2025.11.14
【特集087 ポスト日本語教育―教える・教わる、その先にある物語】
日本のお笑い芸人を目指し、19歳で来日した中華人民共和国(中国)出身のいぜんさん。
2025年1月にテレビ番組『千鳥かまいたちアワー』に登場し、お笑いコンビの千鳥・大悟の中国での人気ぶりを万里の長城にたとえ、大物芸人たちが「売れる!」と太鼓判を押すほどの爆笑をさらいました。
独特の比喩と言葉選びは「いぜんミーム」としてインターネットで話題を呼び、SNSのフォロワー数は半年で約20倍に増加。また、東京大学大学院で核融合の研究を行いながら、お笑い芸人として学問と笑いの両立にも情熱を注いでいます。 日本語の習得が人生の転機になったといういぜんさんに、その先に広がる可能性について聞きました。
中国にも相声(そうせい)(※1)と呼ばれる伝統的なお笑いがあるのですが、弟子入りが前提で誰もが挑戦できるものではありません。日本のお笑いは間口が広く、漫才やコント、ピン芸など多様で、ライブでは芸人全員で盛り上げる。それが私にとっては新鮮だったんです。
日本のテレビを見ていたこともあって、高校を卒業して来日したときは、部分的に日本語を読むことはできました。でも、話すことは全くできない状態だったので、基礎から学ぶため日本語能力試験(JLPT)の最上位レベルであるN1(※2)合格に目標を定めて、本格的に勉強を始めました。
実はこう見えて陰キャ(陰気なキャラクター)なので、最初に留学した東京都立大学では友人づくりに苦労しましたが、吉本興業の養成所入所前に入った松竹芸能の養成所に通うようになってから、日本語を話す機会が増えました。20人ほどの少人数クラスで、私の片言でゆっくりした日本語を聞いてくれる日本人の同期がいたのも幸運でしたね。
中国語では肯定や否定が文の前半に来るので、単語選びが笑いの鍵になります。一方、日本語はそれが文の後半に来る。単語より言い方や言葉遣いを工夫したらどうだろうと、自分なりに分析した結果、生まれたのがこの台詞でした。
とはいえ、実際使うのはすごく勇気がいりました。こんな乱暴な言葉遣いは『標準日本語』(※3)には書いてありませんからね(笑)。
いぜん: そう思います。日本人の飲み会で、隣の人の注文を真似して「俺も生(生ビール)」と言ったら、周りの人が笑ってくれて。このとき、これは外国人が言うと面白くなるほど、こなれた表現なんだと気づきました。
サザエさん、スラムダンク、港区女子など、日本で特定の世代に共有されている言葉の背景も、来日当初は全くわかりませんでした。でも、こうした言葉の向こうにあるイメージを理解することで、日本で暮らす人々の共感を得られる共通言語になるわけです。言葉を覚えるだけでは、わからない部分ですよね。
いぜん: 日本語を学ぶことで、言葉の背景にある人々の文化や価値観、常識に触れられるようになったことが、何よりの収穫です。言葉の背景を知ると、おのずと文化へのリスペクトと共感が生まれます。
お笑いは常識への理解や共感があってこそ成立すると思うので、ようやく本当の意味で、日本のお笑い芸人としてのスタートラインに立てたのではないでしょうか。来日当時に比べて、今は毎日がとても充実しています。
いぜん: 芸人としての活動時間に制限が出てきてしまいますが、大学院で研究しているエネルギー分野は私がお笑いと同じくらい没頭できる大切な世界です。
お笑いと大学院を両立したからこそ、日本社会をいろんな角度で理解できました。舞台に立つ芸人がかっこいいのと同じように、研究に一生を捧げる科学者もかっこいい。それは会社員も同じだと思います。
現在内定をいただいている会社での会社員としての経験は、まだ知らない日本文化や社会への理解にもつながりますし、より多くの日本に住む人々に共感してもらえるお笑いへのヒントにもなるはず。お笑いに限らず、誰かの役に立てて、結果を残せることはうれしいことですから、楽しんでやりたいと思います。
バージョンアップした私をぜひ楽しみにしていてください!
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