雑誌『をちこち(遠近)』
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南米に琉球の新風を感じて ~琉球芸能南米巡回公演事業報告~

加藤 大介(文化事業部 米州チーム)




ブラジル編

 ボリビアもブラジルも沖縄県と縁の深い国である。例えばボリビアには、コロニア・オキナワ(沖縄移住区)という名の街が存在する。沖縄の良き文化を今なお継承する街である。沖縄県の人々がコロニア・オキナワに移住したのは今から60年前。本事業は、その移住60周年を記念するとともに、日本とボリビアの外交関係樹立100周年を記念するために企画・実施された。またブラジルのサンパウロにも、多くの沖縄県出身者が住んでおり、来年は日本とブラジルの修好120周年でもあることから、ブラジルにおいても本事業を実施することとなった。

 本事業の実施にあたって、当基金と共催していただいたのは、国立劇場おきなわである。沖縄県の芸能を普及・承継していくために事業を展開しており、2014年で開場10周年を迎えた。劇場においても記念事業が目白押しでとても忙しい時期であったが、芸術監督である嘉数道彦氏をはじめ「関係者の皆様に」本事業の意義に共感いただき、今をときめく若手の団員を中心とした11名にボリビアとブラジルの各都市で琉球芸能を披露していただけることとなった。

 2014年8月17日出発当日。集合は早朝6時15分、那覇空港。11名の団員全員が海外に慣れているわけでもなく、片道30時間の長旅である。団員の皆さんに若干の不安と緊張の色が見え隠れする。出発前には、故郷の味を忘れまいと全員沖縄そばを召し上がっていたことが印象的だった。何とか長時間のフライトを終え、サンパウロに到着した。驚いたことにサンパウロで活躍する若手舞踊家の斎藤悟さんが朝5時にも関わらず、空港までお迎えにきてくださった。2年前にサンパウロを訪れたことがある嘉数さんや立ち方(踊り手)の阿嘉修さんも斎藤さんとの久しぶりの再会を喜び、その他の団員も驚き、喜んでいた。

 サンパウロに日系人が多いことは先程述べたが、公演会場は多くの日系人や沖縄県出身の観客で会場は満席となった。チケット配布から1時間と経たないうちにチケットがなくなった!ことを踏まえると、本事業の注目度の高さが伺える。公演終盤は観客全員が総立ちとなり、暖かい拍手を団員に送った。大きな声援は公演団員の胸にも深く届き、立ち方の佐辺良和さんも「涙が出るほど嬉しかった」と感動の声をあげていた。公演終了時には、ご高齢の女性が立ち方の宮城茂雄さんに会いたいと受付にお越しになり、よくよく話を聞けば、宮城さんのご親戚のお知り合いでいらっしゃるとのこと、今日会わないともう会えない可能性もあるから、挨拶だけでもしたいとのことであった。宮城さんとの出会いが叶い、その方もとても嬉しそうな笑顔で帰って行かれた。サンパウロには日系人や沖縄県出身の方が多いからこそ起きた素敵な出会いであった。

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観客全員が総立ちとなり、団員に拍手を送る様子

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(左)入り口の長蛇の列、(右)観客も一緒に踊る

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(左)当日のパンフレット、(右)サンパウロに到着した琉球芸能南米巡回公演メンバー

 リオデジャネイロは、サンパウロとは打って変わって日系人はそれほど多くない。会場は、ブラジルを代表する劇場のシダージ・ダス・アルテス。フランス人建築家クリスチャン・ド・ポルザンパルクの設計によるコンクリート作りの巨大な劇場は、団員にとっても圧巻の一言。日本や沖縄のことをほとんど知らず、日本語もわからない観客を前にどこまで良い反応を得ることができるか、リオデジャネイロでの公演は団員にとって大きな挑戦であったが、蓋をあけてみれば会場は満席となり、言葉が通じなくても団員のコミカルな動きと優美な舞に客席からは笑いや拍手が溢れる公演となり、公演終盤には、サンパウロ同様スタンディングオベイションの波が客席に広がった。リオデジャネイロの公演の成功が、次なる訪問国ボリビアへの公演団員の自信と期待にもつながった。

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真剣に公演に見入る観客


ボリビア編

 無事ブラジルでの公演を終えて、コロニア・オキナワに到着した。コロニア・オキナワの入り口では「めんそ~れ オキナワへ」と書かれた看板が人々を出迎える。めんそ~れとは「いらっしゃい」の意味だが、看板が掲げられていることに団員全員が驚きの声をあげたとともに、カメラの手放せない瞬間となった。コロニア・オキナワはこれまでの賑やかなサンパウロやリオデジャネイロと異なり、自然の多いのどかな街である。公演もシニアの方や家族連れの方が多く、とても穏やかな雰囲気となった。小学校で実施したワークショップでは、三線や琉球舞踊を学校で習っている児童生徒に指導を行い、子どもたちの熱心な姿に、指導に当たった地謡の仲村逸夫さんや玉城和城さんも自然と頬がゆるんでいた。

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(左)観客のおじいさまとのふれあい、(中)親子と一緒に踊る様子、(右)握手でお客様をお見送り

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(左)小学校で実施したワークショップ、(右)児童生徒への指導

 サンタクルス。日系人もあまりいない都市で400席の会場。団員の間からも「本当に埋まるかなぁ」という不安の声が漏れる。サンタクルスではメディアでの広報に力を入れるべく、テレビ出演の機会も設けた。海外で初めてのテレビ生放送に参加するとあって、自然と団員のテンションも高まる。立ち方の新垣悟さんは番組の司会に大変気に入られ、司会からスペイン語で一方的に話しかけられ、新垣さんはきょとんとしていたが、それが視聴者にはとても面白かったらしく、控え室にいたボリビア人の方々も大笑いしていた。人気番組ということもあり、とても良い宣伝となったようだ。開場前には受付に長蛇の列ができ、400席の会場に600人以上の人々が詰めかけ、立ち見まで出る大盛況の公演となった。運営面においても二階堂行盛さんをはじめとした現地の学生の皆さんの大活躍により、滞りなく公演を行うことができた。

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(左)一緒に踊る観客の様子、(右)取材に応じる芸術監督の嘉数道彦氏

 公演の千秋楽はラパスである。ラパスの様子は出発前からいろいろと聞いていた。ボリビアの首都でありながらも、標高が4,000m近い都市である。過去高山病になった訪問者も多いと聞き、団員も不安の色を隠せなかった。ラパスに向かう2日前から、高山病予防薬を飲むものの、薬が効くかどうかもわからず、ただ無事を願うばかりであった。ラパス到着後、公演団の縁の下の力持ち、舞台監督の中村倫明さんも到着日の夜は頭痛で眠れず、急遽日本から持参した頭痛薬を飲んで何とか痛みを乗り越えた。しかし、さすがはプロである。団員の皆さんは満身創痍になりながら、酸素ボンベを吸いながら公演を無事終了させた。実は、ラパスの公演日は嘉数さんの誕生日であった。在ボリビア日本国大使館の方々が嘉数さんのためにケーキやサプライズパーティを用意してくださった。いきなりのケーキ登場に驚く嘉数氏。終演直後、レセプション会場に集まった多くの観客が一斉に英語とスペイン語でハッピーバースデーの歌を歌ってくださった。団員一同、千秋楽を祝い、標高の高い山ではあまり飲んではいけないお酒を飲んでしまい、満足気に顔を赤らめていた。

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(左)酸素ボンベ吸いながら公演に望む様子、(右)サプライズの誕生日ケーキに驚く嘉数氏

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(左)コミカルな演技で会場を沸かせる、(右)美しい舞を披露

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高山病を乗り越え、無事に千秋楽を迎える

 ブラジル、ボリビアの各都市に特徴があり、それぞれ全く異なった雰囲気の中で公演が行われたが、どの会場においても多くのお客様に温かく迎え入れられた。本事業を通じて、ブラジル、ボリビアと日本の間に交流の虹がかかったことを切に願う。(事実、私たちが那覇に到着すると、大きな虹がかかっていた!)



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