多様な意見が存在する

 今年の「第八回東京-北京フォーラム」は7月1~3日に東京で行われた。その前に公表した日中共同世論調査で私が注目したのは二つの点である。
 調査では現状の日中関係に対する両国民の認識は悪化し続け、特に中国に対してマイナスの印象を持つ日本人は84%にまで膨らんだ。日本のマスコミ報道ではこの84%という数字だけが一人歩きしたが、私が気になったのはむしろ、今の日本の社会体制を「軍国主義」と見ている中国人が増加し、半数を越えたことである。
 ちょうど、調査の直前に東京都の石原知事が尖閣諸島を東京都が購入する私案をワシントンでぶち上げている。その発言が調査に反映したのは間違いない。

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中国に対してマイナスの印象を持つ日本人は84%にまで膨らんだ。

 しかし、こうした発言が軍国主義という極端な印象に変わるのは、構造的に日本に対する基礎理解ができておらず、それらを一方的に報道するメディアに多くの中国人の意識が影響を受けている、からである。この構造は日本も基本的に同じである。つまり、隣国の相互理解とは未だにその程度なのである。
 ただ、もう一つ私たちが考えなくてはならないのは、中国人の尖閣諸島の問題に対する認識である。
 今回の調査では中国側の調査担当者と交渉して、設問に尖閣諸島を初めて取り入れた。その設問では「日中間に領土問題が存在する」と答えたのは日本人の方が中国人よりも多いという結果となったが、領土問題があると答えた中国人の8割近くが、政府間の交渉や当面の棚上げで対立の激化を避けるべきと回答しているのである。
 こうした調査での認識と、現在デモに参加する中国人のどちらが本当の中国人なのだろうか。どちらも本当であるが、ここではっきりと言えるのは、中国にも冷静で多様な人が存在するということだ。そして、冷静な人たちは、この騒動が最悪な事態につながらないように、次のアクションを間違いなく期待していると私は考える。

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2012年7月2日午前に「世界と未来に向けた新しい日中関係―国交正常化40周年を踏まえ新しい日中関係を考える―」のテーマで開催された全体会議。明石康(公益財団法人国際文化会館理事長、元国際連合事務次長)、王晨 (中国国務院新聞弁公室主任)、福田康夫(元内閣総理大臣、ボアオ・アジア・フォーラム理事長)、曾培炎(前副総理)の4氏による基調講演のあと、宮本雄二(宮本アジア研究所代表、前駐中国特命全権大使)と王一鳴( 国家発展改革委員会マクロ経済研究院常務副院長)両氏の司会によりパネルディスカッションが行われた。討論者は、長谷川 閑史(公益社団法人経済同友会代表幹事)、林芳正(自由民主党政務調査会長代理、参議院議員)、細野豪志(環境大臣、原子力発電所事故収束・再発防止担当大臣、内閣府特命担当大臣<原子力行政>)、趙啓正(全国政治協商会議外事委員会主任)、吕祖善(全国人民代表大会財政経済委員会副主任委員)、魏建国(中国国際経済交流センター副理事長兼秘書長)の各氏

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同日の午後は、政治、安全保障、経済、メディア、地方の5つのテーマで分科会が開催され、日中各界の討論者が議論、対話を行った。(写真は、安全保障対話のようす)



なぜ、「東京コンセンサス」を公表したか

 今年の「東京-北京フォーラム」では両国から政治家や政府、軍関係者、ジャーナリスト、経営者、学者、地方首長など100人を超す有識者が集まり、のべ2,800人を超す参加者が、安全保障や政治、経済、地方、メディアの5つの分科会で議論に参加した。
 私も安全保障対話をインターネットで傍聴したが、領土問題で主張が対立すると、「我々は困難を乗り越えるために集まった。それこそ東京-北京フォーラムの役割ではないか」という声が、日本側からも中国側からも飛び交う。そうした声の全てが両国政府に届くわけではないが、明らかに対話の力が深く、本音レベルになっている。
 今年の対話で、私たちが中国側と合意していたのは、二つの点である。
 国交正常化40周年の今年の対話は、将来に向けて障害を克服すること、そして対話の結果を「東京コンセンサス」として内外に公表することである。
 両国間の障害として私たちが位置づけたのが、国民感情の悪化と尖閣諸島の問題である。
 「東京コンセンサス」は5つの分科会の内容を踏まえて、私が一気にまとめたものである。フォーラムで、両国の参加者の合意を宣言として公表するのは、今回が初めての試みである。だが、両国の参加者が宣言をし、そして行動の方向を示すことが、何よりもこの局面で大事なことだと私たちは判断したのである。

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第8回、東京-北京フォーラムは2日間にわたって東京で行われ、政治経済、安全保障、地方、両国民間の感情の相違に関して総勢で約100人の両国の有力者、有識者が議論に参加した。その議論をまとめた合意として、日中の民間による日中関係発展への提案、「東京コンセンサス」として提唱した。



民間レベルで尖閣問題の協議を合意

 東京コンセンサスでは、①現実に存在する課題に一喜一憂するのではなく、長期的に共生し栄える道を探り合い、揺るぎない信頼関係を構築するという究極の目的を見失わず、実際的な解決策を探るための真摯な努力を惜しまないこと、②民間の様々な交流や対話は政府外交を補うものであり、むしろ私たちは政府外交が達成できないことについても一歩や半歩先んじた議論を行い、課題や障害を乗り越える役割を担っていく、ことの決意を示した上で、尖閣諸島問題に関する二つの提案を行っている。
 一つは、まず日本と中国の両政府に、対立や衝突が顕在化しないように早急に危機管理と事態冷却の強固なメカニズムを構築することを要請すること、二つめとして、私たちは領土などのデリケートな問題で両国民間の感情的な対立がさらなる悪化になることを防ぐため、議論を継続的に行うと同時に、こうした障害を乗り越えるための共同研究を進め、次回のフォーラムに報告することでも合意した。
 日中の民間レベルでこの尖閣問題での会議を設置することがここで固まったのである。


領土問題で軍事衝突は起こさない

 その後の日中関係の経緯を見れば、この対話が結果的に日中関係の悪化を押さえ込むことができなかったことになるが、ここでの民間レベルの合意は蜘蛛の糸のような可能性を持っている。問題はこれをどう活かして、日中の対立が最悪な局面に向かわないようにできるかである。
 これが極めて困難な作業であることは、私たちも十分に知っている。日中の尖閣問題の対立はその領有問題だけではなく、その背後に大国化する中国との共生という大きな問題がある。そこではお互いの違いを認めながらも、共通利益を拡大できるそうした次元の高い交流が不可欠になる。
 日本政府はこの尖閣で領土問題は存在しない、という主張を貫いている。主権国家である以上、自国の領土にこだわるのは私も理解できるし、それが国家の役割である。しかし、この論理を双方が言い合う限り、政府レベルでの領土紛争の解決はかなり困難である。双方が主権の管理にこだわったら、衝突しかない。
 私は政府レベルでの領土問題の解決は現状では困難だと感じている。解決ができるとしてもかなり時間がかかるだろう。膠着関係を緩和するためにも、私たちが東京コンセンサスで提案したように、政府同士の対話とは別のチャネルが必要である。尖閣問題を一度、政治から切り離し、お互いが一度頭を冷やし、将来的にこの問題をパンドラの箱に入れ直す努力を行うしかないと考える。
 日中が領土問題で対立を深める中で今、必要なのは別の目標だと考えている。それはこの領土問題で、軍事衝突は絶対起こさないという合意である。
 そうした多国間の民間の合意作りにまず言論NPOは民間の立場から取り組むつもりである。





chaina-goui04.jpg 工藤泰志(くどう やすし)
1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒業。東洋経済新報社で、『金融ビジネス』編集長、『論争東洋経済』編集長を歴任。2001年10月、既存のメディアが果たしていない責任と質の伴った議論の舞台をつくる目的で、中立・独立した非営利のシンクタンク「特定非営利活動法人言論NPO」を立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価の実施、様々な政策議論を行う。2005年には中国との民間対話の舞台である「東京-北京フォーラム」を発足。また、2012年3月に米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界19カ国のシンクタンク会議の日本側の代表に選出される。




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