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100年の技を未来へ。映画監督マーティ・グロス氏が語る
「民藝フィルムアーカイブ」の歩み

マーティ・グロス氏がマイクを持ち、身振りを交えて講演している様子

2025年10月24日、国立能楽堂にて、第52回(2025年度)国際交流基金賞を受賞したマーティ・グロス氏による受賞記念講演会が開催されました。グロス氏は1970年の初来日以来、半世紀以上にわたり、日本の伝統文化を映像で世界に紹介してきました。こうした日本文化の紹介と国際的な相互理解への多大な貢献が評価され、今回の国際交流基金賞の受賞に至りました。講演では、「民藝」という言葉が誕生して100周年という節目に、日本における民藝や工芸にまつわる貴重な記録を修復・公開する「民藝フィルムアーカイブ」の歩みや、映像による文化継承への情熱が語られました。本記事では、その講演内容の中からアーカイブ活動の舞台裏や、授賞式の2日後に上映された作品の解説を中心に抜粋し、お届けします。

マーティ・グロス・フィルム・プロダクション、プロデューサー/監督 マーティ・グロス氏

カナダ出身。1970年の初来日以来、陶芸や文楽をテーマとしたドキュメンタリー映画を監督し、その芸術的価値を海外に広めるなど、半世紀以上にわたり日本文化の魅力を世界へ発信し続けている。日本映画のコンサルタントとしても名作の海外普及に尽力し、日本映画史に関する貴重な証言の記録を行っている。「民藝フィルムアーカイブ」では、イギリス人陶芸家のバーナード・リーチが1930年代に撮影した記録映像をはじめ、民藝にまつわる古い映像を自ら収集・修復し、専用ウェブサイトで公開。当時の職人の技や暮らしを鮮明に蘇らせ、記録し、未来へつなぐ活動に情熱を注ぐ。


古い映像を復元し、
現代の職人の解説を加える


【上映作品】

  1. 『民藝フィルムアーカイブ 修復と編集』2016年制作(2017年、「ATELIER MUJI」にて初公開)
  2. 『益子焼』1937年制作 解説:佐久間藤也氏(2017年、益子町にて収録)
  3. 『沖縄の織物』1940年制作 解説:祝嶺恭子氏(2024年7月、那覇市にて収録)
  4. 『日本の紙(和紙)』1938年制作 解説:澤村 正氏(2022年7月、岐阜県美濃市にて収録)
  5. 『桧笠づくり』1963年制作(2024年3月、長野県南木曾町にて収録)

「民藝フィルムアーカイブ」で欠かせないことが、オリジナル映像のデジタル化です。民藝で保存された16ミリフィルムは、汚れや傷、カビなどによる劣化が見られるため、まずデジタル技術を用いて鮮明な映像へと修復します。2017年に、東京・有楽町ATELIER MUJIで「民藝フィルムアーカイブ 名も無き美を求めて1934-2017」という展示を開催した際、作業の工程は説明するより見ていただく方がよいと気づきました。そこで本展のために特別に映像作品をつくったのです(上映作品1)。「民藝フィルムアーカイブ」の仕事は、常にこういったデジタル変換から始まります。

マーティ・グロス氏が作業机で映像素材を確認している様子カナダにあるグロス氏の自宅兼オフィスで16ミリフィルムのほこりを除去している様子。(『民藝フィルムアーカイブ 修復と編集』より)

まず、古い16ミリフィルムのほこりの除去やクリーニングをしてから、デジタルスキャンを行います。場合によっては、修復前後を比較できるサンプル映像を制作することもあります。その後、解説や字幕を加えていきます。音声は、職人さんや関係者の話を収録して挿入します。また、この段階で題材にふさわしい音楽を加えることもあります。
「民藝フィルムアーカイブ」プロジェクトを始めたばかりの頃は、職人さんへの取材を基に台本を書き、ナレーションを制作する予定でした。でも『益子焼』(2)という作品をつくる際、益子焼の窯元・佐久間藤太郎窯の四代目である佐久間藤也(さくま・ふじや)さんにお会いしたところ、彼が自ら語る家族や仕事のことや、実際の細かい作業の話が、私の心に深く響いたのです。そこで、従来型のナレーションではなく、本人の語りをそのまま生かすオーラルヒストリーの手法を採用することにしたのです。

バーナード・リーチとの縁で始まった
「民藝フィルムアーカイブ」

マーティ・グロス氏がノートパソコンを見ながら映像を確認し、向かいに座る男性とやり取りする様子。背後では録音スタッフがブームマイクを構えている益子焼・佐久間藤太郎窯の四代目である佐久間藤也さん(左)に、修復したデジタル映像を解説してもらうグロス氏。(『益子焼』より)

『益子焼』(2)が、現在も私が取り組んでいるプロジェクト「民藝フィルムアーカイブ」の最初の作品です。オリジナルの16ミリフィルムは、イギリスの著名な陶芸家、バーナード・リーチ(以下、リーチ)氏のコレクションに所蔵されていたものでした。
1975年、私はイギリスのセント・アイブスにあるリーチ工房を訪ねました。当時私は、大分県日田市と福岡県小石原村の窯元を題材とした『POTTERS AT WORK(陶器をつくる人たち)』という映像作品を制作中で、リーチ氏の著書『A Potter in Japan』に感銘を受け、彼が1930年代に日本で撮影した陶器づくりの16ミリフィルムを持っていると知り、ぜひそれを見たいと思ったのです。当時高齢だったリーチ氏自身も、これらのフィルムの将来を案じていました。そこで私がその貴重なフィルムを預かり、カナダに持ち帰って修復しました。実はリーチ氏のコレクションの中には、国際文化振興会(国際交流基金の前身)が制作した作品も含まれており、修復にあたっては国際交流基金の支援を受けました。
そして2014年には、修復した映像を佐久間藤也さんに鑑賞していただき、益子の陶工たちの日々の暮らしや益子焼の技法についての解説を録音しました。そしてのちにその音声を加え、新たな作品として完成させました。土瓶づくりの名手と言われた、曾祖父の福次郎さんも映っています。

ろくろの前で大きな壺を成形する陶工佐久間藤太郎窯で働く陶工。
屋外の作業場に並べられた無数の陶器。馬に引かれた荷車のそばで、天日干しされている器が整然と広がっている焼く前の陶器を乾燥させている様子。映像には他にも民藝の拠点となった当時の益子の風景が収められている。
成形された大きな鉢に、職人が筆で文様を描き、釉薬のラインを丁寧に施している様子釉薬で装飾を施す様子。釉薬の分量や土瓶の回転を調整し、均一に模様をつけていく。
※写真はすべて『益子焼』より。

貴重なフィルムと
話し上手な職人たちとの出会い

リーチ氏から預かったフィルムや、国際交流基金の理事長(当時)からお借りした国際文化振興会のフィルムは、私が修復を始めた当時、すでに約半世紀も経っていた貴重な年代物でした。経年劣化でもろくなり、カビが生え、異臭を放つものもあり、修復作業は困難を極めました。

また、個人のコレクションの中で何十年も眠っていた他の作品も見つけることができました。『沖縄の織物』(3)は、1940年代に撮影された沖縄の芭蕉布づくりの映像に、染織作家の祝嶺恭子(しゅくみね・きょうこ)さんの解説を加えた作品です。オリジナルフィルムは、日本民藝館で風呂敷に包まれて大事に保管され、約70年間も忘れられていたのです。

機織り機に向かい糸を操りながら織物を作る女性職人の姿『沖縄の織物』では芭蕉布づくりの過程が、染織作家・祝嶺恭子さんの解説と共に丁寧に紹介されている。祝嶺さんは2023年に人間国宝に選ばれた。
機織り工房で、女性職人が身振りを交えながら説明し、それを向かい合って聞くマーティ・グロス氏祝嶺さん(左)とグロス氏。映像の背景にあるストーリーが語られている貴重な一コマ。(『沖縄の織物』より)

『日本の紙(和紙)』(4)は、1938年に国際文化振興会が制作したフィルムを修復し、美濃和紙づくりの第一人者で本美濃紙保存会名誉会長でもある澤村正(さわむら・まさし)さんの解説を加えた作品です。この作品も国際交流基金の協力で制作しました。
澤村さんのお名前を知ってぜひ話を聞きたいと思ったもののツテがなく、岐阜県美濃市にある美濃和紙の里会館に行って館長さんに相談しましたが、最初の訪問時は澤村さんを紹介してもらえませんでした。「この人が取材に行って変なことを言って怒らせたら大変だ」と思われていたみたいです。でも、次に訪れた際は、プロジェクトの趣旨をご理解いただき、親切にもご紹介くださいました。撮影が始まると、澤村さんは数々の素晴らしいお話をしてくれました。

作業台で、2人の女性が木槌を使い、木の皮を叩いて加工している様子
屋外で、男性が大きな板状の素材を持ち上げ、乾燥または仕上げの工程を行っている様子
和紙の原料となる木の皮を木槌で叩く「叩解(こうかい)」と呼ばれる作業。繊維をほぐしたり、つぶしたりすることで、紙の強度や柔軟性などを調整する工程(左)。紙を特製の刷毛を使って板に貼り付け、乾燥させている様子(右)。
ノートPCを前に、マーティ・グロス氏が和紙職人と対話する様子作品では当時の映像を見ながら、美濃和紙づくりの第一人者である澤村正さんが解説する。
※写真はすべて『日本の紙(和紙)』より。

澤村さんもたくさん語ってくださいましたし、祝嶺さんは沖縄の布づくりの他にも、沖縄の人生哲学などをジョークも交えて、2時間も話をしてくれました。日本全国に話の上手な職人さんが大勢いますね。最後に上映した『桧笠づくり』(5)の職人さんもそうです。皆さんたくさんの貴重なエピソードをお持ちなので、編集するのはいつも本当に大変です(笑)。

現代を生きる人たちと
アーカイブを発展させていきたい

グロス氏は、講義を終え、今後の計画について質問にこう答えていました。

「未修復の16ミリフィルムが、カナダの自宅にまだたくさんあります。リーチ氏のフィルムもあと三分の一は手つかずのまま残っているので、終わらせなくてはなりません。澤村さんら職人たちの解説を収めたフィルムを、現代の若い職人さんたちに観てもらい、どう感じたかを話してもらって収録し、民藝フィルムアーカイブの別バージョンをつくるのもいいですね。また、アーカイブのフランス語版やスペイン語版を望む声も届いており、現在検討中です。そしてこれからも、日本各地に受け継がれてきた伝統的な手仕事を取材し続けていきたいと考えています。これまでに益子、長野、岐阜、丹波、九州、沖縄、その他たくさんの土地を訪ねて、古いフィルムも見て、職人の皆さんに話を聞いてきました。つい最近では山形の天童市に行って将棋の駒づくりを取材しました。私がまだ知らない面白い手仕事が、日本全国にはまだまだあります。こうした膨大なアーカイブを編纂していく道のりは長く、かけがえのない協力者の存在なくしては不可能です」

写真提供:民藝フィルムアーカイブ/マーティ・グロス・フィルムズ
参考:「民藝フィルムアーカイブ」
https://mingeifilmarchive.com/

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