「新型コロナウイルス下での越境・交流・創造」JFの取り組み<4>
展覧会をオンラインへいかに「拡張」するか

2020.10.30
【特集073】

杉江 優里香
(国際交流基金 シドニー日本文化センター)

「新型コロナウイルス下での越境・交流・創造」JFの取り組み(特集概要はこちら

オーストラリアでは、コロナ以前にも2019年9月から全国的に大規模な森林火災に見舞われていました。類焼面積は1070万ヘクタール以上に上り、5900棟以上の建物被害、29名の死者と、その被害は甚大で、多くの野生動物も被災し、逃げられずにやけどするコアラの痛ましい映像が海外でも報道されました。シドニー日本文化センターの所在するシドニー都市部へも大量の煙が押し寄せ、空気は黄色く濁り、マスクをしていても息苦しい日が続きました。

このオーストラリア史上最悪ともいわれる森林火災がやっと収束をみせた2020年2月、今度は世界的な新型コロナウイルスの感染拡大の不安がオーストラリアを襲いました。

3月に入ると、オーストラリアでも感染者が増加し始め、3月下旬には政府が海外からの入国制限、集会の禁止、レストランや美術館・映画館を含む娯楽施設の閉鎖等を発表し、それぞれ発表から1〜2日後にスピーディーに施行されました。3月23日には全国的なロックダウンに突入しました。

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森林火災の煙に覆われたシドニー市街(2019年12月撮影)

空になったスーパーの食品売り場の棚(2020年3月撮影)

3月14日に開幕した「第22回シドニー・ビエンナーレ」は、「NIRIN」(アボリジニの一つであるウィラドゥリ族の言葉で「周縁」を意味する)をタイトルに掲げ、アボリジニのバックグラウンドを持つアーティストのブルック・アンドリューがアーティスティックディレクターを務め、マイノリティーの複雑さや多様性というテーマに意欲的に取り組むものでした。

日本からは、アイヌ民族のアーティスト・マユンキキさんが、「シヌイェ(アイヌの伝統的な入れ墨)」に関する作品で参加しており、オープニングには、非常時下の海外渡航に苦労しながらも、世界中から多くの美術関係者が集まりました。しかし、3月下旬のロックダウンに伴い文化機関も一時閉館を余儀なくされたため、シドニー・ビエンナーレも開幕わずか10日で一時中止となってしまいました。

しかし、同ビエンナーレは中止後まもなく「Google Arts & Culture」と連携して展示をオンライン公開することを発表、「世界初のバーチャルビエンナーレ」としてメディアに大きく取り上げられました。その他、ニュー・サウス・ウェールズ州立美術館、ビクトリア国立美術館などのオーストラリアの主要美術館も、コレクションやアーティストインタビュー等をウェブサイトやSNSで公開し、活動を発信し続けました。


シドニー日本文化センターで2月から開催していた、日本の現役作家22名による70点以上の工芸作品を紹介する展覧会「Seikatsu Kogei: Objects for Intentional Living」*¹ もコロナの影響で会期半ばで一時中止となりました。

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展覧会会場風景

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2月下旬に出展作家の三谷龍二さん(写真中央)、ギャラリストの山本忠臣さん(写真左)を迎えて行ったトークイベント


ギャラリー閉館中も、展覧会をシドニー(ひいてはオーストラリア、オセアニア、世界)の観客へ届け続けるべく、すぐにオンライン化の企画を開始しました。

オンライン化の形式については、バーチャルツアーができるような3D形式のものも検討可能でしたが、多くの方に気軽に楽しんでいただきたいという思いから、速いとは言えないオーストラリアのインターネット環境も踏まえ、通信容量を抑え、ストレスなく閲覧できるカタログ形式を採用しました。
工芸の細部に宿る手仕事の洗練された美しさを伝えるためにも、各作品をクオリティーの高い画像でそれぞれ見せることが有効だと考えたのも理由の一つです。

大急ぎで展覧会協力者からオンライン化の許可をいただき、フォトグラファーによる展覧会風景・各作品の写真撮影、オープニングのトークイベントの内容を文字にし、シドニー日本文化センターのウェブサイトで公開しました。

sydney05.jpgカタログのトップページ

公開後は、「地方ではめったに見ることのできない日本の素晴らしい工芸を、美しくキュレーションされた形でオンライン鑑賞することができてうれしい。生活工芸の作品を通じて日本人の自然や生活に向き合う姿勢を感じることができた」等、好評の声が多く届きました。

これまで当たり前と思っていた毎日の生活の大きな見直しを迫られたコロナ禍において、「生活」と正面から向き合い続けてきた日本の工芸作家たちの作品は、日本的な美的感性に支えられつつも、普遍的な示唆に富むものであり、結果的にではありますが、この時期に紹介できたことを意義深く感じました。

その後、規制緩和を受け、シドニー日本文化センターギャラリーは6月9日に再開館しました。州政府のガイドラインに従い、再開館後3カ月程度は事前予約システムを導入し1時間あたりの来館者数を制限していましたが、現在ではマスクの着用、手指の消毒などを行いながらほぼ通常通りの運営に戻っています。


現在ギャラリーでは、9月下旬から2021年1月下旬にかけてイラストレーター・永井博さんの海外での初個展「Hiroshi Nagai: Paintings for Music」*² を開催しています。

大滝詠一さんの「A LONG VACATION」等、シティポップ名盤のジャケットカバーで知られる永井さんによる貴重な原画20点とレコードジャケットで構成され、アーティストのキャリアを総覧するものです。会場内では、当センターが本展のために「Spotify」上で作成したシティポップ音楽プレイリストが流れています。

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展覧会会場風景

本展覧会では、このプレイリストを会場内の2次元バーコードで読み取り、自分のスマートフォンに入れて持ち帰ることができるほか、関連のオンラインプログラムとして、オンラインカタログ出版や、シティ・ポップの再ブームをけん引する韓国人プロデューサーでありDJのNight TempoによるDJセット(ライブ)の配信*³ 等を予定しています。

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オンラインで開催されるNight TempoによるDJセット

オンラインカタログには、展覧会風景・出展原画全点の図版が掲載されるとともに、ハーバード・イェンチン研究所客員研究員の大和田俊之さん、神奈川大学准教授の水川敬章さん、Dublab創設者のマーク・マクニールさんが、シティポップについてそれぞれの視点から語る論考が収録されます。高度成長期における日本の消費行動の変化、アメリカ文化への憧れ、2010年代のインターネット音楽文化の隆盛に伴う日本国外でのシティポップの再注目など、永井さんの作品を取り巻く音楽、時代感が紹介され、読み物単体としても面白く、また展覧会の理解を深めるものでもあります。
12月5日の出版に合わせ、寄稿者の大和田さんとマクニールさんによる出版記念トーク*⁴ をオンライン配信しますので、ぜひご覧いただけるとうれしいです。

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永井博展オンラインカタログ(12月5日出版予定)



オーストラリアでは、政府の素早い対応も奏功して、国内の感染拡大が収束へと向かった5月以降、各州政府は地域の状況にあわせて規制緩和を進めています。国境規制は2021年中頃まで続く見込みですが、現在は、7月に再流行が発生しロックダウン中のビクトリア州を除いた他の州では、社会的距離の確保等を継続しながらも、通常の生活が戻りつつあります。

フィジカルな事業も感染対策を取り実施できるようになりましたが、再流行が発生した場合には、ロックダウンを含む厳しい規制が即時的に再導入される可能性が常に存在します。

中止のリスクを考慮してオンライン事業の展開に注力するという方法もあり得ますが、シドニー日本文化センターでは、フィジカルな体験は到底オンラインで代替可能なものではないという確信から、フィジカル事業とオンライン事業とを並行的に実施しています。企画にあたっては、フィジカル事業とオンライン事業がどちらか一方だけでも十分に楽しめるものであると同時に、それぞれがお互いを補完し、理解を深めることを手助けするような内容となるように心がけています。

他にも、当センターでは、2020年の「ブリスベン国際芸術祭」に参加予定だった現代美術家・藤浩志さんのドキュメンタリー制作や、オンライン日本映画祭、オンライン日本文化タレントコンテスト、助成を通じた外部組織のオンライン事業の支援等、多数のオンライン事業を通じて日本文化を届け続け、観客とのエンゲージメントを深めています。
慣れないオンライン事業で、技術面など苦労する部分もたくさんありますが、フィジカル事業だけではこれまで出会うことのなかった地域の観客へもオンライン事業を通じて日本文化を届けられることに、とてもやりがいを感じています。


ウィズコロナの時代において、従来の文化事業が今後どのように変化していくのか、まだはっきりとした答えは見通せません。オンライン事業の普及が進む一方、それに伴って現実空間の意味合いも変わっていくことでしょう。オンライン事業を、フィジカル事業の「代替」としてではなく、従来の文化体験の「拡張」として捉えていく必要があります。
両事業を連携させながら、これからも「新しい日常」における文化体験・交流の可能性を模索していきたいと思います。


*¹ 「Seikatsu Kogei: Objects for Intentional Living」
展覧会ウェブサイト
https://jpf.org.au/events/seikatsu-kogei/
オンラインカタログ
https://issuu.com/japan-foundation-sydney/docs/seikatsu_kogei_objects_for_intentional_living?fr=sMWMyMDEwODE1MDE

*² 「Hiroshi Nagai: Paintings for Music」
展覧会ウェブサイト
https://jpf.org.au/events/hiroshi-nagai-paintings-for-music/

*³ Night Tempo DJセット ストリーミング配信(11月12日予定)
https://jpf.org.au/events/night-tempo-livestream-dj-set/

*⁴ オンラインカタログ刊行記念トーク(12月5日予定)
https://jpf.org.au/events/online-catalogue-launch-talk-event/


杉江 優里香(すぎえ ゆりか)
大学卒業後、国際交流基金に入職。文化事業部、ジャポニスム事務局を経て、現在はシドニー日本文化センターにて文化芸術交流と学術交流を担当。

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