雑誌『をちこち(遠近)』
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エジプト落語公演記~何より大切な「間」

桂 歌蔵(落語家)



国際交流基金(ジャパンファウンデーション)カイロ日本文化センターは、落語家の桂歌蔵氏をエジプトに招へいし、カイロとアレキサンドリアで日本語(アラビア語字幕)と英語による落語公演を開催しました。エジプトから帰国したばかりの歌蔵氏に、今回の落語公演と現地の様子、また落語公演の依頼を受けてから日本に帰国するまでのご自身の心境の変化についてご寄稿いただきました。

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噺における「間」

 我々の業界で一番大事なものは何か? これはもう「間」に尽きると思います。

 噺の中での口跡、滑舌、抑揚などはある程度、上の人から教わることはできますが、間だけは教わることはできません。自分で考え、独自の間合いを磨いていくしかありません。
 現に間が悪い同業者の噺では、笑いは起きません(偉そうなことはいえませんが)。日常生活だって間の悪いやつはしくじり(失敗)ばかりを繰り返し、この間抜けっ、なんて叱咤されます。間とは行間や余白であり、空気でもあります。つまり空気を読めるやつこそが、混合された石の中で磨かれて玉となり得るのです。「間」は「魔」に通じる、なんて言葉が我々の世界にはあるくらいで、それほど間とは重要なものなのです。



「間」が悪すぎた公演依頼

 というわけで、今回のエジプト公演。夢にまで見た公演だったはずが、いかんせん、それこそ「間」が悪すぎました。「エジプトで公演をやる意思がありますか」というメールがカイロ日本文化センターから届いたのが今年の1月16日。唐突すぎるオファーに戸惑いながらも、「もちろん」と即答すれば、急転直下で3月末にカイロ、アレキサンドリアでアラビア語字幕の日本語と英語による落語公演が決定しました。
 まさに、待てばカイロのお便りありです。

 だが、そんな軽口など吹き飛ばすような衝撃の出来事が起こりました! オファーのあった4日後に「イスラム国」(以下、ISIL)による日本人人質の動画が公開されました。事態は収拾どころか最悪の結果となり、その後もISIL関連の物騒な事件が連日過熱気味に報道されていきました。2月15日には21人のエジプト人コプト教徒がリビアでISILによって斬首されました。その上、日本を発つ3日前の3月18日には、北アフリカ、チェ二ジアのバルド博物館で外国人観光客がISIL関連のテロ組織に銃撃され、3名の日本人が亡くなったのです。
 ネットで目にしたISILによる数々の残虐な映像が脳裏をよぎりました(見なきゃいいのに)。周りの忠告にも耳を貸さず、まさしく「魔」がさした心境で、私はエジプトへと旅立ったのです。

 結果的に危険なことなど何一つ起こらず、4回の公演を終え、無事に帰国の途についたのですが、あれから約1ヶ月の歳月が流れ、今こうしてエジプト滞在時の6日間を振り返ると、なんとも奇妙な、そう、私は本当にエジプトに行ったのだろうか、あれは夢だったんじゃないか、そんな錯覚にさえとらわれてしまいます。

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日本語によるアラビア語字幕落語公演



夢にまで見たエジプトの風景

 砂嵐のせいでブラウン色に塗りたくられたような街の建物。喧噪を煽るかのような車のクラクション。朝夕に流れてくるアザーン。口論をするか、水煙草をふかしているか、好戦的で厚かましく胸板が分厚くて、それでいて妙に人懐こい男性たち。そしてつつしみ深く、それでいて陽気によく笑う美しい女性たち。
 幼少時、テレビの前にかじりついたスペシャル番組。何度も読み返したオカルト雑誌の特集記事。50歳にしてやっと巡りあえたピラミッドはあまりにも巨大で、薄暗くひんやりとした内部の階段は、それこそ来世への通路のようでした。



「間」が生まれたエジプト公演

 公演初日はカイロにて日本語によるアラビア語字幕落語、翌日は英語落語、その翌日はアレキサンドリアに移動し、夜にまた字幕落語、そして翌日の最終公演は英語落語。その前後に先述したピラミッド見学やアレキサンドリアの遺跡巡りと、すべてが慌ただしく遂行されていきました。だが、そんな短い期間を嵐のように駆け抜けたからこそ、高揚感を持続し得たのです。もちろん緊張感も内包し続けて。だからこそ4回の公演中、それぞれの噺に独特の「(空)間」が生まれ、観客を飽きさせずにすんだのではないか、勝手にそう自負しています。とにかく今回のエジプト公演、決して「間」が悪い時期ではなかった。結果的にそう思います。

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(左・右)英語落語の様子

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落語に聴き入る来場者

 手前味噌に聞こえたら、心苦しいのですが、どの公演でもお客さんはおおいに笑い、拙い私の落語(日本語字幕、英語とも)に最後まで集中力を切らすことなく、目を輝かせ聞き入って下さいました。下手をすれば日本以上の反応だったかもしれません。日本人さえ忘れがちな、古典芸能という文化に関心を持ってくれたということなのでしょう。日本からすれば、エジプトは現在でも遠い遠い異国の地です。それが落語を通して客席のお客さんの息遣いが身近に感じられた、高座の上でこの上ない喜びが感じられた瞬間でもありました。
 最後に招聘していただいたカイロ日本文化センターの皆様方、公演にご協力いただいた方々、会場に足を運んで下さったお客様方に心から感謝いたします。



追記:この度、2011年に国際交流基金主催にて巡回させていただいたインド・スリランカ公演の手記『世界をネタにかける落語家 インド・スリランカ編』(星雲社)を出版することと相成りました。ご一読願えたら幸いです。





egypt_rakugo05.jpg 桂 歌蔵(かつら うたぞう)
落語家。大阪府堺市生まれ。大東文化大学経済学部卒業。1992年桂歌丸に入門し、前座名歌郎となる。1996年二つ目に昇進し、歌蔵となる。2005年春、真打昇進。都内新宿末広亭、浅草演芸ホール、池袋演芸場、お江戸日本橋亭、上野広小路亭にて2ヶ月間の真打披露興行を行う。現在都内寄席の他、全国各地のホール落語会等の高座を積極的に務めながら、海外公演も積極的に行い、近年では2012年にアメリカのロサンゼルス、シアトルにて英語落語公演、2014年にウズベキスタン、カザフスタン公演、2015年にエジプト、ケニア公演を行い、好評を博す。テレビのレポーターの他、コラムから小説と多岐にわたる執筆活動にも意欲的で、2010年にはオール讀物新人賞最終5作品に残る。現在も本業の落語公演の合間を縫って執筆活動を続けている。




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