雑誌『をちこち(遠近)』
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名古屋から建築・都市デザインにおけるアイデンティティを考える

脇坂 圭一(名古屋大学施設計画推進室准教授)



 国際交流基金(ジャパンファウンデーション)は、2013年10月、建築を専門とする気鋭のキュレーター8名をアメリカとカナダから日本にお招きしました。
 東京・千葉の建築や都市、あいちトリエンナーレ2013及び瀬戸内国際芸術祭2013へ足を運び、各地の建築専門家とのディスカッションを通じて、日本の建築や都市計画の最前線、また東日本大震災被災地における専門家の取り組みなどを集中的に視察したほか、東京と名古屋での国際シンポジウムで、専門家同士の学術的な交流も深めました。
 名古屋で開催された国際シンポジウム「建築・都市デザインにおけるアイデンティティ」を中心に、名古屋大学施設計画推進室准教授の脇坂圭一氏に報告を寄せていただきました。




 2013年10月18日、名古屋大学および名古屋市大須にある楽運寺を会場として、国際交流基金米国・カナダ学芸員招へいプログラムの一環で国際シンポジウム「建築・都市デザインにおけるアイデンティティ」が開催された。国際交流基金、名古屋大学脇坂圭一研究室、同村山顕人研究室、名古屋工業大学北川啓介研究室による共同主催である。
 来日したのは、ダリン・アルフレッド(デンバー美術館アソシエイト・キュレーター)、サラ・ヘルダ(グラハム財団 ディレクター)、ティモシー・ハイド(ハーバード大学デザイン大学院アソシエイト・プロフェッサー)、マリア・ニカノール(ソロモン・R・グッゲンハイム美術館 アソシエイト・キュレーター)、インデルビール・シン・ライアー(カールトン大学講師)、ゾエ・ライアン(シカゴ美術館 キュレーター)、マーク・ワシウタ(コロンビア大学 アシスタント・プロフェッサー)、ピーター・ゼルナー(建築家)の8名だった。
 名古屋には、メタボリストの一人として高い評価を受ける建築家・槇文彦氏の国内処女作があり、同じくメタボリストの一人として数えられる建築家・黒川紀章氏の出身地として氏の作品も多く残る都市である。その一方で、「無個性な」「漂白された」と形容されるように特徴の乏しい都市ともされる。あるいは、名古屋圏域は国内有数の企業発祥の地として独自の地域性を持つとともに、パチンコやメイドカフェなどといったサブカルチャーにおいても個性的な文化の発信地でもある。こうした背景を持つ名古屋において活動する研究者らと、米国・カナダの諸都市(デンバー、ボストン、シカゴ、ニューヨーク、モントリオールなど)から訪れる招聘者らが、地域における都市・建築デザインのアイデンティティを見いだすためのテーマが据えられた。

 シンポジウムはセッション1、セッション2から成る。



槇文彦氏の国内処女作、名古屋大学豊田講堂へ
 名古屋大学には建築家・槇文彦氏の国内処女作であり、大学のシンボルでもある豊田講堂がある。名古屋での国際シンポジウムのプログラムの前半となる「セッション1」では招へい者らを豊田講堂に案内し、筆者が解説を加えた。
 ファサードを前に、槇氏が1958年-なんと槇氏は当時30歳の若さ!-に敷地を見学し、敷地背後の丘陵と前面に遠望する都市や動的な活動が繰り広げられる広場を結びつける門として構想されたこと、非対称の立面が特徴であり、同じ用途の東大・安田講堂や京大・100年記念館とは異なるデザインであることが紹介された。
 次に内部に入り、92年にシンポジオンが増築されたこと、2006年にリノベーションが行われ、柱型の補強、新旧建物の間に屋根が掛けられアトリウムとして室内化されたことが紹介された。ちなみに内部見学の際、翌日に名大のホームカミングデーが予定されていたため、ホールにて練習中のオーケストラの演奏に立ち会うことができたのは嬉しい誤算だった。

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名古屋大学豊田講堂



大須・楽運寺での知的興奮に満ちたレクチャー
 プログラムの後半となる「セッション2」は、名古屋大学より移動し、名古屋市大須にある楽運寺の本堂を会場として開催された。開催に先立って、佐々木賢祐・楽運寺住職より会場提供者としてのご挨拶を頂き、江戸時代からの寺の歴史が紹介された。寺の本堂を会場として建築関係のレクチャーを聞くのは筆者としても初めての経験となった。
 まず、1つ目の講演として、先にツアーを行った豊田講堂について、「都市と自然を結ぶ門としての豊田講堂」と題して筆者が簡単な解説を加えた。

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城下町そして近代産業都市としての名古屋
 続いて、村山顕人・名古屋大学准教授が登壇し、「名古屋市の現代都市環境の形成」のテーマで、城下町以前の地形的特徴、城下町の形成と発展、近代産業都市としての発展、戦災復興における100m道路の整備から説き起こし、自身も策定に関わった名古屋市都市マスタープラン(2011年)として都市機能の強化と居住機能の充実が図られていること、コミュニティに即した構想として錦(長者町)地区における実践に取り組んでいることを紹介した。最後に一般解として適応しうる地区スケールの計画的枠組みとして、ビジョン、プランを主軸に、法規、インセンティブ、プロジェクトを実行手段においた明快な構成が示された。

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モントリオールの事例で見る地下街
 3つめの講演は、カールトン大学建築学部講師のインデルビール・シン・ライアー氏が、「モントリオールにおける世界最大の地下街ネットワークと民営化」と題して、モントリオールが店舗・移動システムとしてのマルチレベル・ネットワークを形成しており、モントリオールを指し示す言葉として、「マルチレベル・シティ」、「アンダーグラウンド・シティ」を提示した。それらは、都市建築(urban architecture)の再定義、または新しい都市のプロトタイプ(new urban prototype)であるという。ライアー氏は、槇文彦によるメガストラクチャー(巨大な構造体)を参照して、それが都市機能を吸収し、人間の相互作用の新たなかたちを内包するものであるとした。
 名古屋も国内有数の規模の地下街(5万平方メートル超)を有する都市であるが、"urban architecture"という独特の概念によるモントリオールの事例(なんと1200万平方メートル超!)は、単に地下街という在り方に止まらない新たな都市形態としての可能性を示したと言えよう。

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名古屋発の日本一と世界初
 次に、北川啓介・名古屋工業大学准教授が、「名古屋の文物多様性 建築/都市/ものづくり/サブカルチャー」と題して、名古屋発の日本一・世界初として、世界一大きな駅ビルとしてギネスブックに登録されているJRセントラルタワーズ、今日のパチンコ普及の基礎といわれる正村ゲージ、全国の7割の質屋が集まる東海地方で形成された日本で唯一の質屋組合、300年の歴史を持つ名古屋仏壇、大正年間に幼稚園でつくられた日本初のPTAを紹介した。また、温水洗浄便座を国内で最初に販売したINAX、万年スタンプをつくったシャチハタ、名古屋で改良された葉の閉じた白菜、東京をしのぎ愛知県が多い美容整形の特許件数などから、既存のものに少し手を加えて新たなものをつくる文化があるとされた。
 さらに、パラサイトシネマと題して、大規模な開発により「白い街」と形容されてきた名古屋のまちをキャンバスと捉え、空いた公共のスペースにプロジェクターで映像を流す「寄生」的実践が紹介された。高密度の東京では成立しがたい、名古屋の都市性に介入する試みだろう。



ロンドンの建築から見る建築・都市・住民の関係性
 最後に登壇したのは、20世紀後半の現代建築理論を専門とする、ハーバード大学デザイン大学院アソシエイト・プロフェッサーのティモシー・ハイド氏。「建築、都市、住民」と題した講演は、ブルータリズム(brutalism)とニュー・ブルータリズム(new brutalism)の建築作品が並べられたスライドから始まった。前者は、1951年以降、ロンドンのテムズ川に面した敷地にホール、ギャラリーから成る複合芸術施設として建設されたサウスバンク・センターである。後者は、アリソン・アンド・ピータースミッソン夫妻の設計によるロンドンの銀行、事務所、住宅から成るエコノミストビル(1964年)である。
 サウスバンク・センターは、祝祭的性質を持つ用途でありながら、ブルータル(brutal)、つまり「粗暴さ」を体現するコンクリートに覆われた巨大な外観を持つ。かつて建築評論や市民から近寄りがたい醜悪な異物と評された経緯があり、荒涼としたイメージが示された。一方のエコノミストビルは、建物間に不整形の広場を持ち、通り側の建物は周囲と軒高を揃えて、街並みとの調和を図る。スミッソン夫妻は材料の直截的な表現や関係性を重視したニューブルータリズムの牽引者であった。また、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の映画「Blow-up(邦題:欲望)」(1966年)の冒頭シーンが引用され、同ビルを背景にオープンカーが駆け回るシーンが示された。建築と国民性、建築と美学、醜さと美しさをテーマに掲げるハイド氏によって、建築・都市・住民の関係性が対比的に表された。

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番外編「名古屋のサブカルチャー体験」
 5つの示唆に富んだ講演の後には、講演者による討議と会場との質疑応答の時間が設けられた。名古屋のまちづくりの特徴としてスケールの大きさ、行政の硬直さ、また都市における主体、歴史などの論点から活発な議論が交わされた。
 その議論は、シンポジウムが終わった後に行なわれたパネリストらの懇親会に参加したあいちトリエンナーレ芸術監督の五十嵐太郎氏をも巻き込んで、さらに続けられた。そして、その熱い議論も覚めやらぬまま、パネリストたちは「名古屋のサブカルチャー体験」として、パチンコ、ゲームセンターにおけるプリクラ撮影、インターネットカフェの見学、あいちトリエンナーレ2013の期間限定のスタンディング・バーへと続いた。バーではアーティストの奈良美智氏と遭遇するサプライズも有り、名古屋のアイデンティティを満喫しての散会となった。

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あいちトリエンナーレ2013会場へ

(撮影:怡土鉄夫)





architecture_nagoya10.jpg 脇坂 圭一
名古屋大学施設計画推進室准教授。専門は、都市計画・建築計画、建築史・意匠。
東北大学建築学科卒業後、建築設計事務所を経て同大学院都市・建築学専攻(阿部仁史研究室)博士課程前期修了。2005年9月よりデンマーク政府奨学金留学生としてオーフス建築大学に留学後、JDSアーキテクツ(コペンハーゲン)に所属。2008年9月に東北大学大学院博士課程後期(都市・建築デザイン学講座)修了。博士論文「現代建築を対象とした生態学的空間記述方法に関する研究」にて、博士(工学)取得。名古屋大学のキャンパス計画の他、研究室で取り組んだ実施コンペ「未来の風景をつくる」にて最優秀賞に選出され、名古屋市郊外の敷地にて畑・庭を囲む3棟の住宅設計に取り組む。




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