「新型コロナウイルス下での越境・交流・創造」JFの取り組み<6>
コロナ禍のもたらした事業地域拡張の可能性 ―沖縄とタイ深南部をつなぐ―

2020.12.18

桑原 輝
(国際交流基金 バンコク日本文化センター)

「新型コロナウイルス下での越境・交流・創造」JFの取り組み(特集概要はこちら

コロナに関しては2020年11月現在落ち着きを見せているタイですが、2020年3月には他の多くの国と同様に非常事態宣言が発令され、ロックダウンとなり、数多くの文化芸術事業が行き場をなくしました。そんな中、バンコク日本文化センターとして、人の行き来やイベントが実施できない環境において、新たな文化交流のプラットフォーム構築が急務であると考え、5月に「Solidarity in Social Distancing: Cultural Exchanges in the New Normal Life(物理的な距離を保ちながらの連携~新たな日常における文化交流~)」と題し、オンライン上で行う文化交流事業の企画公募を広く行うこととしました。

タイ国内外から多数の応募をいただき、最終的に3件のプロジェクトを採用し、協働で実施することにしました。今日はその一つ、2020年9月に実施した「Deep South - Deep South Movie Matchmaking: Cerebration of Okinawa and Thai Deep South Filmmakers(沖縄/タイ深南部オンライン映画祭)」を紹介したいと思います。

kuwahara01.jpg「Deep South - Deep South Movie Matchmaking: Cerebration of Okinawa and Thai Deep South Filmmakers(沖縄/タイ深南部オンライン映画祭)」のメインビジュアル

本事業は、タイ・バンコクを拠点に世界の優れたドキュメンタリー映画の普及活動を行っている任意団体「ドキュメンタリー・クラブ」、ならびにタイ深南部の若者による映画製作を支援している「深南部若手映画制作者プロジェクト」との共催により、日本とタイの"Deep South"(深南部)が共有しているものを発信・発見することを目的として実施しました。国の「中央」から見て「南」にある辺境という点で、タイの深南部に対応する場所として日本の沖縄を提案し、沖縄とタイ深南部を舞台に制作された映像作品をオンラインで上映するとともに、映像作家同士のディスカッションを行いました。

「深南部若手映画制作者プロジェクト」は、タイの映画監督・プロデューサーのピムパカ・トーウィラ氏が主宰し、現地に住む若者に映像制作を通じて自らの声を表現させることを支援する目的で2019年に立ち上げられました。今回のオンライン映画祭では、同プロジェクトがこれまでに生み出した10の短編作品と、「ドキュメンタリー・クラブ」が所蔵する6作品を上映し、沖縄からは、沖縄出身で東京藝術大学特任助手の居原田遥さんをキュレーターにお招きして、第2次世界大戦の記憶や、米軍基地問題等を取り上げたドキュメンタリー映画6作品を上映しました。

kuwahara02rev.jpg『Learning With You』
マレー系ムスリムの少年ウェーマは、中華系仏教徒のフォンに恋をした。ある日、ウェーマは意を決してフォンに交際を申し込むが...

タイ深南部とは、マレーシアとの国境付近に位置するパッタニー県、ヤラー県、ナラティワート県を中心とする地域を指します。この3県は、14世紀頃からマレー系のパタニ王国が統治していましたが、19世紀にイギリス領マレーシアとの間で国境が引かれ、タイ(シャム)に含まれることとなりました。タイは国民の9割が仏教徒と言われていますが、深南部は住民の約8割がイスラム教徒です。今もなお、タイからの分離独立を求める過激派と中央政府との衝突が相次ぐ場所であり、武装勢力による爆弾テロや襲撃事件で多くの犠牲者が出ている地域です。日本の外務省は、タイ深南部3県(およびソンクラー県の一部)を危険情報レベル3とし、渡航中止勧告を出しています*¹ 。

そのため、これまで国際交流基金として、タイ深南部で文化交流事業を実施するということはほぼ不可能でした。私自身タイに駐在して3年余り、数々の県を訪れる機会がありましたが、深南部にはまだ足を踏み入れたことはありません。タイに住んでいる日本人にとっても、深南部は「よくわからない危険な場所」というイメージが強く、その光景を自分の目で見る機会は非常に限られていました。
一方で、タイの人が一般的に沖縄に対して持つイメージは、「日本の南にある温暖なリゾート地」というのが大半だと聞きます。上映プログラムに参加してくれた方からは、「長らく日本語を勉強しており、日本のことも少し知っていると自分でも思っていたが、沖縄がこんなに複雑な事情を抱えている場所であることは知らなかった」という声が寄せられました。

視聴者のアンケートの結果は、「日本についてより深く理解することに役立ったか」という質問に対し、「はい」と答えた方は98.8%、「タイについてより深く理解することに役立ったか」という質問に対しては、「はい」と答えた方は94.4%となりました。両国が直面する課題は大きく異なりますが、そこに暮らす人々を映し出す映像を上映することで、「危険な場所」あるいは「観光地」という、外の人から持たれるステレオタイプを少しは変えることができたのではないかと実感しています。

また、今回の上映にあわせ、日本の作品にはタイ語と英語字幕を、タイからの作品には英語と日本語字幕(一部マレー語のためタイ語字幕も追加)を加えることとしました。両国の文化に造詣の深い翻訳者のご協力のもと、各作品は約1000人もの人々に視聴され、日本とタイにとどまらず東南アジア諸国、欧米等広く作品を届けることができました。

kuwahara03rev.jpg『Ka-Pho』
父親が事件に巻き込まれたことから政府当局者に反感を抱いている少年。しかし、若い兵士との出会いから少しずつ考えが変わっていく

上映最終日には、両国の映像作家によるオンラインディスカッションが実施されました。日本の映像作家から投げかけられた、「あなたにとって、"完璧な深南部"というのはどんな姿ですか?」という質問に対し、高校3年生の若き映画監督アーミーナ・アーレーさんは、「伝統がずっと残る場所。この地域の伝統とは、多様な文化が共存していること。深南部では、仏教徒やイスラム教徒だけでなく、他の教徒の人々も共生している。あなたはなぜこうなのかといった、お互いの存在に疑問を持つことが一切なく、違いを自然と受け入れられる場所であってほしい」と答えました。多くの事業を通じて「多様性」という言葉の意味を考えてきた私たちにとって、それはあまりにもまっすぐと響く言葉でした。

今回の事業では、従来私たちスタッフの往来が制限されていたタイ深南部という地域に、オンラインによるアプローチを試みました。これまで、文化交流事業といえばその場所で人と会って実施してこそ、という考えがあったのですが、コロナ禍でオンラインでしか交流できなくなってしまった状況をチャンスと捉え、実際に行けない場所の人たちをつなげることができました。コロナ禍による発想の転換がなければ、私たちも「オンライン事業に特化した企画公募」のアイデアに至ることはなく、このようなユニークな交流事業を実現することもなかったでしょう。困難にさらされている今だからこそ得られた収穫であったと言うことができます。

ただし、コロナが落ち着き国内移動が自由となった今でも、治安の問題により私たちが深南部へ行けないという事実に変わりはありません。タイ深南部を映像で旅してみると、やはり自分の目で見てみたいという気持ちがより一層強くなります。これもまた、オンラインがもたらすひとつの効果なのかもしれません。いつか国際交流基金として、実際にタイ深南部へ赴き、交流事業が実施できる日が来ることを願うばかりです。

事業詳細(バンコク日本文化センターホームページ内)
https://www.jfbkk.or.th/deepsouth/?lang=ja
*¹ 外務省海外安全ホームページ https://www.anzen.mofa.go.jp/


桑原 輝(くわはら ひかる)
大学卒業後、国際交流基金に入職。日本語試験センター、アジアセンター日本語事業チームを経て、2017年よりバンコク日本文化センターにて文化芸術交流事業を担当。

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