雑誌『をちこち(遠近)』
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能の中核をなす「素人」:新しい時代の挑戦

ディエゴ・ペレッキア(立命館大学衣笠総合研究機構プロジェクト研究員)



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能楽:「清経」金剛能楽堂、京都
撮影:鈴木一萬


 19世紀半ばの明治維新の始まりとともに、250年以上にわたり日本を支配してきた封建制度は消滅した。武家から公的な庇護を受けて座を構えていたプロの能楽師たちは、突然制度的にも経済的にも後ろ盾を失うこととなった。その後、初期の危機的状況を乗り越え、能は公式な芸能として復興し、後援組織から限定的ではあるが経済援助を受け取るようになった。こうした公的支援はあったものの、危機からの再生を図るためには能役者たち自らが多くの費用を工面しなければならず、より安定した定期的な収入源が求められた。
 能以外の芸能では、同じ演目が数週間から数か月にわたって繰り返し演じられるのが普通だが、能の場合、上演されるのは1回きりである。また、公演ごとに様々な役割(ワキ方、囃子方、後見)を担う役者が雇われるが、役者への報酬は生計を立てるには十分でない。
 こうした状況を乗り切るため、能役者たちは、新興の中産階級の人びとを中心とした「素人」に能を教えることに活路を求めた。それ以来、能のあらゆる流派は、経済的にこの仕組みを基盤として成り立っており、素人とプロの間には強い相互依存関係がつくられてきた。
 しかし1980年代後半にバブル経済がはじけると、能の愛好者人口は減少し始めた。その結果、能界の経済状態は不安定になり、次世代のプロの能楽師たちはその行く末を大きく脅かされている。こうした状況をより深く理解し、解決への道筋を描くには、能の世界における素人弟子の役割をさらに詳しく知ることが重要である。



能を支える学生と社会人
 能の素人は大まかに2つのグループに分けることができる。つまり、能楽クラブに所属する大学生と、プロの能楽師が開く「お稽古場」で直接指導を受ける「正規の」素人弟子である。
 大学生は自分たちの在学期間、通常3~4年間クラブに所属する。この間に学生は仲間と集中的に稽古に励む。指導者は1人または複数いることもあり、大学卒業後に半玄人として活動する同じクラブ出身の先輩である場合が多い。さらにプロの能楽師がクラブ活動の監修を務め、限られた数ではあるが月に何回か稽古を行う。学生たちは、クラブの規模に応じて通常年に1、2回演能にも参加する。しかし大部分の学生にとって、卒業後に正規の素人弟子として稽古を続けることは困難である。例えば大阪、京都、東京にある大学に在学したものの、就職先を探すために生まれ故郷に戻る学生もいる。また多くの場合、稽古を再度始めたいと思う人がいても、時間の制約がきつい仕事や、のちには家庭の事情などが障害となり、家族のために時間とお金を割かざるをえなくなる。


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仕舞:「八島」大和屋能舞台、松山
Photo: Fabio Massimo Fioravanti



素人が負担する費用の重さ
 学生の場合、能にかかる費用は大きく免除されている(クラブ費の全額を大学が負担している場合もある)のに対し、正規の素人弟子は多額の費用を自分で賄わなければならない。師匠に支払う毎月の指導料「お月謝」に加え、素人弟子には師匠が出演する公演のチケットを買い、所属する流派の定期能の会員になることが求められる。他の演劇形態とは異なり、能は自己資金で運営されている。つまりプロの能楽師が、自らが出演する公演の制作責任者も兼ねているケースがほとんどなのだ。そのため確実に公演のチケットを売り、能楽堂を客で埋めなければならない。ここで素人弟子は重要な役割を担っている。プロの能楽師のもとで学ぶということは特定の流派の一員になることを意味し、同時に師匠のためにチケットを買ったり売ったりして公演を支えることでもあるのだ。実際、現在能の観客層の大半を占めるのは、修業の様々な段階にいる素人弟子なのである。
 また、正規の素人弟子は演能にも参加する。しかし出演するためには、舞台、装束、能面を借り受ける賃借料を負担し、他の演者に出演料を払い、特定の演目を演じるために必要な公式の免許である「免状」料を払わなければならない。所属する流派の家元が免状料を受け取り、こうした免状を発行する。一連の支払いは合計すると相当の額にのぼりかねず、これが一因で大学クラブの会員の多くが卒業後に稽古を断念するに至っている。



プロが減るという切実な問題
 現在、能の「正規」の素人弟子は、定年退職者、子供の世話が必要のない未婚者、主婦などからなる。こうした素人の集団も、観客層も高齢化が進んでいる。大学の能楽クラブは、将来プロとして活躍する人材を発掘する場として重要な役割を果たしていた。だが能の市場が不安定で縮小傾向にある今、新世代の人たちはプロを目指す道に二の足を踏んでいる。今日、「玄人」の能楽師の多くは生活費を補うために副業に頼らざるをえず、まさに「玄人」という言葉の現実的意義が揺らぎかねない事態を招いている。
 能役者の経済的余力が低下しつつあるということは、自己資金で賄う公演で舞台に立てる機会が減ることを意味する。要するに、素人弟子の数の減少に呼応するように、観客数ばかりでなく、玄人の能楽師の数も減っているのである。小さな流派においては、これは特に切実な問題である。プロの能楽師が新しい素人、つまりは新たな観客をどれだけ増やせるかに、伝統の継承がかかっているからだ。


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シテとして初めて舞台に立つ筆者/能楽:「清経」金剛能楽堂、京都
Photo: Stéphane Barbery



潜在顧客開拓か既存顧客維持か
 日本における能の市場開拓の方向性を見ると、若い世代を引き付ける訴求力が十分であるとは言えない。例えば能の宣伝では、能の現代的意義よりも歴史的重要性が強調される場合が多く、その主眼は新たな「誘致域」にいる潜在客に働きかけるよりも、既存の観衆を維持することに置かれている。さらに、歌舞伎では市川海老蔵や市川猿之助といった若手の花形やカリスマ性のある役者がいるが、能にはそうした役者が不在なのも悩ましい点だ。その主因には、人気に応じてではなく、年功や家柄によって看板役者が決まるという能の実態がある。
 現在では能楽師が他の分野の芸術家と出演する実験的公演が盛んになっているが、異なる手法を融合しようとする取り組みというよりは、別の技巧を表面的に重ねただけという結果に終わっていることが多い。この一因には、能が他の芸能から孤立していることが挙げられる。自身の稽古や生計のために行う指導に忙しく、個々に研究や実験を重ねる時間はほとんど残されていないからだ。新しい能の演目、「新作能」を書こうと試みるプロの能楽師も数多くいるが、自分が極めた領域以外の技巧について知識が乏しい人が多いため、結果的に新作能でさえ古典的な美学にならう傾向がある。加えて、能楽師全員の活動を統括する能楽師団体である能楽協会は、正統派の能から逸脱した人を処分するなど伝統主義を強く打ち出しているため、役者たちの間には改革をもたらそうという気運が生まれにくい。

 能の厳格さと流派主義のおかげで、役者たちは高い完成度をもった能の様式を実現してきた。それとともに極めて洗練された美しい言葉がつくりあげられたが、それを話せるものはごくわずかしかいない。そしてその大部分は、決して完全には習得し得ないこの言葉を、時間とお金をかけて学んでいる素人弟子たちである。
 こうした事実は能の世界以外ではほとんど理解されていない。能界で修業するというのは、師匠が体現する伝統への服従を意味し、その師匠もまた各流派の頂点に立つ指導者、家元に従属している。素人弟子にとって修練した芸を発表する場である演能は、習得した型を再現する場であり、創造的な行為ではない。このように従属した存在である素人弟子たちは、演じるために常に師匠にお伺いを立てる必要がある。芸術表現の形として芸能に興味を抱く若者が、伝統的しきたりの尊重よりも創造性や個性を重んじる能以外の芸能に心を惹かれやすいとしても不思議ではない。


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能楽:「清経」金剛能楽堂、京都
Photo: Barbara Mosconi



枯渇しはじめた「素人」
 今日、能と素人の共生関係には活性化が必要であるように思われる。能役者は同じ観客の前で演じており、その観客の多くは素人弟子なのだ。素人弟子もまた、チケットを購入し公演を見に行くことで師匠を支えている。能は、制作者側も、消費者側もほとんど人が入れ替わることのない停滞期に入っていると言える。生き残るためには、能役者は新たな種類の観客と新たな素人に照準を合わせなければならない。1970年代、80年代に稽古を始めた人たちの支援に頼ることはもはや不可能なのである。
 ここで問題となっているのは、素人の数だけでない。どのような素人かも問われている。今の状況には若干の例外があり、その1つが能を学ぶ外国人である。



停滞期を脱する鍵としての外国人弟子
 外国人は、保守的で古めかしい芸能というイメージにとらわれることなく能を受け止める。実際、日本人の大半の素人弟子とは異なり、能に興味を抱く外国人には演劇や演技の経歴を持つ人が多い。そして格式あるステータスシンボルとしての文化的価値よりも、能楽そのものに魅力を感じている。
 こうした素人の多くは、能を学ぶことに関心を抱き、能を創造的に他の芸術制作に活かしている。だが能を学ぶために来日した外国人は大概短い期間しか滞在できないため、能の知識に触れる機会は限られてしまう。そして、熟達した自分の領域以外ではほとんど研鑽を積んでいない能役者の場合と同様に、外国人による創作活動の多くは、質の高くない表面的な模倣に終わっている。
 前述した停滞期を脱する鍵を握るのが能の多様化と開放であるならば、外国人がより着実に長期にわたって能を学べる方法を検討する必要がある。これは日本国内で実現できるかもしれないし、プロの能楽師が今よりも長期にわたって海外で活動し研究することが可能になれば、海外であっても達成できるだろう。
 日本の現代演劇の発展に寄与した主要人物の一人、小山内薫(1881~1928)は、新しい演劇を生み出すためには「役者を素人にする」必要があると考えていた。小山内が求めていたのは、支配的な伝統制度を離れ、自らの現代劇で柔軟に演じることができるプロの歌舞伎役者だった*1。歌舞伎のように能においても、現代世界で発展を遂げるためには自由と創造性が不可欠な要素である。素人は知識に欠ける人たちではなく、能界の内側と外側の両方を橋渡しする能力を持つ存在である。したがって、これからの新しい素人は、能の歩兵的存在ではなく、能の大使としての役割を果たすべきなのだ。

*1 Morinaga, Maki Isaka著 'Osanai Kaoru's Dilemma , "Amateurism by Professionals" in Modern Japanese Theatre' . The Drama Review, 49.1 (2005), p.119-133





noh_amateur01.jpg ディエゴ・ペレッキア Diego Pellecchia
1979年イタリア生まれ。ロイヤル・ホロウェイ(ロンドン大学)で西洋における能楽の受容に関する論文により博士号(演劇学)取得。現在、国際交流基金フェローとして、京都にある立命館大学アート・リサーチセンター(ARC)にて能界における素人の役割を研究している。シテ方金剛流能楽師・宇髙通成師の指導のもとに能を学び、2013年には京都の金剛能楽堂で『清経』のシテとして初めて舞台に立った。

プロフィール写真:撮影:金 惠卿




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