アジアの絆を強くする。 "日本語パートナーズ" 派遣事業 インドネシアでの展開

高橋 裕一(アジアセンター日本語事業チーム長)



「アジアの絆を強くする。」

アジアの絆を強くする。
これは、国際交流基金アジアセンターのミッション(使命)です。
 2013年12月に実施された日・ASEAN(東南アジア諸国連合)特別首脳会議において日本政府が新しいアジア文化交流政策「文化のWA(和・環・輪)プロジェクト ~知り合うアジア~」の実施を表明したことを受け、同政策に基づく国際文化交流事業を行うための部署として、2014年4月1日、国際交流基金は新たに「アジアセンター」を設立しました。「文化のWAプロジェクト」は、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年を目標に、東南アジアを中心としたアジア諸国と日本との文化交流を抜本的に強化することを目的としています。大きな柱は次の二つです。

●"日本語パートナーズ"派遣事業
 ASEAN諸国の主として中等教育機関で学ぶ日本語学習者や現地日本語教師の「パートナー」となる人材を日本から派遣し、現地で日本語学習支援と日本文化紹介を行う。
●芸術・文化の双方向交流
 日本とASEAN諸国のアーティスト同士のつながりやネットワークを強化し、お互いを知っていくことで芸術分野の人材育成や、有形・無形の文化遺産の保存、継承のための協力を行う。

 これらの事業はいずれも日本語、日本文化を一方的に発信するのではなく、それぞれの国や人と向き合い、相手のアイデンティティを尊重しながらお互いに学びあう、双方向的な交流を行うことを目指しています。日本・ASEANの友好協力関係が始まって2013年に40周年を迎えました。本事業は、この40年間で築き上げた日本とASEAN諸国の関係をより深め、「アジアの絆を強くする」ための事業と位置づけています。

 アジアセンター設立と「文化のWAプロジェクト」実施開始から1年が経過しようとしている今、ここでは主に"日本語パートナーズ"派遣事業の概要や実施状況、さらに今後のインドネシアでの展開について紹介します。



"日本語パートナーズ"派遣事業の背景にあるもの

 近年、アジアにおける日本語学習者は飛躍的に増加しています。なかでも、東南アジアの初等・中等教育機関(小学校・中学校・高校)で学ぶ学習者の増加は顕著です。(図1)
 以下、国際交流基金が定期的に行っている全世界の日本語教育機関の状況調査、「日本語教育機関調査」の結果より考えてみます。

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(図1)東南アジア地域の日本語学習者数の推移

 この背景には、特にインドネシアでの学習者数が短期間に非常に大きな割合で増加したことがあると考えられます。(図2)
 インドネシアでは、2006年に中等教育カリキュラム改定が行われ、第二外国語の選択科目に日本語が加えられ、日本語を選択履修する生徒が非常に多くなったことで、日本語学習者数が飛躍的に増加しました。2012年の調査では約87万人となりましたが、これは全世界の日本語学習者(約399万人)の2割強を占め、中国に次いで世界で2番目に学習者数が多い国となりました。
 しかしながら、学習者数の増加に比べると日本語教師の数は、同じように大きな割合で増加することはなく、1998年からのインドネシアにおける学習者数と教師数の推移みると、両者の間の差は2006年以降、より大きくなっていることがわかります。

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(図2)インドネシアにおける日本語学習者数と教師数の推移

 また、この調査では、日本語教師不足の状況のほかにも、さまざまな日本語教育上の問題点(図3)を報告しています。

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(図3)インドネシアにおける日本語教育上の問題点(一部項目抜粋)

 表1は、中等教育における地域別教師数と、その数のうち日本語を母語とする教師数がどのくらいの割合であるかを調査した結果です。インドネシアをみると、中等教育での日本語教師数は韓国に次いで2番目に多いにもかかわらず、そのうち日本語を母語とする教師の割合は非常に低いことがわかります。インドネシアの「学習者不熱心」という項目は、前回調査(2009年)と比較して約8%増加していますが、その背景にはせっかく日本語を勉強しても日本人を相手に話す機会が限られているため、学習意欲を維持することが難しいことも理由のひとつと考えられます。

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表1

 加えて、「日本の文化・社会の情報不足」という項目も前回調査時からの改善が見られず、「教材・教授法情報不足」は約8%増加しています。語学学習とその言葉の背景にある文化をあわせて学習することは切り離せないものですが、インドネシアでは経験、知識が豊富なインドネシア人日本語教師が活躍している一方で、来日経験がなく日本語や日本文化の知識がまだ十分でない教師や教授法に自信がない教師が、同国の教育カリキュラムをこなすうえで必要に迫られ日本語教師として授業を行っている場合も少なくありません。
 外国語学習は、明確な目的とその言語への興味・関心がなければ、成人の学習者であっても継続することは困難です。インドネシアをはじめとする東南アジア諸国の日本語学習者は、他地域と比べても初等・中等教育で学んでいる層が厚く(図1)、さらに今後も増加傾向にあることから、それぞれの国と日本との将来を担う彼らが、高い学習意欲をもつこと、そのために日本語を母語とする教師の日本語や日本文化にふれる直接の機会をつくることは、東南アジア諸国の日本語教育の喫緊の課題となっています。
 しかしながら、東南アジア諸国の学習者と学習機関の数は非常に多いため、この数に対応して専門の日本語教師を派遣することは非常に困難です。さらに、「文化のWAプロジェクト」が完了する2020年以降も現地の日本語教育が自立的に継続、発展していくためには、現地の日本語教師が主体となることが重要です。
 そこで、「日本語教師ではないが、日本語母語話者として現地日本語教師の支援を行うことができる人」「日本文化紹介等を取り入れた交流活動ができる人」「派遣された国や地域の人々との交流を通してお互いの文化を学びあい日本とアジアの架け橋のような存在になれる人」、といったイメージを"日本語パートナーズ"の活動や役割として設定し、事業の制度や応募の仕組みなどを整えました。
初年度である2014年度は、インドネシアへの派遣を含め、他4か国(タイ、フィリピン、ベトナム、マレーシア)に計100名の"日本語パートナーズ"を派遣しました。



"日本語パートナーズ"がつなぐ、日本とアジア

 派遣された"日本語パートナーズ"は、現地でどのような活動を行っているのでしょうか。"日本語パートナーズ"が担う活動の内容は、主に次の3点としています。

●現地日本語教師のアシスタントとして、日本語の授業をサポートする。
●派遣先の学校の生徒・地域の人たちへの日本文化紹介を通じた交流活動を行う。
●"日本語パートナーズ"自身も現地の言葉や文化について学びを深め、SNS(ソーシャルネットワークサービス)等を通じて情報発信や交流を行う。

 "日本語パートナーズ"は、選考を通過し内定した後、約1か月間の「派遣前研修」を修了することが派遣の条件となっています。この派遣前研修では、派遣先国の言語を学習するほか、生活事情、宗教、日本との関係等の基本的な知識を学びます。また、現地日本語教師にどのようなサポートをすれば効果的で楽しい授業ができるかといった、日本語学習支援を行ううえで必要となる知識やアイディア等を実習も交えて身につけます。なかには、日本語教師経験がある"日本語パートナーズ"もいますが、自分が主体的に授業を行うのではなく、現地日本語教師が行う授業をサポートする立場であることを認識し、効果的なサポートの方法(チーム・ティーチングの方法等)を学ぶこととなります。日本語教育の知識や経験がない場合は、現地の日本語教育事情に沿ってどのような日本語学習支援を行うことができるかを考えながら学びます。
 また、現地では日本文化への関心が高いことを受け、"日本語パートナーズ"たちは自身の特技や趣味などを最大限活用し、積極的に日本文化の紹介を行っています。季節の行事や出身地、観光地など日本の地理に関する紹介のほか、茶道、書道、ちぎり絵、寿司作り、浴衣の着付け、よさこい等体験型の文化紹介も行っています。
 なかでも1月下旬にジャカルタ首都圏のある高校で開催されたイベント「Bunkasai」(文化祭)には、"日本語パートナーズ"も参加協力し、現地日本語教師とともに会場を盛り上げました。このイベントは、日本語を勉強している学生を対象としたイベントで、生徒たちによる日本語スピーチ、朗読、プレゼンテーション、漫画、カラオケ等のコンテストが行われました。また、"日本語パートナーズ"によるワークショップコーナーもあり、参加した生徒や現地日本語教師にたいへん好評を得たとのことです。

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(左)「Bunkasai」ステージ上で特技の弓道を披露する"日本語パートナーズ"
(右)ちぎり絵の年賀状制作体験。和紙に似た素材を現地で発見して利用。


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(左)日本語の授業では日本の年中行事や文化もあわせて学べるよう工夫している。
(右)浴衣の着付け体験に笑顔の生徒と"日本語パートナーズ"


 現地での活動や人々との交流を、SNSを通じて現地や日本に向けて情報発信を行うことも、"日本語パートナーズ"の活動のひとつとしています。こうした情報発信により、"日本語パートナーズ"の活動を一層多くの人に理解を深めてもらい、これまで東南アジアに縁遠かった人たちにも身近に感じさせるきっかけになることを期待しています。



今後の展開

 "日本語パートナーズ"派遣事業について、日本政府は「文化のWAプロジェクト」実施表明の際に「2020年までに3,000人の"日本語パートナーズ"を派遣する」ことを発表しました。この3,000人のうち、インドネシアへの派遣は約2,000人を予定しています。これは、3,000人の"日本語パートナーズ"をASESAN諸国のそれぞれの日本語学習者数に比例して派遣することを試算した結果、インドネシアの学習者数が突出して多いという理由からです。
 インドネシアにおける"日本語パートナーズ"派遣事業は、2014年度派遣の1期(25名)、2期(23名)はジャカルタ首都圏(ジャカルタ特別州、ボゴール、デポック、タンゲラン、ブカシ、バンテン)を中心とした派遣先から開始しましたが、続く2015年度の3期、4期の派遣先には1期および2期がすでに派遣された学校への再派遣以外にも、東ジャワ州、中部ジャワ州(スマランおよび近郊)にも広げていきます。さらに、2016年度派遣の5期以降は、北スマトラ州(メダンおよび近郊)、バリ州(デンパサールおよび近郊)、南スラウェシ州(マカッサルおよび近郊)、西スマトラ州(パダンおよび近郊)と段階を経てインドネシア全土に展開することを予定しています。
 "日本語パートナーズ"派遣事業では、満20歳から満69歳までの方を対象に募集を行っています。これまでの応募者層で多かったのは、現役の大学生・大学院生、そして50~60代のシニア世代でした。現役学生の応募動機で多かったものは、インドネシアをはじめ東南アジアに関心があるから、あるいは、将来日本語教師になることを目標としているので現地でのアシスタント経験を得たいため、といったものでした。これに対してシニア世代の応募者は、長い社会人経験や東南アジアでの滞在経験を活かして社会貢献がしたい、現役時代にお世話になった東南アジアの人々に恩返しがしたいとの考えが多く見られました。
 現地で活動を行っている"日本語パートナーズ"に対して派遣先での生活や活動について聞くと、一様に「得がたい経験をしている」との声が上がります。留学・インターン、旅行などでの滞在とは異なるかたちで、より現地社会に深く入り込んで生活することは、時に困難な点もありますが、相手国の人々や文化を身近に感じながら、やりがいを実感できるとのことです。  "日本語パートナーズ"が、インドネシアをはじめとする東南アジアの国々で出会う人々とお互いの理解を深めることで、同じアジアに住む「隣人」である私たちが「かけがえのない友人」となり、これまで以上に強い絆で結ばれることを願ってやみません。

※"日本語パートナーズ"派遣事業の詳細な情報(募集について、説明会開催等)は、国際交流基金アジアセンターウェブサイトFacebookページをご覧ください。

(『月刊インドネシア』2015年3月号より転載)



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