雑誌『をちこち(遠近)』
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六、常夏の国で冬の人情噺をやってみたんです

立川志の春




お暑うございますがいかがお過ごしでしょうか。

夏ですね。この季節、我々落語家はの着物を着ますが、それでもやはり暑いです! 
見た目はスケスケで涼しげなんです。でも羽織も合わせると4枚重ね、私のようなぽっちゃり体型だと贅肉も合わせて5枚重ねになってますからね、たまらないです。
ビバ新陳代謝! そして、洗える着物、万歳!

そんな中、ヤケクソというわけではありませんが、もっと暑い常夏の国、赤道間近のシンガポールへ行ってきました。半年に1度のペースで続けてきたシンガポール公演、今回で7度目でした。

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6月19日、シンガポールでの英語落語公演にて、現地イベント会社のスタッフの皆さんと。

今回の裏テーマは「もっとシンガポールに溶け込む」ということで、公演前に現地の床屋さんで髪を切ってきました。「現地に溶け込むためには現地の床屋で髪を切れ!」とは、私の祖父が常々言っていた言葉です。

というわけで、床屋さんがずらりと軒を並べていると噂のインド人街に行ってきました。面白いことに、シンガポールの床屋さんは切った髪の毛を片付けないそうです。なぜかというと、床に髪の毛が残っているということは、それだけお客さんが来てるんだということですから、「うちは繁盛しているんだ!」というアピールになるんですね。

ようし、じゃあ、一番髪の毛が残ってるところにしようと、見つけてきました。「スーパースターヘアカット」という、名前もバッチリな床屋さんでした。本当に落ちてました、髪の毛。それもインド人街ですからね、お客さんはほとんどインド系の方で、落ちてる髪の毛のパワーが違うんです。さらさらしてないんです。なんかね、ウニみたいなんです。ぼとっ、ぼとっ、と。

「シンガポールで一番流行っている髪形にしてください」とお願いしたところ、あっという間に仕上げてくれました。6シンガポールドル。スタイルとしては、ショート七三分けという感じでしょうか。よし、町に溶け込めるなと思って床を見ると、私の髪の毛もちゃんとウニたちの狭間に溶け込んでいました。

効果は抜群でした。髪を切ってから、町で買い物をしていても日本語で話しかけられることはまったくなくなりました。英語で話しかけられることもなくなりました。100パーセント中国語。果たしてシンガポールに溶け込めていたのかは別として、そんなこんなでいい感じで公演当日を迎えることができました。

今回は、現地向けの英語落語公演、シンガポール日本人会100周年記念の英語落語公演、そして居酒屋での日本語落語公演に臨みました。その中で一番初めにあったのが、現地向けの英語落語公演でした。この公演で、二つの新たなチャレンジを行いました。

まず一つは現地のストーリーテラーとのコラボレーション。3年前にシンガポールの国際ストーリーテリングフェスティバルで出会ったカミニ・ラマチャンドランさんという素晴らしいストーリーテラーにゲスト出演してもらい、「夫婦」を共通テーマにそれぞれが一つ話を演じ、合間にトークも行いました。

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シンガポールのストーリーテラー、カミニ・ラマチャンドランさんとトークを披露。

そしてもう一つは人情噺。以前も「藪入り」という親子のしっとりとした演目を英語でやったことはありますが、今回は「芝浜」という人情噺中の人情噺をやってみることにしました。
あらすじを簡単に説明すると――。

酒飲みでだらしのない魚屋の亭主がある朝、芝の浜で大金が入った革の財布を拾ってくる。女房にそれを見せ、「もう働かなくても酒を飲んで暮らしていける!」と大喜びで友達を招いて酒宴を開き、そのまま寝てしまう。そんな様子を見て心配をした女房が、亭主を立ち直らせるためについた嘘とは!? そして、その結末は!? 

そう、夫婦の話ですね。暮れ間近の凍えるような冬の朝の情景が描かれているため、日本では、というかまあ日本だけですが、年末によくかかる演目です。でも、南国シンガポールで、非常に日本的な夫婦の情が一体どれだけ伝わるのだろうか、というのが今回の公演の表テーマでした。

「ちりとてちん」という演目をやった後の、「芝浜」。久しぶりに高座で緊張しました。
結果......伝わったと思います。
下げ(落ち)を言った後、これまでの公演とは少し違う拍手の音を聞いて、人情噺も伝わるのだなと思いました。もちろん日本語でやる場合とは客席の反応が違う部分もあります。笑いの面では普段より多めでした。でも、シーンとする部分はシーンとする。息を飲むところは息を飲む。涙をふいている人もいて、感情が共有できている感覚はありました。
もっともっと磨いて、色んなところでやっていこうと思いました。

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冬が舞台の人情噺「芝浜」を、南国で汗をふきながら演じた私、志の春。

もしかすると、汗だくの私から、冬の寒い朝の情景は伝わらなかったかもしれません。夫婦で静かに聴く、除夜の鐘の風情は伝えられなかったかもしれません。

でも、伝わらないことを数えることよりも、伝わることを数えた方が私は意味があると思います。私が英語で落語をやるのは、日本人の「日本語がしゃべれない人に伝わるわけがない」と、外国人の「私は日本語がしゃべれないから絶対わかるわけがない」の間を埋めたいからです。

で、伝えられる部分を広げていくためには、精進あるのみ。ってことで、まずは日本語で精進しまーす!





shinoharu00.jpg立川志の春(たてかわ しのはる)
落語家。1976年大阪府生まれ、千葉県柏市育ち。米国イェール大学を卒業後、'99年に三井物産に入社。社会人3年目に偶然、立川志の輔の高座を目にして衝撃を受け、半年にわたる熟慮の末に落語家への転身を決意。志の輔に入門を直訴して一旦は断られるも、会社を退職して再び弟子入りを懇願し、2002年10月に志の輔門下への入門を許され3番弟子に。'11年1月、二つ目昇進。古典落語、新作落語、英語落語を演じ、シンガポールでの海外公演も行う。'13年度『にっかん飛切落語会』奨励賞を受賞。著書に『誰でも笑える英語落語』(新潮社)、『あなたのプレゼンに「まくら」はあるか? 落語に学ぶ仕事のヒント』(星海社新書)がある。最新刊は『自分を壊す勇気』(クロスメディア・パブリッシング)。


*公演情報は公式サイトにて。
立川志の春公式サイト http://shinoharu.com/
立川志の春のブログ  http://ameblo.jp/tatekawashinoharu/




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