アメリカの公立学校区教育長が見た等身大の日本~これからの米日関係の深化に向けて

ディック・シヴィタニッチ(米国・ワシントン州オリンピア学校区教育長)



 2013年6月下旬のある金曜の夜、期待に胸を膨らませた米国の教育関係者14名が全米各地からロサンゼルスに集まりました。私を含む米国各地の学校区や大学を代表する参加者は、日本語や日本文化を学校や地域に広めるという事に高い関心を持ち、熱意に満ちていました。
 国際交流基金主催の米国教育関係者グループ招へいは、講義、学校訪問、文化遺産や史跡の訪問、そして日本の教育者との情報交換といった内容で構成されていました。旅が終わるころには、この研修が私たちの期待を大きく上回るものであったことが明らかになりました。

 国際交流基金は、1972年に日本政府によって設立された国際文化交流事業を目的とした機関ですが、今回のプログラムは、米国の教育指導者が日本への理解をより一層深め、日本の人々や文化に親しんでもらうことを目的として企画されました。参加者は、米国の初等・中等教育において日本の言語、文化、歴史に関する教育の質を高めるための政策決定に今回の経験を活かすことが期待されています。

 出発前にロサンゼルスで行われたオリエンテーションでは、日本と米国の経済的および戦略的関係の概要について説明を受けました。また、研修旅行に役立つ、簡単で面白い日本語表現を教えていただきました。在ロサンゼルス日本総領事公邸での夕食会とレセプションでは温かくもてなしていただきましたが、日本流のおもてなしは、来日研修中どこに行っても変わりませんでした。研修に出発する前にも関わらず、特に本プログラム担当の渡邊眞紀さんをはじめ、国際交流基金の組織の素晴らしさを実感できたことは、参加者にとってとても心強いことでした。



日米の教育者同士の対話
 初めて訪れる国では学ぶことも多いので、私は目にしたもの、会話、そして印象などを思い出しやすいように毎日日記を付けることにしました。人々やその国の本質は細かな事柄から見いだせるものです。私はこの限られた時間のなかで、できる限りのことを吸収しようと心に決めました。

 メモを振り返ると、プロの教育者としての成長を促してくれるような出来事やチャンスが多かったことがよく分かります。その中には、国際基督教大学教養学部のマーク・ランガガー上級准教授による日本の教育システムについての講義や、小学校や高校への訪問がありました。学校の先生や生徒達は、敬意と好奇心を持って親切に迎えてくれました。また文部科学省の方々との対話を通じて、日本の教育においては「生きる力」が重視されているということを知りました。

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尚絅学院高校での授業見学

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文部科学省情報ひろば

 日本での体験を振り返って非常に印象的だったのは、やはり日本の文化に接したことや各地での日本の人々との出会いでした。陸前高田市立横田小学校の児童の多くは東日本大震災の被災者ですが、彼らの笑顔は日本人の立ち直る力と勤勉さを実によく表していました。仙台市郊外の被災地や、被災地支援活動の建築プロジェクトである「みんなの家」を訪れた際には、震災による喪失感というものをより強く感じました。しかし同時に、共に協力して生活を立て直そうという確固たる気迫が伝わってきました。

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陸前高田横田小学校

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被災地視察



日本のあらゆる場面を観察
 変化の著しい現代社会においては、歴史と文化をいかに大切にしているかによって、その国の考え方を垣間見ることができます。今回の研修にはその要素が十分に含まれており、優秀なガイドのおかげで、訪れる場所が一層興味深いものになりました。伏見稲荷大社清水寺金閣寺龍安寺などの見学や茶道体験を通して、日本の深い思想や伝統の力を感じ取ることができました。

 そして短いながらも自由時間には東京、京都、仙台の街を巡り、日本の親しみやすさと効率のよさを味わいました。さまざまな場所を訪れ、多くの事を経験したので、私の日記は感動や楽しい思い出でいっぱいです。新幹線、新鮮な寿司、渋谷や新宿の繁華街、居酒屋、東北楽天ゴールデンイーグルス、牛タン、混雑する駅や地下鉄、サラリーマン、元シアトルマリナーズの鈴木イチロー選手の人気、芸者の文化、原宿の若者達、成田空港や公共施設の静寂さ、銀座、焼き鳥、美しい田園風景、築地市場の整然たる混沌、清潔な都会・・・。何より忘れてはならないのは、出会った人々が親切で誠実だったことです。

 研修の最後には外務省を訪問し、齋木尚子国際文化交流審議官の歓迎を受けました。齋木審議官のお話から、日米の友好関係が強固であること、そして米国内で日本語や日本の文化に親しむ機会を拡げることでこの関係をさらに強めていくことの重要性を改めて実感しました。また、学生交流プログラムだけでなく、あらゆる世代を対象にした文化交流の機会が増えるような方法を模索してほしいと激励の言葉をいただきました。齋木審議官は非常に礼儀正しく、わかりやすく話してくださる方でした。その夜には国際交流基金によって全参加者に対する送別会が開かれました。日本滞在中にお会いした人々と再会し、「ありがとう」とお別れの言葉を交わすことができました。

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まとめのディスカッション



アメリカでの日本語教育の発展に向けて
 約9千名の生徒を抱える公立学校区の教育長として、私は今回の体験から非常に深い感銘を受けました。現在、当学校区では高校の生徒が日本語の授業を受けることができ、国際バカロレア資格取得を目指したプログラムも含まれています。今回の経験から、当学校区内の他の学校にも日本語の学習を広めようという強い気持ちが生まれました。職員、地域、そして委員会に対して、日本語学習の機会を他の高校や中学校にどのように広めていくことができるか働きかけてみようと思っています。カリキュラムや放課後のクラブ活動として日本の文化や歴史を学習する機会をどう創出するか、日本の学校との生徒や教職員の交流をどのようにサポートできるか、そして姉妹都市である兵庫県加東市との間で、生徒や市民の結び付きを一層深める方法についても話し合っていきたいと考えています。

 帰国の長いフライトの間、日記を読み返しながら日本の美しさと自律の精神を思い出していました。そして、教育長である私に、専門家として、そして個人としてこの機会を得られたことをとても幸せに感じました。米国にとって日本が重要な存在であること、その友好関係を深めるために私たちが努力しなければならないことをはっきりと自覚しました。参加者を代表して国際交流基金に深く感謝の意を表します。



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